27話 半端者
気がついたら総数が100話をこえてました
時が経つのは早いです
優しいそよ風に揺れる木の葉。
鳥たちのさえずりに活気付く街並み。
日が高く昇るにつれて、リオの人々の熱気は高まっていく。
誰が傷付こうが、死のうが関係ない。
そんな不幸人を置き去りにして、世界は今日も回っていく。
「――――」
王城の一室に並べられた二つのベッド。
片方には隻眼の、もう片方には隻脚の魔法使いが横たわっていた。
どちらも若いので、普通なら希望に満ち溢れている未来ある者だと評したいところだが――
「足が……足が、なんでなくなってるのぉ!? なんで……ちゃんと戦ったのに……」
「…………」
スピカは、失ったはずの右膝に痛みを感じて必死にさすろうとしていた。しかし、当然ながらそれは叶わない。
隻脚の患者によく見られる症状らしいが、気の毒なことに変わりはなかった。神経系ごとバッサリ持っていかれたはずなのに、どうやら彼女自身に足の感覚は残っているらしい。
不思議なことだ。
対してゲミンガは、絶望し切った表情で布団の中に体を埋めていた。
彼の目はもうないが、涙は流せていた。
涙腺はしっかり機能しているのが、彼の悲しみをより引き立てていた。
「……どうしまょう」
「しっ、そっとしておいて。お二人は傷心しているのですから」
「……ですが」
王城の召し使いたちは、彼らに慰めの言葉をかけようにもかけられず、ただじっと見守ることしかできなかった。
召し使いである彼らは、体の一部を失った二人が不自由を感じないように遣わされたのだが、その肝心なコミュニケーションを取ることさえままならなかったのだった。
なぜなら、それもそのはずで――
「ぐすっ……ぐすっ……ひぐっ……」
「はぁ……」
スピカは一向に泣くのを止めず、ゲミンガは死んだように眠っていたから。
希望の光を失った二人には、召し使いの声さえ届いていない状況だった。これでは窓の外の歓声が異世界か何かの幻想に思えてくる。
確かに城下町には人々の明るさがあるのに、この部屋にはそれらを打ち消すほどの絶望が蔓延していたのだから。
と、そんな暗い部屋に来訪者がやって来た。
「――失礼します。あの、二人を起こすのを手伝ってもらえますか? もう出発の時間で……」
「承りました」
「ほら、ゲミンガさん、起きてください」
「…………」
「ねえ、スピカさん、俺がいるので泣かないでくださいよ」
「えぅっ……うぅっ……」
リブラへ帰る用意が整ったようで、イオが二人のいる部屋を訪ねた。
しかし、それでも二人は反応すらしなかった。自分のことで頭が一杯なのだろう。それを察したイオは召し使いたちに目配せをしてから、そこにあったベッドに手をかけたのだった。
そうして二人の重い体を無理に運び終えた後、イオはレグルス王に謁見した。
もうリオを去るのだから、別れ際の挨拶と王城に泊めてもらえたことへの謝礼を述べるのだ。本当は言いたいことは山ほどあったが、イオはそれなりに大人なのでグッと気持ちを抑えた。
「――この数日間、大変お世話になりました。レグルス様やシリウスのご指導により、俺も稚拙ながら混血の力を操れるようになりましたし、あの襲撃の際は先陣を切って俺たちを守ってくださっ――」
「それは皮肉か? 最後に風魔法使いの輩を退けたのは他ならぬ貴様だろう。下らん世辞はよせ」
「あ、はい……すみませんでした……」
「それで例の二人はどうなった?」
「えっと……その、彼らの体調は優れないようで、苦しいことに万全とは言えません」
「そうか。では、これにて我と貴様の長話は終了としよう。疾くシリウスと共にリブラへ向かえ。先に話したように、あれにはリブラで火魔法について学んでもらう予定であったからな」
「え? あ、はい……。(何だそれ、初耳だぞ……もしかしてシロンが先に聞いてて、それを俺に教えてくれなかった感じか?)」
実は、これはイオの推測通りである。
先ほどイオがウミウシ車へ向かう時に、運悪くシロンと入れ違いになったのだが、事前にウォルフから伝えられていた情報を彼女から聞けなかった。
嫌な偶然があったものだ。
「――ありがとうございました」
「そうだ、最後に一つ助言をくれてやる」
「は、はぁ……」
「時に厳しくあれ。貴様の過ぎた優しさは、窮地には味方を傷付けかねん。例の二人がいつまでも他人に甘えて、グズグズと立ち直れないのなら、いっそのこと貴様の両手でもって突き放してしまえ。
そんなことは万が一にもないと思うが、もしその時が来たとしたら、奴らは仲間を失って初めて、自分に寄り添ってくれる者の偉大さを痛感するであろう」
「……分かり、ました」
イオは、口では了解したと伝えたが心では全く理解できなかった。
と言うのも、今のイオにはゲミンガたちに厳しく接することが良手だとは思えなかったのだ。少なくとも今は優しくした方が良いはずだ。
レグルスには悪いが、その助言は密かに聞き入れないことにした。
「――行け。今も時間は流れ落ちている。一秒の無駄が貴様の心臓を締め付けるのだ」
「はい……それでは失礼しました……」
イオは会釈をしてから玉座の前から去った。
これで『獅子王の間』に残されたのは二人……いや、一人と一個になった。
石造りの玉座の下から、カランカランと乾いた音を鳴らしながら蛇のような動きをする鎖鎌が顔を出したのだった。
「少しは緊張したでしょう?」
「ふん、ここで揺らいでは支配者の名が廃る。何よりあの御方のためにならん」
「そーお? 私はもう心臓がドキドキしっぱなしでしたよ、まるであなたに初めて会った時みたいに。心臓、もうないですけど」
「……酷い冗談で笑わせに来るのだな」
「うふふ、ごめんなさいね」
イオが去った後の静かな部屋。そこで熟年夫婦だけが織り成せる奥深い会話が繰り広げられた。
そうして、レグルスとウォルフは静かな一時に二人だけの空間を楽しんだのだった。




