4話 見上げれば、空高く
ゲミンガとスピカの見舞いを済ませた後、特にやることもないので管理局を徘徊していた。
そんな時のできごと。
「――お」
「――あ」
イオは、風呂上がりのシロンに遭遇した。
彼女の美しい金髪はまだ湿り気を残していて、何となくだが少しだけ色っぽかった。
それから少しだけ見つめあった後、シロンの方から言葉を投げ掛けた。
「それじゃ――」
「ちょっと話さね?」
「……うん」
何か言いかけたシロンだったが、イオの誘いに乗せられて後の行動を遮られたのだった。
そういうことで仕方なく、二人は夜の行動を共にすることにした。
辺りはすっかり暗くなり、足下が冷え込んでくる時間帯にさしかかっている。彼女の体を冷やして風邪でも引かせたらいけないと思い、イオは近くに長椅子を見つけて、そこで雑談することにした。
本当は一緒に星空でも見たかったのだが、人がいないならどこでもいい。
幸い、近くに人影はなかった。
「――俺ってさ、帰った方がいいかな?」
そして、長椅子に座った途端、思いもよらぬ切り口から雑談の皮を被った相談が始まったのだった。
イオは内に抱えていたものを、徐々にシロンへ吐き掛けていった。
「帰るって……どこに?」
「元の世界」
「……それはボクが決めることじゃないよ」
「いや、客観的に見てどうかなー……って」
シロンは怪訝な表情を浮かべた。
それもそのはずだ。
イオがここまで消極的というか、自信のない喋り方をするのは極めて珍しいからだ。いつもは根拠のない自信に満ち溢れており、何か失敗しても次の日にはケロッと忘れるタイプなのに、今日だけは違った。
彼の纏う空気は重かった。
「客観的に? どういうこと?」
「……あのさ、今回の事件って俺のせいで起こったようなものじゃん。あのハレーとかいうヤツ、俺の名前知ってたぞ」
「……そうだっけ」
「そうだよ。やっぱりさ、俺の能力って悪目立ちするんじゃないかなって」
ゲミンガとスピカが襲撃された事件。
あれの犯人は二人の男だ。
一人目は、レグルスと戦ったフードの男。
二人目は、無属性の魔法を操る謎の少年。
どちらも最初からイオを知っているかのような口振りだったので、その裏に事件の計画性を見た。
「……そこまで気にしなくても……たぶん相手が悪かっただけだよ」
「そうかな……」
「精霊使いを二人も同時に相手取る人なんて、この世界にはそんなにいないよ」
「いるっちゃいるんだな……」
イオは世界の広さに驚くばかり。
まあ、上にはとことん上がいるということだ。そこを見上げればキリがない。
今回の事件の発端も、言ってしまえばイオの想像が及ばない天上の輩に目を付けられただけ、と片付けるのが妥当なのだろうか。
それも違う気がするが。
「――決めた。召喚装置が直ったらすぐ帰るよ。もう長居できねぇ」
「……そう」
シロンは若干不服そうな表情だったが、すぐにいつもの顔に戻った。
イオの決断を理解してくれたようだ。
「もしその気なら、明日の朝にでもメルガさんの所に寄ったら?」
「……え、誰?」
「召喚装置の修復作業をしてる人。光魔法使いで一番強い『金星』の名を冠する女性だよ」
「そうなのか。分かった、行ってみる」
結局のところ、具体的な解答は見つからないままに相談は終わった。
何度もしつこいかもしれないが、もしイオがこの世界から逃げ出しても、この世界にある問題の全てが解決する訳ではない。
失ったものを取り戻して、そこで初めて全てが元通りになるのだ。もうイオの能力が世界にバレてしまっている可能性が高く、悪意ある人物が既に動き始めているかもしれないのだ。
そのような人間を全て根絶やしにするか、もしくは懇切丁寧に説得しないと、永遠に帰還の切符が配られることはない。
(でも、どっちも無理に決まってる。俺には別の解決策が必要だ……)
メルガと会えば何か分かるかも、という薄っぺらく淡い期待を胸に、イオは夜の暗闇に溶け込んでいったのだった。




