22話 イオの病気
イオの前に飛び出してきた女。彼女の問題発言に表情が思わず凍り付いた。
もし聞き間違いでなければ、彼女は確かに「匂いを嗅がせて」と言ってきたはず。それも初対面の人間に。
「じ、実はね! そ、捜査のために、君にこびり付いた魔法の匂いを確かめたくって……」
補足説明でようやく彼女の発言の意図が理解できた。
どうやら彼女が例の魔法捜査のスペシャリストの――――
「ごめん、自己紹介が遅れちゃった! こ、こほん、私は水魔法使いの頂点に君臨する『水星』のドロフだ!」
そう、ドロフであるようだ。
アークトゥルスが直接呼び出さねばならない人物なのだから、よっぽど恐ろしい人間だと思っていたが、今は別ベクトルの恐ろしさを実感中だ。
「ああ……イオ君、すまんの……ドロフ君はいい加減に落ち着くことを学びたまえ」
そう言って扉を潜ったのは、魔法管理局の局長アークトゥルスだ。
彼は、部屋に詰められた四人の顔を見た後に、静かに扉を閉めて話に混ざってきたのだった。
「これからはドロフ君に捜査をしてもらう。その第一段階として、まず匂いを共有しておくのじゃ」
「匂い……ですか?」
「ああ、そうだとも。七種類の魔法にはそれぞれ匂いがあってだな、君に付いた匂いと、ここの職員全員の匂いを嗅いで、それの照合を行おうと思っておる」
「相変わらずの力技ですねェ……本当に」
「しょうがないよ。ゲミンガの目が通用しないんだから」
どうやら精霊の力で解決できない時は、ドロフが直接嗅いで回るらしい。考えただけで気が遠くなる。
しかし、そんなレアケースは中々無いだろうから、意外と仕事量としては少なめなのかもしれない。
イオには、その辺はよく分からなかった。
「じゃあ……はぁ、はぁ……早速いいかな?」
「あ、大丈夫っすよ」
彼女が何を急いでいるのか全く分からないが、イオが「あ」と言ったタイミングには、既にドロフの鼻がイオの服に食い込んでいた。へその辺りにゴリッと突きつけられた鼻は、そのまま腹の上方へ行き、胸、そして首筋へ到達した。
それだけならギリギリ耐えられるのだが、なぜかこの女は一々うるさい。途中「はぁ、はぁ」とか「ふふっ」とか意味不明な言動を繰り返していた。
「アークトゥルスさんの目論見通りですね。闇魔法の匂いがビンビンですよぉ」
全てを嗅ぎ終えた後、彼女はアークトゥルスの方へ向き直って報告した。
しかし、誰もドロフの行動に突っ込みを入れないのだが、この行動に言及してはいけないタブーでもあるのだろうか。
イオのそんな疑問を置き去りにして、アークトゥルスは口を開いた。
「そろそろ職員全員が集まった頃じゃろ。闇魔法を使っていた者、匂いが付着している者を洗い出すのじゃ。頼んだぞ」
「は、はい! へへ……」
「アークトゥルス先生、僕も並んだ方がァ……?」
「一応並びたまえ。君の近くを犯人が通り過ぎたかもしれんし」
「はァい」
「スピカは警護を続けなさい」
「分っかりました!」
そんなこんなで本格的な捜査が開始された。
ドロフは自分を水魔法使いの頂点だと説明したが、その行動は水ではなく、どちらかと言うと嵐だった。
いきなり隅々まで嗅いで回って、かと思ったら急に扉の向こうへ消えてしまった。よく分からない変態だった。
「あの人っていつもあんな感じなんですか……?」
「ああ……アタシが初めて会った時からそうだ。その時は『水星』なんて呼ばれ方はしてなかったけどな」
「そういえば何で『水星』って呼ばれてるんですか?」
「アイツが聖魔石に選ばれたからだ」
知らない言葉を知らない言葉で説明されても、こちらは全く理解できない。異世界の知識なんて皆無に等しいのだから。
そんな頭上に疑問符を浮かべたイオに気付いたのか、スピカは補足説明を続けてくれた。
二人だけの局長室に、彼女の鮮明な声が響き渡ったのだった。
「七つの属性には聖魔石が一つずつあるんだ。まあ、今は木と土以外の五つしかねぇけど。それらの所有権がこの国にあって、その内の一つの宿主に選ばれたのがドロフなんだ。やべぇだろ?」
「確かに色々やばかったですけど」
「捜査と魔法の腕に関しては右に出る者はほとんどいないからな。信じてやってくれ」
スピカはどこか遠い場所を眺めながら言った。
彼女の変態性については諦めているようだった。
「それでな、アイツは色々な物を持って生まれた天才なんだ。アイツの魔法特性『嗅分』がそうだ」
また知らない用語が出てきた。
もうイオの頭はゴチャゴチャだ。
「お、説明が欲しそうだな。同じ姿形の人間がいないように、魔法の形も人それぞれなんだ。アイツは魔法の匂いが分かるって魔法特性を持って生まれた。犬人の家系に代々伝わる魔法特性らしいが」
「あ、そうなんですね。てっきりあの姿の人全員ができることなのかと」
「もしそうだったらな、アイツも楽できたんだろうけど……」
恐らくだが、ゲームに登場するキャラの素質や特性にあたるものが、そのまま魔法特性と呼ばれているらしい。
魔法の世界は奥が深そうで、実に興味深い。
「ちなみにだが、アタシも魔法特性を持ってるぜ」
「え、どんなのですか!?」
「こんなの……だ!」
スピカは自分の顔に向かって指を向けた。
そうすると、彼女の顔の輪郭がだんだんぼやけてきて、気が付くとそこには――――
「うわっ、怖っ!」
イオがいた。イオが二人に増えた。
いや、スピカの姿がイオと瓜二つになったらしかった。
「はははっ! いい反応だ! これがアタシの魔法特性『礼装』だ。ドロフと違って魔力の消費が伴うが、どんな奴にでも変身できるのさ」
「すごいじゃないですか! 超すごいです!」
「え? そ、そうかぁ……?」
スピカは顔を赤くして、自分の金髪に手櫛を入れた。素直に誉められたのが嬉しかったらしい。
そして、しばらく顔をそっぽに向けた後、彼女はあることを投げ掛けてきた
「まあ、アタシに言わせたらイオのヤツも魔法特性だけどな」
「え、何のことですか?」
「お前さ……死なないだろ」
イオの表情が固まった。
そこで、やはり体験した死を思い出してしまうのは辛く、忘れ難いものだと実感した。
しかし、これに狼狽えては格好悪いので、あえて気丈に振る舞った。
「はい、そうですけど。それが魔法特性なんですか?」
「言っちまえば、死んだまま魔法を使える人間は存在しない。窮地でイオを生き返らせるのは、魔力を消費して勝手に発動してる魔法特性に違いない。とりあえず名付けるなら、そうだな……『不死』とか」
「それ単純過ぎません!? 折角ならカッコいい名前にしましょうよ……」
「あれ、ダサかったか?」
スピカは愕然と振る舞って見せた。ネーミングセンスに余程自信があったらしい。
しかし、厨二病真っ盛りのイオにかかれば、もっと心が踊るような恥ずかしい名前を付けられたはず。
もっとも、イオの能力に心が踊る要素が必要なのかは謎だが。
改めてよく考えると、イオの能力を端的に分かりやすく説明できている気がする。スピカが急ごしらえで考えた割には、かなり印象に残る傑作だった。
「あ、そうだ……質問なんですけど」
「何だ?」
「魔法特性って発動したりしなかったりを切り替えられますか?」
「んー……アタシの魔法特性は発動ってより、適宜使用する感じが強いからなぁ。アタシもドロフも制御くらいならできるぞ。
ただし、イオの魔法特性は自動発動型だと思うぜ。切り替えはできないと思う。実際問題さ、お前は自分が死んだことに気付いてなかったし、生き返ったことにも気付いてなかったらしいじゃん」
「まあ、そうですけど……」
自動で発動する、か。
とりあえず不慮の事故で死ぬことはないと分かった。とても安心した。
しかし、その反面に不安や恐怖を感じてしまった。
なぜかと言うと『不死』が呼び寄せる問題から逃げられないと悟ったからである。
イオは覚悟ができていなかった。




