25話 揺れる天秤
これは、とある少年の話。
彼はリオの田舎にある小さな農家で生まれた。
少しばかり不自由な生活だったが、たくましい父と優しい母、それに愛らしい妹の四人で仲良く幸せに暮らしていた。
そんな彼に、ジェミニ国立魔法学校へ通わないかとオファーが来たのは突然のことだった。
そう、使者は突然やって来た。
「えー、あなたの二人のお子様。どちらも大変優秀な才能をお持ちのようで。特にお兄様の方は珍しい魔法特性を持っておられるようですね」
「……確かに、触った相手の属性を『模倣』できるのはウチの息子くらいですけども。それが何か?」
「で、では! 是非とも! 私どもの学校で魔法の鍛練に励まれてはいかがでしょう? もちろん経済的な援助をさせてもらいますし、ついでに妹さんも優秀な火魔法使いに育て上げて見せましょう!」
「…………そうですか。アンタたちには悪いが今回は断らせてもらうよ」
少年の父は、研究者を名乗るその男の下卑た笑みが気に入らなかった。
それに魔法学校に行く必要も感じなかった。農家であれば魔法を使う機会などやって来ないし、使うとしても大規模な水魔法や、土を混ぜるための風魔法くらいしかない。
それなら習わなくたって誰でもできる。
ここで断るのは至極当然だった。
「――そうですか。では、私はこれで」
使者は意外なことに大人しく引き下がった。
すぐに媚びへつらうような笑顔を引っ込めて、冷徹な表情で少年の父を見下ろすような態度を取ったのだった。
そして、訪問があった日の夜に事件は起きた。
少年の父母は不審死を遂げ、少年と妹は行方不明になったのだった。
本当に急な出来事だった。
隣人が窓から家の中を覗いたら、床に真っ黒に焼き付いた二人の人影が見えたのだ。すぐに仲間を引き連れて駆け込んでみると、それは夫婦が燃やされた跡だと分かった。
それから近所の住民たちや役人たちが、消えてしまった子供たちの捜索に全力で乗り出したが、その兄妹の行方は何年経っても掴めなかった。
とても優しい一家だっただけに、住民たちが受けたショックは計り知れないものとなった。
後日、死んでしまった夫婦の葬式と、鎮魂の儀式が執り行われた。
もちろん子供たちが参列することはなかった。
魔法が存在する世界とは、こういうものだ。
◆◆◆
イオに心臓部を貫かれた衝撃によって、ハレーの脳に致命的なバグが発生していた。
どうやら封じ込められていた彼の記憶がフラッシュバックしたらしかった。まだ彼が人間として生きていた頃の記憶だ。
「待っ……て……欲し、い」
残り少ない魔力……つまりは機体の動力源で、彼はたどたどしく言葉を紡いだ。
もう手足は完全に動かないのだが、その代わりに生きた脳が備え付けられている精密部位にエネルギーを集中させて、口をガクガクと震わせながら話したのだった。
「イオ、ハレーが何か喋ってるよ」
「ん?」
そうして弱々しく吐き出された言葉は、何とかシリウスの耳に届いた。彼女は狼の混血なので、普通の人間よりも聴覚が優秀なのだ。
今のような小さな音も、少しも漏らさずに聞き取ることができる。
「俺たちは王城に戻るんだ。お前ことは後でレグルスさんに報告するんだけど、何か用か?」
「……治、して……く、れぇ……っ、頼……むぅ……」
「えぇっ!? そんなの無理だよ! イオもそう思うでしょ!?」
「…………」
「え、本気……?」
心臓を貫かれてしまい、そのままバスタードソードごと木に磔にされたハレー。
シリウスは、そんな彼の苦しそうにもがく姿を指差して何度も忠告した。治すな、治すな、と。
「ゲミンガさんもスピカさんも、この人のせいであんな風になったんだよ!? 治す訳ないよね!?」
「……いや、治す。治さなきゃだ」
「ちょ、ちょっ――」
「ただし」
もちろん、大罪人を治療して解放してやるほどイオはバカじゃない。
冷静に考えた後、彼は口を開いた。
「――ここに串刺しにしたままだ」
「そん、な……」
「勝手な話だけど、お前にはしっかり罪を償って欲しい。だから、剣が抜けるまでお前を治療し続ける魔法をかけようと思う。レグルスさんには報告しないでやるから、ここにずっといていくれ。いいか?」
「……そ、れで、い……い」
「そうか」
イオはハレーの心臓部に突き刺さっているバスタードソードを掴み、それを通してありったけの魔力を流し込んだ。
まあ、ありったけと言っても、ゲミンガとスピカの治療の後の残滓だが。
「うっ・・・ぐごっ」
恨めしいことに、どうでもいいと思っていたハレーには治療の効果はすぐに出てきた。
そして、何ともおぞましいことに、大小様々な物体がハレーの皮膚を突き破って、まるで湯水の如く噴出したのだった。
「うげっ、バネか? あと……何だコレ……」
彼の体の内側を満たしていた金属パーツやプラスチックパーツが、次々にボトボトと地面に流れ落ちてきた。
そして、それらの代わりに肉、骨、そして温かい血が全身を埋め尽くした。
まずは真っ白な骨が彼の枠組を作り、文字通り肉付けするように真っ赤な繊維が出現し、最後には皮膚がペタリと貼り付けられて、そこを淡く彩るための血がドクドクと流れ始めたのだった。
正真正銘、ハレーは人間に戻った。
治療を受け続けている彼の目には、なぜか大粒の涙が浮かんでいた。
「あり、が、とう……」
「……シリウス、行こう」
「う、うん」
「あ、り、がと……う……あり、が、と……う……」
「ソレ気持ち悪いから止めてくれ」
「あ、りが、とう……ありが、とう……」
「…………」
こうして、ハレーとの戦いは嫌な後味を残して終幕を迎えた。
彼をレグルスの所に連れていって収監してもらうことは一度だけ考えたが、イオはあえてそれをしなかった。やりたくなかった。
本当に意地の悪い話だが、イオは一人の人間としてハレーの存在が許せなかったのだ。いわば私怨だ。
法律に従って公平に罪に問わず、独断でハレーを磔にすることで、ゲミンガとスピカが傷付けられてしまったことへの鬱憤を少しでも晴らしたかった。
それはイオの汚くて未熟な精神面が、はっきりと表に出てしまった瞬間だった。
ハレーを置いてきたイオとシリウスは、ウミウシ車に乗り込んでからシロンに声を掛けた。
彼女に何も悟られないように。内側に醜い怒りを隠していると気付かれないように。
「ふう……シロン、出発しよう」
「あ、遅かったね。何してたの?」
「別に何も。それよりすぐに帰ろうぜ。二人を早くベッドで寝かせたい」
「分かった」
ガタガタと車輪は動き出した。




