5話 直す者
次の日の朝。
今日は仕事がないということだったので、召喚装置のある薄暗い部屋へ出向いた。
しかし、今のイオの記憶では召喚装置を見るのは初めてだったりする。
その部屋は厳重な警備の網が敷かれていた。
「やァ、イオ君」
「あ、どうも……カナンさんでしたっけ?」
まあ、厳重と言ってもたった一人の魔法使いが突っ立っているだけだが。きっと彼一人で十分に事足りるのだろう。
彼は、イオの質問に対して静かに頷いて見せたのだった。
「何か用かなァ?」
「あの、中に入れてもらえませんか? 装置を見ておきたくて」
「そうか……まァ、少しの間ならいいんじゃないかな。彼女も人と会うのは嫌ではないだろうし」
「彼女?」
「知らないのかい? 装置の修理を任されてる『金星』のことさ」
(あ、メルガさんのことか)
昨日、シロンが教えてくれたメルガという名。
それは女の名前だったらしい。それも『金星』の名を冠している強い女の。
事前に知らされていた情報が線を結んだので、イオは自分で納得した。
その後、カナンは部屋の扉を押し開けて、イオを中へ迎え入れた。
室内は薄暗く、一つの光球が優しく辺りを照らしているのみ。彼がそこでグッと目を凝らすと、その淡い光によって暗い部屋に浮かび上がっている女の背中が見えた。
「――って、なんて格好してるんですか!?」
「ん、客か? 先に言えよ」
「すまないねェ。彼がどうしても召喚装置を見たいと言うから」
無愛想な女は、イオを一瞥した後に立ち上がり、近くに置いてあった上着を羽織った。それを着る前は薄着一枚とゴーグルのみを身に付けていて、目を向けるのも憚られるハレンチな姿をしていた。
「ふぅ、あいたたた……」
「あ、初めまして、イオです」
「こちらこそ初めまして。『金星』だ」
彼女が自己紹介をすると同時に、辺りを照らす光がより一層強さを増した。
そこでようやく全身を捉えることができた。
シロンと似ているようで全く違う透き通った金髪にすらっと伸びた肢体。金色の瞳に白い肌が輝いていた。
しかし、せっかく整った容姿をしているのに、それらは煤や埃で汚されていた。それも彼女の一部ということか。
イオはそれが不思議と気にならなかった。
むしろ、そこに職人魂や格好良さが感じられて逆に好印象だった。
「水分補給をしたら作業に戻る。カナンは出てけ。人が多いのは嫌いだ」
「えェ……? イオ君はいいのかい?」
「こいつは別だろ。わざわざ見に来たんだから、後ろのこれを」
メルガは水筒を手に持ったまま、装置の方へ振り返った。後ろにそびえる大きな機械を見つめた。
それを見上げる彼女の瞳は、苦難などの負の感情が全くなく、実にキラキラと光っていた。
何かに例えるなら、夢に向かって走り続ける純粋な少年の瞳をしていた。
「ほら、あっち行け」
「はいはァい」
どこか不服そうなカナンは、逃げるように扉を閉めた。
そして、部屋に残ったのは二人だけになってしまった。男女の間に珍妙な空気が流れた。
「ふぅ、よいしょ、ここをこうして……」
「…………」
メルガは、イオに構わず作業を再開した。
黙々と手を動かし、目を動かし、体全体を使って装置と向き合っていた。
イオが口を開けたのは、その少し後だった。
「――あのっ」
「随分とやってくれたみたいだな」
「……は、はい?」
「あの二人に何があったんだ?」
二言目を聞いた瞬間、一言目の意味を理解した。
随分とやってくれたみたいだな、という言葉はイオに対する恨み節だろう。
彼の血の気がサッと引いた。
「す、すみませんっ! 俺の力不足で……ゲミンガさんとスピカさんを守れませんでした……」
「謝れとは言ってないだろ。ただ、あたしは聞きたいってだけだよ」
メルガの言葉には、怒りと優しさの両方が入っていて、イオはそのどちらを信じればいいのか分からなかった。
この時は咄嗟に怒りに対して謝ったが、どうやらメルガの望んだ答えではなかったらしい。
イオは尻すぼみになって、ついには何も話せなくなってしまった。こういう場面に弱いのだ、彼は。
しばらく沈黙した後、急にメルガが手を止めて振り返った。
「遊ぼう。あたしは遊ぶのが好きなんだ」
「……え、えっと」
「やりながら話そうぜ」
少し怖い笑顔を浮かべたメルガは、ゲーム用のボードを持って近付いてきた。
イオは勝手が分からず、彼女の言うことをスルスルと受け入れていくのだった。




