14話 子供用の絵本
イオが手に取った本。
その触り心地は滑らかで、ただ重いだけでなく、その本が過ごしてきた時の重みも感じられた。ページをめくり本文に目を通すが、もちろん内容を読み取ることはできない。
そこでシロンの出番がやってくるのだ。
この世界の住人である少女は、ゆっくりと本文を声に出して読んでいく。
「昔々、あるところに善い神様と悪い神様がいました。二柱は互いに均衡をとりあって、一つの世界を治めていました。
ある時、善い神様は考えました。この世界に仲間を増やそう、と。早速彼は自分の髪の毛と、こっそり奪ってきた悪い神様の髪の毛で、何人かの人間を作りました。
それから、善い神様は人間に様々なことを学ばせて楽しんでいましたが、当然悪い神様はそれを快く思いませんでした。
悪い神様は善い神様が人間から目を離した隙に、様々な悪いことを教えました。それに気付いた善い神様は酷く悲しみ、人間たちが悪い神様の手にかからない楽園を造ろうと決断しました。
善い神様は大地を造りました。
悪い神様は嫌がらせのために涙で雨を降らせ、洪水で人間たちを苦しめました。
善い神様は太陽を空に据えて雨を干上がらせ、人間を助けました。ついでに空から見守りやすくなるように照明の役割を持たせました。
悪い神様は太陽を大地の裏に追いやるために、月を空に据えました。そのせいで、太陽は一日ごとに大地の下に沈むようになりました。しかし月は不完全なもので、たまに昼の日光に臆さずに昇ってくるのです。
ここで悪い神様は人間たちに贈り物をすることに決めました。なんと七体の天使を、それぞれ石に詰めて大地に堕としたのです。
人間の内の一人がその石を拾い上げて、力を手にしました。そして、その力を巡って戦争が起きたのです。善い神様は醜い争いを終結させるべく、それから悪い神様への報復のために、一体の悪魔をバラバラに破り裂き、精霊として大地に堕としました。
人間の内の一人がその精霊を身に宿らせて、力を手にしました。そして、その力を使って戦争を鎮めたのです。
そう、私たち人間は善い部分も悪い部分も持っています。この本を読んでいる子供たちは、ずっと善い子でいましょうね……終わり」
「これ結局何の本なんだ……子供が読むにしては内容が重すぎね?」
最初に抱いた感想は、端的に言えば意味不明。
元の世界の神話とは全く異なるものだし、そもそも事実か空想かの区別もよく分からない。この世界における神話のようなエピソードを綴った書物なのだろうが、何とも刺激が強すぎる。悪魔を破り裂くシーンは挿絵がしてあったが、かなりグロテスクだった。
目覚めの一冊として選んだが、チョイスとしては最悪だった。
それだけでは無い。
一つ気になることがイオにはあった。
「精霊って何だ? まだ俺は教わってないぞ。魔法みたいなものか?」
「ん~似て非なるもの……かな。使える能力の性質は魔法とは全く異なるし、何より人数が魔法使いより極端に少ないんだ。
聞いて驚くと思うけど、この世界にたった五人しかいないんだよ。ボクはほとんど会ったことないね」
魔法が使えると知って有頂天になっていたイオが馬鹿みたいだ。
真に尊ばれるのは精霊の方でないか。
魔法に一喜一憂していた過去の自分を殴りたいと、彼は本気で思った。
「でも、やっぱり魔法使い関連で良くない歴史があったんだな。さっきアークトゥルスさんが教えてくれてさ……」
「まあね、ボクら魔法使いとそれ以外の人たちで大昔に戦争があって、それ以来互いを腫れ物みたいに扱ってる。誰も表では言わないけどね」
読み聞かせを終えたシロンが伸びをして、机の周囲のを歩き回りながら補足した。
どうやらイオが思うほど、魔法の世界はファンタジーで溢れている訳ではないらしい。
それを踏まえると、さっきの本は子供たちに優しく生きろと教育をするだけでなく、暗に魔法使いと精霊使いとそれ以外の人種に大きな軋轢があると暗示しているのではなかろうか。
そうだとしたら、いやらしい本だ。
「他の本は読まなくていいや……ってか、文字の読み書きを教えてくれないか? 自分で本が読みたいんだけど」
「え~面倒臭い」
「は?」
「ボクが読み聞かせるくらいで良いでしょ」
「はぁ!? 俺だって、たくさん本を読むんだぞ!」
イオの怒号が、空虚な図書館に響いたのだった。




