IF-3 新田五百のちからまけ
――――ヒュルヒュル、ヒュルヒュル
不快な音、耳をしつこく撫でる音、イオの精神を苛立たせる最悪な音。
そんな音を伴って、刺客が空からやって来た。
「ふ、伏せろぉ!」
「きゃっ!?」
「うわぁ!?」
空から押し寄せる風の波は、瞬く間に王城中の窓ガラスを破壊し、風圧の変化による引き波で更に被害を拡大させた。
割れたガラスの破片が城中を駆け巡った。
そこにいた中でも、たった数人を除いた全員が出血多量の大惨事に見舞われた。
「いってて……み、みんな大丈夫か!?」
「なんとか。イオ君の力ってやっぱりすごいね」
襲撃時にちょうど朝食をとっていたイオたちは、便利な木魔法ですぐさま傷を治療した。
これは他の誰にもできない、イオだけの力だ。
淡い翡翠色の光が食卓を包み込む。
「それにしても、どこから攻撃を受けたんだ? ってか、そもそもこれって攻撃?」
「もし攻撃じゃなくて自然現象なら、この国ではガラスなんて使われてないだろうね」
必要最低限の会話を交わした後、三人は体勢を整えて敵がいると思われる場所へ向かった。
なぜそんなことが可能なのか?
それはイオの能力があるおかげだからだ。
あの『耳』の精霊の力によって、実は既に敵のおおまかな位置は特定済みだった。こうして、うまい具合に能力がはまったイオは少し機嫌が良くした。
初めて力を存分に発揮できた気がして、皆を少しでも助けられた気がして、ついつい興奮した。
「――って、俺たちよりも先にレグルス様が敵の所に辿り着いたみたいだ。本当に頼もしいな」
「これは勝ちましたね。私たちが行くまでもないでしょう」
「いや、とにかくボクたちも急ごう。少しでも助けになれるかもしれないし」
敵がいるのは階下の広間。
そこから風が出す小さな音を捉えたのだ。あの不快な音に類似している、まるで羽虫の鳴き声のような音だ。
そして、イオはそこからもう一つだけ鈍く響く音を感じ取ったのだ。
凶悪な敵に立ち向かっている勇ましい音。紛れもない王の唸り声だった。
一度聞いたら忘れられない、心の奥底に眠っている恐怖を呼び覚ますような荘厳な声だ。
(あー、ボコボコにされたトラウマが……)
過去に不完全な獣化をして記憶が曖昧になっていたイオも、彼の唸り声だけには覚えがあった模様。
しかし、そんなことは一々気にしていられない。
三人は声に応えるように急いで階段を降りた。
◆◆◆
場所は変わって、城に開いた大穴の近く。
そこで風を纏った鎌鼬と、覇気を纏った獅子が対峙していた。当然だが、どちらも一歩たりとも引く様子を見せなかった。
どちらも、自分の方が強いと自負していた。
「我を誰と心得ての狼藉だ? さあ、言い訳ならいくらでも聞いてやろう。ただし、口より先に手足を動かそうものなら容赦はせん」
「ごほん、あー、あー。喋りまーす」
「…………」
レグルスの脅迫とフードの男の挑発の後、その場は静寂に支配された。
まるで、そこら中の空気が全てレグルスに従っているかのように、一瞬で静けさに包まれた。
「黙られると話しにくいんだよ……なっ!」
「疾くせんか」
「チッ、冗談だよ……俺様の名前はデリンジャー・プロミネンスだ。ほら、顔を見ろ」
「……一国の王が……いや、大盗人がここまでやると言うのか……心底呆れて物も言えん」
敵は一旦おどけた様子を見せてから、フードをパッと取り払って潔く名乗った。
しかし、こうなるんだったら名乗ってくれなかった方が断然良かった。
何を隠そう、彼もまた王だからだ。
大陸の西部に位置するスコーピオ要塞国、その現国王が現れたことに、レグルスは柄にもなく動揺してしまった。
(もしかしなくても、これってかなりマズい状況なんじゃないか……?)
ちょうどイオも現場に駆け付けた。シロンとシリウスが物陰から外に出てしまわないように片手で静止しつつ、こっそりデリンジャーを見ていた。
そして、彼はこの先に起こるはずの事件について危機感を募らせた。
それもそのはずで、何かの目的のためにこうやって二人の王が対立しているのだ。この対立が一層深まれば、素早く戦争に発展してしまうことは火を見るより明らか。
この張り詰めた雰囲気が好転したとして、ギリギリ対談に持ち込めるかも怪しい。
このままだと、確実にどちらかの王が命を落とすことになる。
「俺様が名乗ったからには引けないはずだ」
「……くッ」
「まあ、ここからは真面目な話だが、やれ政治だの国家間交流だの、そんなのはどうでもいいんだ。俺様にはやりたいことがある。それだけなんだ。それだけのためにこうして無茶をするんだ。つまるところ、誰が止めたって無駄なんだ」
「……理解し難いな」
そうやって王たちが火花を散らす中、着々と横槍を入れる準備が進められていた。
と言うのも、この時間帯に騒ぎを聞いてすぐに駆けつけられる王国魔導師はごく少数なのだ。
つまり、ここは現場にいる者が真っ先に手を貸すべきである。そう思ったイオは『耳』の精霊を駆使して音を消し、シロンとシリウスを引き連れて持ち場についた。
イオの合図で飛び出す算段だ。
「シリウス、準備はいいか?」
「う、うん。レグルス様が不利になったら、すぐに援護に回ればいいんだよね?」
「そうだよ……で、シロンは聞こえるか?」
「…………」
「シロン?」
(あの人って、まさかボク――)
結論から言う。
突如として巻き起こった風に呑み込まれ、レグルスたちは破滅に追い込まれた。
獣化に長けたシリウスも、魔法に長けたシロンも、それ以上の実力を持つ大人たちも、その城にあった全てのものがバラバラに切り刻まれた。
たった一人生き残ったイオは、その後に手際良くデリンジャーに捕縛されてしまったのだった。
つまり、圧倒的な力を前に敗北を喫した。
次回、第四章




