9話 燻る火
リブラ魔法管理局、二階にある小さな庭。
一階の中央部にある庭に大きさは劣るが、魔法の訓練をするには十分なスペースがある。ちなみに記憶を失う前のイオは一度だけ、ここを訪れたことがあった。
「――あ、いた! シリウス!」
「……? イオ先輩だ、どうしたの?」
イオの呼び掛けに答えたのは、真っ白な耳を震わせて太陽の下で笑顔を見せている美少女。
彼女こそが、魔法留学という名目でリブラを訪れているシリウスだ。魔法の才に秀でており、高潔な混血の少女でもある。
そう、獣石を使わずとも体を狼の姿に変化させることができるのだ。
そんな少女が、ひたすら魔法の特訓に打ち込んでいた。
イオは縋り付くように駆け寄ったのだった。
「えへへ、実は暇だったから見学に――」
「おいおいおい……そこの君、私たちの訓練の邪魔をするんじゃないよ」
「あっ、す、すみません……」
シリウスと談笑しようと試みたところを、イオは無惨にも赤髪の妙齢の男性に遮られたのだった。
いや、遮られたのはその男の方だと表すのが、ここでは正しいだろう。
なぜならイオが魔法の訓練に割って入り、わざわざ途中で遮ってしまったのだから。
赤髪の彼はらイオの緑色の瞳を凝視した後、やれやれといった感じで会話を再開した。
「今ね、私はシリウスという優秀な魔法使いの卵を孵そうと尽力しているところなんだ。良ければ邪魔をしないでいただきたい」
「わ、分かりました。向こうに行ってます……」
「ごめんなさい、イオ」
彼は、わざとらしい嫌味な口調でイオに遠慮なく詰め寄った。確かに気遣いが足りなかったのは事実だが、いくら訓練の邪魔をされたからと言って、ここまでする必要はないだろうとイオは不満に思った。
しかし、あちら側の言いたいことも分かる。
二人のレベルの高い訓練に、何の前触れもなしに割り込むのはいけなかった。
だから、イオは心の中でじっと反省をして、その場を後にしたのだった。
「――ってか、あれがベルザって人か。火属性にて最強の魔法使い『火星』らしいが……」
魔法使いの頂点という観点から見れば、メルガもベルザも今一つインパクトに欠ける気がする。あまりに普通の人間だったので、イオは正体に気付くまで時間を要した。
そんな時、イオは『惑星』を見分ける簡単な方法を思い出した。
そう、聖魔石だ。
『惑星』たちは体のどこかに必ず石を持っているはず。
彼はすぐさま振り返り、シリウスと話し込んでいるベルザの体を上から下まで観察した。
赤い瞳と赤い髪。それに高身長で綺麗な長髪を持っていた男だ。
まあ、確かに男ではあるが、どこか女性的な美しさを内包している人物だった。話し方も面倒臭いタイプの女みたいだったし。
(……あった)
聖魔石は彼の首筋に埋まっていた。長髪に隠れていて正面からは見えなかった。
少々グロテスクな見た目だが、メルガの話によると決して埋まっている訳ではなく、皮膚下の成分は溶解して身体と一体化しているとのこと。
これを聞いてしまえば、どんなに綺麗な石であっても見慣れることはない。
しかし、困ったことになった。
今日は仕事がない。つまり、イオは特にやることがないのだ。
仕方がないので、彼は宛てもなく二階の廊下をうろつくことにした。
「暇だな……」
ジリジリと肌を焼くような日光が降り注ぐ中、頭を空にして歩き回った。
そうやって、しばらくぶらついたところで急に声をかけられた。
快活な青年の声だった。
「あの、君!」
「……俺ですか?」
「その通りだよ、君だよ! イオさんだよね?」
「そうですけど」
「だよね! いや、会えて良かった!」
その青年の声が大きすぎる上に、遠慮なく耳元で発されるので、イオは脳が揺れる感覚を味わった。
夏の日光も合わさって体力を抉りに来ていた。
「あ、自己紹介をしてなかったね!」
大袈裟にはしゃぐ青年はふと我に帰り、姿勢を整えてイオの目を見た。
そして、ハキハキとした気持ちの良い声で自己紹介をした。
「えっと、ペルセウスって言うんだ! どうかこれからよろしく!」
彼は太陽のような笑顔を見せて、イオに握手を求めてきた。




