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A lot of stars  作者: 赤秋の寒天男
第一章 夕闇の先
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16話 管理局の仲間たち

「全っ……然眠くなんねぇ」


 いつもならすんなり眠れてもおかしくないのだが、イオの脳は休眠を拒み続ける。

 既に空は黒に染まりかけ、夕日が沈もうとしている頃だった。

 イオはベッドから体を起こして、頭を掻きながら大きなため息をついた。もちろん、そのため息には負の感情が込められている。

 夕方まで寝付けなかったことにイラついている訳じゃない。ただ、何というかモヤモヤする。

 一日を無駄にしてしまった事への後悔だろうか。

 例えるなら、日曜日に少し昼寝をしようとして、目覚めたら夕方でした、と言ったところか。それなら何度も経験があるし、今の抱いている感情と良く似たしこりを残すものだった。


 不快感から逃れるために眠ろうとしたのに、また別の不快感に囚われてしまったではないか。しかも、なぜかイオの体が冴え切ってしまっている。だが、有り余る体力をぶつける先もない。今から仕事の手伝いにでも行こうか。


「でも俺の中の悪魔が言ってるわ、働くなって」


 就労の義務を果たさなければと意気込んでいた理由は、あくまで元の世界に帰るため。

 働き先から休めと言われたなら、もう関係ない話だ。惰眠を貪っていても文句は言われまい。


 と言うか、やることがないなら自分で作ればいい。

 そういうことで、なけなしのポジティブ精神を働かせて、イオは管理局へと繰り出したのだった。

 髪には少し寝癖があって、服は管理局からの支給貧乏服。正直に言うと、不恰好極まりないが、これがイオの限界だ。

 まあ、そもそも彼はおしゃれが分からないタイプの男なので、特に気にしていないようだが。


「まだ行ってない所はたくさんあるはずだ。魔法道具が置いてある秘密の部屋的な場所があったら行ってみてぇな」


 魔法を使うなと釘を刺されたイオだが、魔法に触れるなとは一言も言われていない。

 つまり、魔法について見識を深めることは、誰にも止められないのだ。

 だって考えてみろ。好奇心という名の本能を止められる人間がいるだろうか、いやいない。


 それに、自分の中に眠っている忌避すべき力について、何か知ることができるかもしれない。

 ここは部屋を飛び出してしまうのが正解だろう。



◆◆◆



 イオは、仕事終わりの局員たちの間をすり抜け、管理局の本館へやって来た。

 魔法の真髄に触れられそうな場所なら、既に彼は見当をつけている。


 先日のブラキウムの案内で管理局内を見て回った際に、ふと気になった扉があったのだ。それは重々しい金具が取り付けられたものだった。

 彼はそれを目指してダラダラと歩き続けた。

 薄れかけの記憶を頼りに、立体迷路のようなリブラ魔法管理局内部を突き進んでいったのだった。

 そして――――


「これだな、たぶん」


 何とか辿り着いた。結構凄くないか。

 見上げるほど大きく、触れるのも畏れ多いくらいの扉だが、それが少しだけ開け放されていた。

 誰か中にいるのか、それとも閉め忘れたのか。とにかく、イオにとってはラッキーだった。

 もし扉が固く閉ざされていたら、貴重な暇潰しの材料を失っていたところだった。理由はどうであれ、扉が開いているのなら話は早い。


「入るか……結構怖いけど」


 扉をなるべく動かさないように侵入すると、そこにはいかにもそれらしい景色が、優しい魔法灯によって暗闇の中に浮かび上がっていた。

 一見するとただの倉庫のように思えるが、目立った汚れや埃などはなく、清潔に保たれていたようだった。

 大小様々な魔法道具が集められた、この歪な部屋を掃除する人の苦労がひしひしと伝わってくる。


 足元は絨毯で覆われており、そのおかげか足取りは軽やかだった。

 ただ、部屋の明るさだけは解せない。照明が貧弱なせいで、幽霊でも現れそうな雰囲気になっている。

 怖いものが苦手なイオは、入り口の近くを離れられず、精一杯首を伸ばして、おおよそ何があるのかを判別するだけに終わった。

 本当はもう少し長く滞在しても良かったのだが、この薄暗く不気味な空間を前にすると、それ以上進む勇気が削がれた。


 そうして、イオが観察を終えて扉に戻ろうとした時――――


「勝手に入るなんてぇ~……! 度胸があるねぇ~……! 悪い子には罰を与えるよぉ~……!」

「ひっ!? だ、誰だ!?」


 震えた甲高い声がイオを咎めた。

 彼は驚愕し周囲を見渡すも、声の主は一向に見つからない。


 そうだ、ここは魔法が存在する世界だった。元の世界であり得なかったことが起きても不思議ではない。

 もしや、この声の主は――――


「ゆ、ゆゆゆ幽霊!?」

「あはは! 幽霊じゃないよ! 驚かせてごめん!」


 幽霊ではなかったみたい。

 さっきの薄気味悪い声が、一瞬にして快活な女性の声に変化したので、イオはほっと胸を撫で下ろした。

 声の主らしき足音が奥から聞こえてきたので、その方向へ振り返り、目を凝らして見ると――――


「あんた、誰かな? 知らない顔だけど!」


 赤毛に碧眼の女性が、腕を組んで仁王立ちしていた。それも、積み上げられた魔法道具の上に。

 見たところ、年齢はブラキウムと同じくらい。イオより高いが、職員の中で見るとかなり若く見えた。

 逆に落ち着きがあるブラキウムと違い、明るい声をハキハキと発していたので、それが若さを引き立てていた。

 先程から大きな声を出している彼女だが、決して怒っているわけではない。大きな声がデフォルトなだけだ。

 その証拠に、彼女は気前良く笑っている。暗い部屋の中でも、それは強烈な陽の印象を生み出していた。

 そんな彼女だが、イオが質問に答えるより前に、魔法道具の山から飛び降りて、こちらへやって来た。


「あたしはスコルピイ! あんたの名前は?」

「お、俺は……イオです」

「面白い名前をしてるね! 何しに来たの?」


 彼女は依然として笑顔のまま、それでいて声がうるさいので、イオは押され気味でたじたじ。

 もし返答を誤ったら、この声量お化けに鼓膜を破られるかもしれない。そんな意気で言葉を選んだ。


「えっと、まだここに来たばかりで……魔法について何か知れたらいいな、って感じでこの部屋に入りました……す、すみませんでした!」

「魔法について知りたいんだ? それなら来てよ!」

「ありゃ?」


 イオは頭を下げて目を瞑り、彼女の答えを神妙に待っていた。しかし、帰ってきたのは意外な言葉だった。

 驚きのあまり、混乱してしまった彼の腕を掴んで、スコルピイは部屋の奥へ進んでいった。

 されるがままに体を引っ張られて、時折足がもつれそうになるが、何とか食らい付いていったのだった。


 案内されると、そこにはたくさんのアイテムがあった。


「これはかなり貴重な植物! アークトゥルスが隣国のリオで見つけてきたの!」

「へぇ~」


「骨格標本だよ! 遠い昔にいた牙獣!」

「へぇ~」


「あ、古書棚が崩れちゃった! 拾って拾って!」

「……はい」


「魔法属性を調べるなら、この水晶に触ってみてね。 でも、何も使えなくても諦めないでね! 魔法が使えなくても頑張ってる人を知ってるから!」

「へ、へぇ~」


「あ、こっちはこっちはダメだよ! 子供は入っちゃダメだからね!」

「……」


 様々なアイテムに目を通した末に、色々あってスコルピイの案内は終わった。

 移動する度に手を掴んでくるので、手汗が尋常でないほど付着したのだった。


「そろそろ部屋に戻るね! おやすみなさい!」

「は、はい……おやすみなさい」


 彼女の手汗を服の裾で拭きながら、そそくさと別れの挨拶をする失礼なイオであった。


「結構楽しかった。でも、まだ眠くならない……」


 物々しい雰囲気の扉を背に、立ち尽くすイオ。

 ちょうど右を見てみれば、遠くに楽しそうに談笑する若い男女の姿が見える。

 ふと、女の方と目があった気がして、さっと視線を反らして左を確認する。

 今度は何も見当たらなかった。一安心。


 もう日が沈んで結構経つのか、どこからか夜風が漂って来た。それは彼の足を舐めるようにして過ぎ去っていった。

 いやしかし、閉め切られた倉庫の中にいたからか、それとも汗が多量にかいていたからか、かなり肌寒く感じてしまった。足先から鳥肌が立ち、それが脚へ背中へと伝染し、おもわずくしゃみをしてしまった。

 その豪快な音が、誰もいない廊下に響き渡ったのだった。


 くしゃみの反動で視線を下に向けていたイオだが、ふと回りを見てみると、やけに人が少ないことに気付いた。

 確かに、少しだけ人の声は聞こえる。ただ、人の姿がないだけだった。

 しかし、そこから生まれた些細な孤独感や恐怖が増幅し、彼は現状がとても恐ろしいものに思えた。そこで恐怖に耐え切れず、思わず逃げだしてしまった。

 走って、走って――――何とか寮まで戻ったのだった。


「はぁ……はぁ……どうしたよ、俺」


 暗闇の中で味わうような、得体の知れない恐怖感とは違うものに感じた。まるで誰かに見られているみたいだった。


  必死に探そうとすると気配は煙のように消えるのに、また何事もなく歩き出そうとすると、視線の主が瞼を開いて、背中を追ってくる感覚がした。

 一体あの不快感は何だったのか。


 今朝から不快なことばかりが続いている。今はとにかく、体に取り憑いた悪霊を祓いたい気分だ。

 そう切に願うと、自然と彼の行き先が決まった。


「大浴場とかあったよな。変な汗かいたし、全部洗い流してぇ……」


 右が男、左が女という注意がフラッシュバックしてきた。

 異世界の風呂のルールなんて知らないし、そもそも他人と風呂に入る文化が根付いているのか、など知る由もないが、とりあえずイオは大浴場へ向かうことにした。


 ちなみにだが着替えはない。現世から着てきた服は洗濯に出していたので、今は支給された服で浴場へ向かっていた。

 しばらく歩いた後、彼は大浴場に到着した。更衣室から入浴スペースの方に聞き耳を立てたが、幸い誰もいなさそうだった。


――――なぜそれが幸いなのかだって?


 理由は単純だ。イオは人付き合いが苦手だからだ。

 気の利いた話は出来ないし、静かに相槌を打つことも出来ない。いわゆる完全コミュ障なのだ。

 もし浴槽の中で誰かが語りかけてきたら、凍りついてしまうかもしれない。結構熱いけど。


 人がいないことを確認したイオは、服を素早く脱ぎ、入浴スペースの扉に手をかけた。それから、足を滑らせないように細心の注意を払いつつ、入浴への第一歩を踏み出したのだった。


「うおっ……何か拍子抜けしたな」


 中を見てみると、浴室は不自然なくらい現代的な造りになっていた。

 まあ、召喚装置があるくらいだから、以前に呼び出されてしまった人が、元の世界の文化を持ち込んだのだろう。

 そんな推測はさて置いて、イオは浴槽に浸かった。

 急いでいたので、汗だくのまま入水することは許して欲しい。


「あぁ~……さっぱりするわぁ~……」

「気持ち良い?」

「あぁ~……超気持ちいい……って、誰だお前!?」


 この世界の住人はドッキリ好きだと見た。

 おおよそ人の驚いた顔で、その空腹を満たしているに違いない。

 その証拠にシロンもスコルピイもそうだった。


「噂に聞いてるよ。イオくんだっけ?」

「ええ、そうですけど……何で女性がここに居るんですか? もしかして女湯と間違っちゃったんですか?」


 湯煙の向こうにいたのは、顔立ちが端正な美人さんだった。肩まで伸びた銅色の髪の毛は、水に濡れて鈍く輝いていた。そして、目鼻立ちは一見しただけでも、とても美しいと思えた。そのくらい綺麗だった。

 その人の胸元に視線を這わせつつ、彼は最悪のシナリオを想像した。異世界に来て早々、犯罪者として牢屋に入れられるというものだ。


 しかし、焦るにはまだ早い。

 イオだって馬鹿ではないので、このようなことが起こらないように、どちらが男湯か何度も確認したのだ。

 そう、そこだけは譲れない。

 イオは落ち着き払って、美人から目を反らさずに返答を待ったのだった。


「ジロジロ見られると、やっぱり恥ずかしいな……昔からよく間違われるんだ。君は女の子じゃないのか、って」

(……ん?)


 間接的な返答にイオは戸惑った。

 だからこそ、彼は脳を最大限フル回転させて、彼女の意図を汲み取ることに専念する。

 文脈、表情、状況。それら全て踏まえて導き出される結論は……にわかには信じがたい。


(もしかして……)


 つまりだ。声の高さやら、仕草や表情やら、どこからどう見ても全部女のようだが……実は男であるらしい。


「お、男の人……ですか?」

「そーだよ。昔っからよく間違われるの。だから、覚えておいて。ぼくはアルテルフ。根っからの男だ」


 そう言うと、アルテルフは湯水の中から体を出した。股間には立派な聖剣が生えていた。

 イオは思わず聖剣から視線を反らし、他の部分を見てみる。すると、やはり男としては当然の体付きで、女にしては起伏が控えめなものだった。

 体格は一般的な男に比べると華奢であった。肩や腰、腕や膝が隠れてしまえば、女と間違っても不思議ではないくらいの体型だ。

 アルテルフはイオの反応を一通り見た後、また湯船に浸かり始めた。


「外から全く声が聞こえなかったんですけど。ここにずっといたんですよね?」

「うん。驚かせよーと思って、じっとしてたんだ」


 やはり、この世界の住人はドッキリが好きなのだろうか。こちらとしては寿命が縮まるような思いを味わったのだが。

 心臓がバクバクと鳴り、吊り橋効果を味わった気分だった。


「こんな時間にお風呂に入るなんて、仕事が長引いたの?」

「あ、いや……さっきまで寝てたんだ。それで、気分を変えるために風呂に入ろうかな……って」


 アルテルフが若く見えるからか、自然とため口になってしまった。

 それにしても、彼はやはり女に見えてしまう。

 彼の男性器を目の当たりにしたのに、どうしても気が休まらないのだ。

 ああ、何とか理由を付けて、この空間から脱出してしまいたい。


「ふぅ……俺はそろそろ上が――――」

「体でも洗おーか?」

「あ、悪いな。頼むわ」


 頼まれたら断れないのがイオの性分だ。それに、この状況で頼みを断るほど彼の血は冷たくない。彼は体の前面にタオルを押し当てて、シャワーの前までぎこちない足取りで向かったのだった。

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