7話 安寧の社
――――カチカチ、パキパキ
薄暗い部屋の中を木霊する機械音。
メルガの手捌きに合わせて、直りかけの召喚装置が簡単な動きを繰り返していた。
完全修復への第一歩といったところか。
「――それで、あの二人に何があったんだ?」
「唐突過ぎません?」
機械弄りを続けていたメルガが、急にイオの方を向いて、ゲミンガとスピカの近況について尋ねた。
一体何がきっかけで話を振ってきたのか、彼には全く分からなかった。
「えっとですね……二人はリオ郊外の洞窟の調査に行って、そのまま俺たちと別れて現地に泊まって、次の日の朝に襲撃されたみたいです」
「なんでその日の内に帰って来なかったんだ?」
「さあ? 俺もよく分からないです」
イオの答えを聞いたメルガは、また何か考え込むかのように機械と向き合い始めた。
そして、しばらく経った頃。
「――精霊が体から抜けた時のショックはかなり重いらしいぞ」
「そうなんですか?」
「あぁ、先代の『目』のジジイは、それで完全にボケちまったらしい」
「そうなんですね……ボケって言うと、精神病ってよりは体ごとダメになる感じなんですかね……?」
「お前の予想通り。精霊ってのは魂……つまり、人の中に生きる二つ目の命なんだ。それを出し入れするのには当然エネルギーをたくさん使う。お前だってそうだったろ?」
「え、俺ですか? 俺は気付いたら『耳』の精霊が宿ってて……何も知らないですよ」
「だからそれだよ。自分では何も知らないって思い込んでるんだろ? それ、記憶が抜け落ちてんだ」
「……? 何を言って――」
イオはメルガの言ったことを疑問に思い、その真意を問おうとしたのだが、なんと急に脳内で激しい嵐が巻き起こった。
脳味噌を根底からひっくり返されたような鈍痛と共に、全身を駆け巡る鋭い電気のような痛みを味わった。
イオは思わず悲鳴を上げた。
「ぐぁ……っ!? い、ってぇ……」
「――やっぱり精霊使いって変なんだよな。確かお前ってさ、アクエリアスで『性』とヤりあったんじゃなかったか? ソイツにも似たような症状が出てたはずだぞ」
「マイ、アさん……? ああ、あの人は、確か……そっか、多重人格だ、った……いてて……」
「やっぱりな」
納得した表情を浮かべた彼女は、満足気な様子で機械に話しかけ続けていた。
苦しそうに悶えるイオの方を少しも見ようとしなかったのだった。
「たぶんお前もそうなんだよ。記憶喪失的な何かに違いない」
「記憶、喪失ぅ……? っはぁ、ふぅ……ははっ、誰もそんなこと言ってませんでしたし、そもそもそんなこと信じられませんけど」
「じゃあ、皆がイジワルだったんだな」
「そんな訳ない……でしょ……っ、何か理由があるはず……」
イオは揺れる頭を押さえ付けつつ、ゆっくりと立ち上がって、メルガの正面に回り込んだ。
息は荒いまま、額には汗が出始めていた。
「ってか、メルガさんだってイジワルですよ。もし俺が本当に記憶喪失だとしたら、根拠となる理由を知ってるはずです。
皆をイジワル呼ばわりできたのは、自分もそれを知ってたからですよね? 知ってるのにわざわざ記憶喪失隠しに加担して、俺に対して負い目を感じてたんじゃないんですか? だから、ここでこっそり明かしたんじゃないんですか? 違いますか?」
「当たってる……当たり過ぎて気持ちわりぃよ。お前ってヤツは、いざ自分のことになったら完璧に読み切れるんだな。さっきのボードゲームとは大違いじゃねぇか。ビビり過ぎってか……ちょっと警戒線張り過ぎじゃねぇの?」
メルガは観念したように両手を上げて、降伏の意を示してきた。
しかし、その次に語られたのはイオの記憶喪失の件についてではなかった。
はぐらかされた。
「――でもさ、あたしが言ってどうこうって話じゃないよな? 解決しねぇし」
「……逆に何で言わないんですか? 俺の記憶喪失っていつからなんですか? 他の誰がこの症状について知ってるんですか? 教えてください」
「あー、言うなって口止めされてるんだけどな、でもいいや」
メルガはイオの目線に合わせるように立ち上がって、彼の緑色の瞳を見据えて言った。
彼女が初めて見せた真摯な態度だった。
「墓があるんだ」
「墓?」
「あぁ、共同墓地だ。この国で死んだヤツの中でも、特に身寄りがいないのはそこで眠りに就くんだ。そこに名前が丁寧に彫られてんだ。その中に――」
「――もしかして、死人に聞けってことですか?」
「そういうこった! はははっ、教える気なんて最初からねーよ! 自分で探してみろ!」
少しでも信じた自分を殴りたい。イオはすぐにそう思い、メルガの目から視線を逸らした。
きっと彼女は、そう指示されているのだろう。なかなか口を割らない訳だ。
「ここは争いのない平和な国。そんでもって、リブラ魔法管理局は平和の砦」
「…………」
「五つの聖魔石と二体の精霊で、絶対的な秩序の下に安寧を保ってたんだ」
「…………」
「だからな、お前は何も知らなくていい。何も知らないまま安全な内に元の世界に帰してやる」
「…………」
「お前も平和は好きだろ? あたしも好きだぜ」
屈託のない笑顔で、メルガはそう言い放った。




