12話 不治の病
「君は、どこから来た誰なの?」
その質問にイオは首を傾げた。
そして、脳内で自問自答した。
自分は自分自身だ。それだけは間違いない。
だのに、なぜシロンは当然のことを聞いてくるのだろうか。まさかイオのことを信頼していないのだろうか。
彼はとにかく理解ができなかった。
「いや、俺は地球から来た新田五百で……」
「本当にそう言えるの? どうにも怪しいんだ」
「何を疑ってるんだ? 俺がおかしいのか?」
「状況から鑑みるに怪しいってだけで……」
誰が何と言おうと意味はない。どれだけ疑おうと、イオはイオでしかない。地球で育った不登校児だ。
と言うか、イオ自身に何の心当たりもない。
この世に存在しない魔法を操ったという疑惑は、砂漠の蜃気楼と等しく、信ずるに値しないもののはずだ。
しかし、イオがいくら口答えをしても、シロンが信じてくれる気配はなかった。今まで積み上げてきた時間が、信頼が、音を立てて崩れたような心地がした。
「じゃあ、お前は見たのか。俺の体が再生する瞬間を」
「見たよ、残念ながらね。君の傷口が淡い緑光を放って、見る見る内に閉じていったんだ。君はどうにも変なんだよ」
「お、俺は……信じないからな!」
怒りの形相を浮かべるイオに対して、金髪の彼女は困った表情を見せた。それもそのはず。
事実を伝えているだけなのに、その当事者が受け入れる様子を見せないのだ。
このままでは両者の主張は平行線上を辿り、決して交わることはないだろうと予想できる。
そうだとしたら、どうすればこの議論に終止符を打てるだろうか。
嫌なことに、その答えに先に辿り着いたのはイオの方だった。
その答えとは、言うまでもなく良いものではないが。
「傷を癒す魔法とやらが問題なんだろ? だったら……ここで見せてやるよ」
「っ!? それはダメ!」
イオは自分のベッドから飛び出し、窓のそばにフルーツと一緒に置かれていたナイフを手に取り、それを勢いよく自分の腕に刺した。彼に躊躇う様子はなかった。
それはなぜか。それは信頼を築くためだ。
彼にとって、出自不明の人間として怪しまれるより厄介なことはない。ただの地球人であり、ただのイオである以上、その疑惑は全身全霊をもって晴らさなければならないのだ。
もしこのまま行けば、どんな扱いをされるか分かったものではない。
「――――いっだぁぁぁあああっ!!!」
「だから言ったじゃん!」
腕に刺さったナイフの刃の形に沿うように、じわじわと真っ赤な鮮血が染み出してくる。イオはその激痛に涙を流し、その場に座り込んでしまった。
シロンが咄嗟にナイフを優しく抑え、持っていたタオルで傷を囲うように包み込んだ。
しかし、イオはこれを拒否。人生で味わったことのない痛みに襲われたためか、錯乱し、思い切り飛び退いて、タオルを剥がしナイフを引き抜いてしまった。
噴水のように音を立てて、地面に鮮血が溢れていく。ビチャビチャと粘り気を感じさせる音が、イオの耳をねぶり、不快感を与えてきた。
ここでなぜかイオは安堵することができた。
隣でシロンが焦燥していたが、それを気にせず、落ち着くことができた。
もしや、自分が普通の人間だと証明できたと思えたから、そんな風に落ち着いていられるのだろうか。
もしそうなら、それは大きな間違いだ。
今のイオの安堵は無価値である。
だって、傷はすぐに閉じてしまったから。シロンの説明の通り、跡形もなく綺麗さっぱりと消えたからだ。
「え……嘘だ、ろ…………」
「落ち着いてよ! ボクも気持ちは分かる! いきなりやって来た土地で、こんな疑いをかけられるのは理不尽だと思うし、イオ君がそれを怯えているのは分かってる!
でも、事実は変わらないんだ。お願いだからさ、自分をそんな風に扱わないでよ……」
「す、すまない……おかしくなってたかもしれない」
「まずはゆっくり気を休めて。ほら、ベッドに寝転がって」
シロンが彼の背中を支えて、ベッドへ横たわることを促した。そこで何とかイオは大きく息を吐いて、思考を整えることに専念できた。
焦りは禁物だと分かっていても、イオの心の中に潜む必死な自分を抑えるのは難しい。
深呼吸をしつつも、短周期の拍動は止められなかった。
「……つまりあれか、俺の体が治っちまうのがおかしいと。なぜその魔法を操れるのか、この世界の人からは意味不明だと」
「そう、そんな感じ……」
「意味分からねぇよっ!」
新田五百の血は、彼が知る限りでは地球由来。この世界の失伝魔法とは何ら関係ない。
もちろん、魔法が遺伝によるものなのか定かではないが、体が治ってしまう魔法を操るには特別なものが必要なはず。
少なくともイオはそんな特別な存在ではない。だからこそ、こんな疑惑とは一切合切関係ないはずなのだ。
イオはベッドに投げ出した自分の足に視線を落とす。足の視線に沿って、視点をグルグルと移動させていたところにシロンの声が割り込んできた。
彼の、思考を掻き消そう作戦は、見事に失敗したのだった。
「……イオ君、局長が来たよ。挨拶だけでも――――」
「ほっほっほ、別に強制はせんぞ。すまないの。それで、君がイオ君かね?」
「あ、はい……局長さんが俺に何の用ですか?」
「んぅ……まずは自己紹介をせぬか? どちらも互いのことを知らな過ぎるからの。まずは儂から、名はアークトゥルスと申す者じゃ」
「……イオです。ただのイオです」
アークトゥルスという名前の、白髪で長身の痩せこけた老人がイオの所へやって来た。立ち振舞いなどの細かな所作から、統率者としての気質が感じられる人間だった。
彼はイオのベッドの側に腰をかけ、イオと視線を合わせた。親身になってイオと向き合おうとしていることは十分に伝わってきた。
しかし、イオは素直になれず、逆に彼に苦手意識を感じてしまった。誰かを信じるにはまだ早い、そう思ってしまったのだった。




