10話 眼光炯々
真っ赤な短髪に紫色の瞳。
服の上からでも分かる大きな筋肉。
それらを持つのが、このペルセウスという名の青年だ。どうでもいい事だが、イオは以前にどこかで会ったことがあるような気がする。
「よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします」
差し出された腕はよく育った大根のように太く、手の甲には血管が葉脈のように浮き出ていた。
そこから視線を移してみる。
上腕二頭筋や三角筋を始めとした腕の筋肉、それに首元から確認できる僧帽筋、更に服を押し上げる大胸筋、そして、その巨大な体を苦もなく支えているガッチリとした大腿四頭筋にふくらはぎ。
イオが今まで出会ったどの人間よりも体が鍛えられていた。
まさに鉄人だ。
「そんなにジロジロ見てどうしたんだい?」
「あ、いえ……すごい筋肉だなぁ、って」
「かはは! そうかいそうかい! 誉められると嬉しいね!」
ペルセウスは笑顔でポーズをして見せた。
しかし、見れば見るほど物凄い鍛え具合だ。魔法が主な攻撃手段になっている世界で、ここまで鍛える必要は感じられないのだが。
そう考えると、彼の筋肉は戦闘用ではなく、趣味の範囲だと予想された。元の世界で言うところのボディビルダー的な人なのだろう。
「ところでさ! 君に手合わせをお願いしたいんだけど、どうかな?」
「はい?」
「試合だよ! し・あ・い! 君、シリウスって子から聞いたよ! 牛の混血なんだってね!」
脳内で何かが崩れる音がした。
いや、何者かに固定観念を破壊される音か。
イオは勝手ながら、ペルセウスの体に付いているモノは全て見せ筋だと思っていたが、どうやら間違いらしい。
魔法使いだらけの世界にも、筋肉を付けて戦う者がいるとは思いもしなかった。牛の混血という点をピックアップして手合わせを望んできたということは、もはや聞くまでもないだろう。
「あはは……魔術の中に体術を取り入れた戦法を使うんですか? かなり面白そうですね」
「いや、魔法は使えないよ!」
「????」
もう何がなんだか分からない。
イオはとりあえずペルセウスからの提案を受け入れて中庭へ向かった。ちなみに中庭とは二階にある方ではなく一階中央の方だ。
この混乱する意識の中で、イオでも確かに分かったことがあった。
それは、ペルセウスは名の知れた戦士であるということだ。彼の広い背中に付いていく間に、いくつもの好奇と憐憫の視線を向けられたのだ。
なぜだか、イオは負ける気しかしなかった。
「位置についてね! あ、合図はそっちで出して良いよ! こっちで合わせるから!」
「はい……」
いつの間にか、試合の舞台に立たされていた。
しかし、イオにはここでボコボコにされて敗退するような格好悪い真似はできない。
もしシロンに負けたと知られたら絶対に笑い者にされるし、そうなったら居たたまれない。
「じゃあ、俺が獣化すると同時に叫ぶので……行きますよ」
「うん!」
イオは、静かに息を吐きつつ腰を落とした。
ペルセウスもそれに合わせるように大きく息を吐き、大きく腰を落とした。
彼の一挙手一投足、どこを切り抜いてもまるで映画のワンシーンみたいだった。
呼吸を整え、正面のペルセウスを見据える。
その間にも観客は増え続け、やがて中庭は観衆で覆い尽くされてしまった。
心の中で緊張と平静がせめぎ合う。
「――っ、はあァァァァッッ!!!!」
「よし、来い!」
首から提げた獣石を体内へ取り込み、素早く獣化するイオ。彼はシリウスから教わった事を脳内で復唱しつつ、理性と野性を共存させようとした。
そうすると次の瞬間、頭からは太く白い角が、腰からは長く黒い尾が露になった。
黙止と激動の果てに、人と獣の不完全で完全な融合体――獣人が出現したのだった。
「ぐあァァァァッ!!!! っ!?」
イオは全身の重みを拳に乗せて、勢いよく突進攻撃をかました。獣人としての筋力も相まった鋭く重い一撃だった。
しかし、その一撃はいとも容易く受け止められてしまった。それも普通の人間に。
イオは、まるで固く分厚いコンクリートの壁にぶつかった感覚を味わった。
ただ違うのは、ぶつかった衝撃が返ってくるか、そうではないかだけ。その違いを踏まえると拳を受け止められたと言うより、いなされたと言った方が適切かもしれない。
彼は恐る恐る顔を上げて、目の前のペルセウスの表情を伺った。
「――かはは! まだまだだね!」
彼は依然として笑顔を保っていた。
どうやらこの状況を楽しんでいるようだった。




