6話 辿り着いた場所
「――ははーん、やるじゃねぇか」
「何のことですか?」
「知らんふりするんじゃねぇよ。ほら、ここ」
「あぁ! クソっ、バレた!」
「なはははっ! あたしの勝ちってこった!」
二人の戦いは苛烈を極めていた、地面に置かれた小さなボードの上で。
実は、今現在イオはメルガとボードゲームを楽しんでいる最中であり、記念すべき彼女との初戦がイオの敗北で終わったのだ。
まあ、初心者にしては健闘した方だろう。
「それにしても、ルール覚えるのはえーな」
「ちょうど似てるゲームがこっちの世界にもあるんですよ。そのおかげです」
「へー……そっちの世界は面白そうだな」
イオがボードゲームで取った作戦はこうだ。
味方である長射程の強力な駒と敵の大将の駒、その間に置いてある駒を取り払うことで、こっそりとリーチをかけて強引に勝利をもぎ取ろうとした。
しかし、悔しながら勝利を目前に控えたところでイオの作戦はバレてしまった。流石に練度の差がある現地人の目は欺けなかった。
イオは元の世界で将棋やチェスなど様々なボードゲームを嗜んでいたので、とりあえず先の作戦を起用してみた訳だが、見事に破られてしまった。
気晴らしにはなったが、負けたままでは終わりたくない。
「違和感なく駒をけしかけ、あたしの注意を引いたところで、サッと別の駒で楽して勝とうとしたのか……お前は想像以上に汚ねぇな」
「仕方ないでしょ! 俺はそれくらいでしか勝てませんって!」
「あっはははっ! 冗談だよ冗談! あたしはそのくらい汚ねぇ方が人間らしくて大好きだぜ」
メルガは豪快に笑ってから、イオを置いてゆっくりと立ち上がった。それからボサボサの金髪を揺らし、こちらを艶っぽく見つめて、大きく背伸びをした。
まあ、最後の伸びは女性らしくない大胆なあくびと、髪を梳いた時の抜け毛付きだが。
「あいたた……結局マジになっちまって話も何もできてねぇじゃんか」
「そうですよ。そもそも俺は初心者なんですから手加減くらいしてください」
「……負けるの嫌じゃん?」
(大人げないな)
弁明の時のメルガの表情は、いかにも悪気のない間抜けな感じだったので、きっと心の底から勝負事で負けたくなかったのだろう。
生来の負けず嫌いというヤツか。
「はあ……あなたは『金星』なんですから、負けとは縁遠いでしょうに」
「は? あたしは魔法で戦ったことなんてねぇよ。勝ち負け以前に無効試合だよ」
「棄権試合で相手の勝ちじゃないですか?」
「いや、あたしは負けてねぇっての!」
冗談混じりの怒号が密室の中を駆け回った。
それにしても、勝負好きで負けず嫌いの彼女が、何故わざわざ戦うことを避けるのだろうか。
もしや魔法を扱うのが下手だったり、魔法が嫌いだったりするのだろうか。
「……おい、憐れみの目ぇ向けてんじゃねぇぞ。あたしはあくまで無意味な戦いが嫌いなだけだ」
「じゃあ、さっきのボードゲームの意味は?」
「あれは……お前の悔しそうな顔が見られるだろ? あたしが気持ち良くなれる」
「最低ですね」
「ははっ……でもさ、魔法で相手を負かしたら、みーんな泣き出すだろ? なぁ、人の泣き顔では気持ち良くなれねぇよな?」
「どっちの顔でも気持ちよくなれませんよ」
メルガは持論を展開した。
多少常識からの逸脱が見られるが、まあまあ筋が通っている考えだった。
要約するならば、やりたいことをやり、やりたくないことはやらない。
それだけだ。
伸びを終えたメルガはそのまま装置の前に座り込んだ。
「自慢じゃねぇけど、魔法の才能……それも特に光属性なら、この国じゃ誰にも負けねぇからな。試練を乗り越えてやって戦争好きのバカどもから聖魔石を奪った甲斐があったってもんよ」
「聖魔石……?」
「あ? ドロフのを見てねぇのか? 聖魔石ってのはこれのことだよ」
そう言い放ったメルガはパッと上着を脱いで、その下に着ていた肌着を捲り上げた。
突然の奇行に目を逸らす暇もなく、イオの視線は自然と彼女の背中に向けられた。
その視線の先に、異物はあった。
「石が……埋まってる?」
「埋まってるように見えるだろ? 実は肌の下で石が溶けて、体の組織とガッチリ結び付いてんだぜ。埋まるよりやべぇよ」
それには艶もなく、上品さの欠片もないように見えたが、不思議と底知れない力を感じた。
イオは、それこそが『金星』の力の源なのだと本能的に感じ取ったのだった。
「惑星の称号を与えられたヤツら、あたしも入れて五人いるんだ。その全員が石を持ってる」
「五人も……いや、五人だけ……?」
「お、気付いたか。実は木と土の聖魔石は初代が死んだ時にどっかに行って、そのまま『木星』と『土星』は空席のままなんだぜ。もちろん、お前がどれだけ強くなったとしても、その席には座れない」
確かに、メルガの説明の通りだ。
アークトゥルスは少し前に、木と土の魔法使いが存在すること自体おかしいと言っていた。
しかし、まさか魔石まで存在しないとは思わなかった。そんなに大切で強力な品が見つからない、なんてことがあるのか。
「盗まれたんですかね?」
「さぁ、どうなんだろうな。普通のヤツが持ってても膨大な魔力に耐えられないと思うんだが」
どうやら本当に行方不明らしい。
まあ、案外誰かのネックレスに使われてたり、その辺に落ちてたりするかもしれない。あまり考え過ぎるのも良くないだろう。
説明を終えたメルガは、寒さに体を震わせながら上着を着直した。
「ま、そーゆーこった。今でも『金星』として戦えって命令されても、言い訳してサボってるよ」
「それでも、他の誰かが代わりに――」
「んなこと分かってる。傷付いたヤツがあたしの視界に入らねぇだけマシだ」
そう言って召喚装置に向かうメルガの背中は、どこか悲しそうだった。
それからもまた、沈黙の時間が続いた。




