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A lot of stars  作者: 赤秋の寒天男
第一章 夕闇の先
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19話 希望は闇に包まれた

 目覚めは思ったより早かった。

 しかし、体の痛みが引いた頃には、既に黒い靄に取り囲まれていたが。

 イオは、予想通り一度死んでしまったようだ。

 必死に忘れようとしていた、あの林での出来事がフラッシュバックしてしまいそうだった。


 地面の上にいる。ここは寮舎裏だ。


「はぁっ、はぁっ……!」


 イオは朦朧とする意識を振り切り、靄から逃げるべく一心不乱に足を動かした。全速力で駆け出した。

 それでも、靄のスピードには敵わず、足を絡め取られて転ばされてしまったが。もう逃げ切られる可能性は、ほぼゼロに等しいと思った方がいいだろう。

 彼は何とか靄を振り払おうとするが、水をかいているような感覚がして、全く効果を感じられなかった。手足に(おもり)を付けられているようだった。

 だから、立ち上がって逃げようとすると、強靭な鎖のように強く締め付けてくるのだ。

 厄介極まりない。


「誰か……ぅ、んーっ!」


 靄はすぐさま口を塞ぎに来た。ゆっくりと、イオの全身を包むようにして飲み込んでいった。

 二度の死から蘇ったイオには『自分は死なない』という確信があったが、それでも十分に怖かった。

 靄に飲み込まれる感覚が、水に溺れるそれと近かった。だから、本能的に怖くなった。

 足掻いても、何かに捕まろうとしても、それを拒否される絶望感がイオの心を蝕んでいった。


「んぁっ! んーがっ!」


 だが、諦められない。

 あくまでイオの最終目標は元の世界への帰還だ。まだ異世界生活は始まったばかり。

 こんな有象無象に命の灯火を消されるようでは、悔やんでも悔やみ切れない。

 イオは、自分の心がどれだけ暗い靄に侵食されても、誰かに殺される未来を受け入れることを許さなかった。


 そのまま必死に靄の中で足掻いていると、何かに触れる感覚があった。

 これは土だ。柔らかい土の感触だ。

 指先だけが靄の外にたどり着き、地面に触れることに成功したのだ。

 イオは少しだけ希望を持った。

 爪で地面を引っ掻き、この暗い海から出られるのではないかと考えた。

 しかし、それも叶わなかった。

 いくら引っ掻いても、靄に捕まった体は言うことを聞いてはくれなかった。体がグルングルンと回転し、肝心の動きができなかったのだ。


(クソが……っ!)


 無性にイライラしてきた。

 なぜ靄はイオを捕まえるのか、それが気になってしょうがなかった。

 何かしらの方法でイオの不死の力を知った人間が、私欲のために暴走したのがオチだろう。それ以外に、襲われる動機が見つからない。何も悪いことはしていないはずだ。


 不死の能力が欲しいが故に、簡単に命を狙ってくる輩のことを想像して、イオは行き場のない怒りを覚えた。

 私利私欲の為なら、他人を死の深淵に突き落とせる最低最悪の人間の顔を想像して、吐き気を催した。

 しかし、そんな激情も、この靄の中では全て受け流されてしまう。

 まるで『はいはい、分かったから』と、少しも分かっていない癖に、その場を収めるために取り繕う奴に出会ったみたいだった。


 だから、彼は人生最大の憤怒の情を、どうしようもなく地面にぶつけたのだった。


(ふざけんなっ! 絶対に逃げてやる……っ!)


 その時、何が指先から出て行くのを感じた。それを感じ取る暇もなかったが。


(何だ……この感覚…………っ!?)


 イオは次の瞬間、轟音に耳を塞いだ。

 なぜか地面がドンドン膨れ上がり、靄を吹き飛ばす勢いで爆発したからだ。本当に爆発した。かなりうるさかった。

 彼は予想だにしなかった幸運に、思わず口の端が釣り上げた。これはチャンスだ。

 爆発音と共に舞い上がった土が、そこら中に撒き散らされ、ようやく事態に気付いた職員たちが駆け付けてくれたのだった。


「大丈夫かい!? 怪我はしてないかい!?」

「は、はい……ごほっ、ごほっ!」

「早く療養室へ行きましょう! さあ、腕を支えにしていいから!」


 寮舎表から、ゾロゾロと魔法使いが集まってきた。

 イオは一組の男女に介護されつつ、療養室へ戻ったのだった。


 流石にこれだけの人数に恐れをなしたのか、靄は跡形もなく消えてしまっていた。

 と言うか、療養室に運ばれるのはこれで何度目だろうか。もう専用ベッドを作ってもらった方が良いのではなかろうか。


 それから、数十分後。

 イオはアークトゥルスと話し込んでいた。


「はあ、困ったことになったのう……」

「あはは……俺は一ヶ月間無事に生きられるんですかね……」


 念のため、二人以外は誰も療養室に入れないようにしてあった。イオを殺そうとした犯人が、管理局に紛れ込んでいる可能性があったからだ。


「君が見たのは、恐らく闇魔法じゃ。術者が近くにおったに違いない」

「近くに!? この魔法管理局にですか!?」

「ああ、先ほど精霊使いから情報をもらったのじゃが……君が襲われた時間帯は職員しか敷地内におらんかった」

「間違いないんですか? その、精霊……?」

「『目』の精霊を持った我が子が本部におるんじゃ。ほぼ間違いない。少しだけなら未来や過去を見られる」

「……それじゃあ、俺が襲われた時に怪しい動きをしていた人が犯人ですよね? 精霊の力で見通せるなら話は早くないですか?」

「そこが厄介でのう……儂も耳を疑ったわい」

「…………」

「整理するとな、被疑者は儂を含んだリブラ魔法管理局地方支部の全員なのだが、あの時間帯に怪しい動きをしている者はおらんかったそうじゃ」

「えぇ……」


 てっきり、事件はすぐに解決すると思っていた。

 しかし、想像以上の事態になりそうだ。


「イオ君、我々は君を召喚装置で呼んだから、君を元の世界に無事に帰してやる義務があると思っとる。だから、我々は犯人の捕縛に尽力するつもりじゃ」

「た、頼みましたよ……」


 何が何だか意味不明だが、とりあえず管理局で一番偉い人は仲間になってくれるらしかった。

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