23話 黒い潔白
管理局の中央に位置する大広間に、ほとんど全ての職員が集められたのだった。
目的はもちろん犯人探ししかあり得ない。
「こ、こんなに匂い嗅ぐのは久しぶりだなぁ~。さあさあ、若い順に並んで……へへ」
「ドロフ君、真面目に迅速に終わらせたまえ」
重い雰囲気に似合わない下品な笑みを浮かべるのが、あの『水星』の名を冠するドロフ。
そして、そんな彼女を叱咤したのが管理局の最高責任者であるアークトゥルスだ。
普段なら、職員の視線は局長の方に集められるのだが、今日は皆がドロフへ好奇の視線を向けていた。
「あれが『水星』か? 初めて見たぜ」
「おいバカっ! あんなのが『水星』な訳あるかよ! 言動には気を付けろ!」
それを聞いたドロフは思わず涙を滲ませた。
「私、泣いてもいいですか?」
「駄目じゃ。ほら、急ぎたまえ」
アークトゥルスは語気を強めた。
彼女は涙を引っ込ませて捜査を続けた。それから、とある忠告を発したのだった。
「……あ、心当たりがある人は先に名乗り出た方が良いよ。刑罰が軽くなるかもしれないし。私も手加減してあげるからさ」
「ドロフ君、そのような脅しは控えたまえ。それに、刑罰を下すのはデュクロ・エル様の役割じゃぞ。君に裁量権はない」
「ははっ、ごめんなさい」
ドロフの一言によって会場の空気が凍り付いた。
もし誰が犯人だったとしても、ここで名乗り出る者はいないだろう。
なぜなら、彼女は水魔法使いの頂点に立つ女性だからだ。彼女に抵抗をしようものなら、一瞬で押し負けて殺される未来が目に見えている。
アークトゥルスも含め、この場にいる全員が『水星』には勝てない。全員が束になったとしても同じ。
だから、職員たちはブルブル震えながら、ドロフの捜査を受け入れたのだった。
「くんくん……違うなぁ。すぅ~~~……あまり気持ち良くない」
(気持ち良くない……?)
ドロフの趣味寄りの感想に、職員から思わず疑問の声が上がった。
しかし心なしか、大広間の空気が穏やかになった気がした。これは皆をリラックスさせるための策略なのか、それとも彼女が欲望に従った結果なのか、それは誰にも読めなかった。
それからしばらくして、匂い嗅ぎの時間は終了したのだった。
「良い匂いには出会えませんでした」
「あのだな、ドロフ君……肝心の犯人は―――――」
「あ、言葉足らずですみません。闇魔法の匂いが付いた人は居ませんでした。あの匂いは結構好きなんですけどね」
「何? 念を押すが、その言葉は石に誓って言えるのかね?」
「はい、もちろん。闇魔法の匂いが付いた人は居ませんでしたよ」
「……儂の推測が間違っておったか。おい、寮舎の裏に付いて来なさい。イオ君が襲われた場所を調べるぞい」
「はーい」
ドロフの捜査結果に、アークトゥルスは眉をひそめた。彼の目論見通りなら、ここで犯人を洗い出せるはずだったのだが。
しかし、普段はふざけている彼女が真剣に報告をしたのを見て、何か納得した様子で次なる場所へ向かったのだった。
そして、彼は大広間を出る直前に一つだけ指示を出した。
「各自、自由行動を許可する。ただし、一人では行動せんように。事前に取り決めた三人一組で固まること」
「「「はい」」」
職員たちの揃った返事を聞き届けてから、ドロフと共に部屋から出ていった。
ちなみに三人一組に組む意味は、犯人を牽制するだけのもので、実際は特に意味はない。少なくとも犯罪を抑止するための仕組みではなかった。
だって、連れ去られたり殺されたら終わりだろう。
捜査に協力し終えた職員たちは、思い思いに背を伸ばした。それから、犯人の噂話なんかを始めたのだった。
「それにしても大変なことになったね。イオ君は大丈夫だった?」
「な、何でイオのことをボクに聞くんですか?」
三人一組を作ったブラキウムが、唐突にシロンへ質問を投げ掛けた。
「ほら、よく一緒にいたじゃん」
「ボクは犯人じゃ――――」
「あっ……そういうつもりじゃなかった。仲が良さそうだったから、もしかしてイオ君について知ってるんじゃないかなと思って……」
「そ、そうですか……イオ君は大丈夫そうでしたよ。あとボクはイオ君とあんまり仲良くないです」
「照れちゃって」
「照れてないです」
少なくとも、イオはシロンと仲良くなれたと思っていたのだが、シロンにとっては知人以上友達未満といった感じらしかった。
悲しい現実だ。
「そろそろ寝ようよ~。テグミン眠たいよ~」
二人だけの会話に新たな声が飛び込んできた。
気怠そうに言葉を発したのは、三人一組の最後のメンバーである白髪の少女だった。身長はシロンよりも小さく、黒色の瞳を持っている可愛らしい少女だった。どうやら一人称が名前らしかった。
今はワンピースを着ていて、彼女が左右に揺れる度にスカートの部分がゆらゆらと連動して、海を漂う白いクラゲのようになっていた。可愛かった。
「そうですね。じゃあ寮に戻りましょう」
「うん、ボクも眠たいなぁ……ふあぁ」
他の職員達も雑談を済ませた後、それぞれ寮や浴場、図書館へと向かっていった。
結局、犯人探しは振り出しに戻ってしまったのだった。




