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A lot of stars  作者: 赤秋の寒天男
第一章 夕闇の先
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1話 その命は不燃性

初めまして、赤秋の寒天男です。

初投稿です。

――――あ、ヤバい、マジで死んだ


 彼は勢いよく地面に押し付けられた。

 否、着地姿勢も取れず無様に落っこちた。


 あまりにも痛くて体が自然にひん曲がる。

 口から息が漏れる。

 痛い。

 死にそうだ。


 って、もうほとんど死んでるじゃないか。

 少年は薄れゆく意識の中でそう思った。


 彼の肉体はそのほとんどが肉片となり、それ以外の部位はブルブルと痙攣している。

 すでに半分以上が死体となってしまった自分を労りながら、悲劇に遭ってしまった不運を嘆いた。


「(人って本当に死ぬんだな……まだ俺にとっては先の話だと思ってた……)」


 しかし恐ろしいことに、彼はこの酷悪な状況から逃れようとは少しも思わなかった。

 自分を追い詰めてきた敵から逃げようとか、早くここから離れようとか、そんなことは全く頭になかったのだ。


 いや、考えられなかった、と言うのが正しいか。

 なぜなら彼が今できることは、理性が磨り減っていく感覚に身を委ねることしかないからだ。

 もう思考すら、ままならない。


 よくニュースで耳にするだろう。

 頭を強打してしまい、人としての正常な判断ができなくなり、まるでプログラムを繰り返すロボットのように日常の動作を繰り返し、それから出血の過多で死ぬという不気味な事故を。


 今の彼は、それを再現しかけている。

 まさに理性が飛びそうになっていたのだ。


「(……っ、冗談じゃねぇ)」


 だから自分を叱るように意識を連れ戻す。


 その後、自分の意識をなんとか保ったまま、体中から温かいモノが流れ出て行くのを感じ、そっと患部に腕を這わせてみた。

 そうするとピチャピチャと音が鳴り、自分が作った血の池に触れた。

 鮮やかな赤色の水に触れた時だけ、彼の意識はさらに強く揺り動かされた。


 こんな体験は滅多にない。

 というか一度も体験しなくていい。


 なんとも言い表せない気分だった。


「(こんなに……血が……)」


 あと少しで自分は確実に死ぬ。

 その事実を認識した途端、とある強い願望が心の底から湧き出てきて、それを原動力に復活を夢見た。

 しかし息を吸っても、なかなか肺まで空気が行き渡らない。

 どれだけ息を吸っても、すでに重たくなっていた自分の体は楽にならなかった。


 もう意識して呼吸を続けている訳ではない。

 ただ彼の生存本能が、生きるための行動を無意識の内に選択しているに過ぎなかった。


「やだ……し、たく……ない」


 だがしかし、彼とて死を受け入れる気はない。

 まだ若い彼は死ぬのが本当に怖かった。

 どんなことよりも死ぬことを恐れていた。

 それが道理だった。


 だから彼は生き残るための方法を、消えかけの意識の中でひたすら考え続けていた。


「(でも……でも……)」


 もう温かい血は一滴残らず体外へ押し出され、イオの願いとは裏腹に体は冷たくなっていく。

 それを認識した彼は、恐怖の相乗効果でさらに肝を冷やした。

 体温を失って初めて「自分はもうダメだ」と妙に納得させられ、それでも死ぬのが嫌なので泣きながら口をプカプカと動かした。


 なんとか呼吸をしようとした。


「(……嫌な最期になりそうだ)」


 たとえ一瞬だけでも、そうして死を覚悟させられるくらい冷たくて辛かった。


 動かせるのは耳と目と口くらいだけ。

 しかも言うほど満足に動かせる訳じゃないから、その不自由感が自意識にズシリとのしかかった。

 倦怠感が不快感を煽る、嫌な感じだった。


 グチュグチュと蠢く音が聞こえる。

 守りたかった少女の姿が見える。

 鉄臭い血の味を噛み締める。


 それらを総括した結果、少年は結論に至った。


「(誰でもいいから……俺を生き返らせてくれ……本当に誰でもいい……)」


 死の直前、それも最後の最後、彼は心の中で声にならない叫び声を上げた。

 どうやってでも死を回避したいという願望を、藁にもすがる思いで解き放ったのだった。


 すると、その時――


(っ……な、何だ……?)


 その少年――新田五百(いお)が生を願った時、奇跡が起きた。


 なんと体が自己修復を始めたのだ。

 折れた骨も、破れた腹も、飛び散った歯も、全部が元の場所に戻ってきて、逆再生された映像のように彼の体を再構築し始めたのだ。


 まるで魔法、超常現象、摩訶不思議の類いだ。

 イオは閉じかけの瞼を再び開いて、自分の体に起きた異常を目に焼き付けた。

 歓喜の声を響かせる前に、この奇跡に対して驚愕したのだった。


「(ど、どうなってるんだ……っ!?)」


 彼の『不死』はこのようにして目覚めた。

 そしてこれは単なる目覚めでもあり、これから続く不幸の兆候でもあった。



◆◆◆



 ある日、ある時、ある場所で摩訶不思議なモノを見つけた。

 それは大きくて、カラスのように真っ黒で、いやに不気味な雰囲気を纏っている鳥籠と呼ばれる形のモノだった。


「何だこれ……?」


 モノの発見者であり、この物語の主人公でもある新田五百は、大いなる好奇心を胸に、モノの鑑定作業に没頭した。


 彼は中学生から高校生になるくらいのお年頃。

 髪は日本人の中でも珍しく茶髪。

 瞳の色は――それはまた今度紹介しよう。

 とにかく変わった風貌に違いないので、友人からよくイジられていた。

 彼自身は特に気にしなかったが。


 それはさておいて……まだかなり若く、浅い知識しか持ち合わせていない彼はモノの正体を掴むことはできなかった。

 とんだ徒労を喰らったようだ。


「……はぁ、どうしよう」


 もちろん彼の好奇心はその正体を知りたがっていたのだが、鑑定を他人に任せるというのも気が引ける。

 何せ第一発見者は新田なのだ。

 もし鳥籠が重要な遺産の類いなら、その手柄を横取りされたら、と考えるだけでも恐ろしい。

 そうやって何をしようか悩んでいると――


――――グゥゥゥゥ


 腹の虫が大きく鳴いて帰宅命令を発した。そう言えば朝から何も食べていなかった。

 そろそろ帰るか、と空を見上げてみれば、そこには太陽が煌々と輝いていた。

 彼は日光を体全体に浴びて、大きく背伸びをしつつ豪快にあくびをかます。


「ふあぁぁぁ……あ!?」


 その時だった。


 先ほどモノを鳥籠のようだと表現したが、まさにその籠の扉の部分から急にツタが溢れ出してきたのだ。

 緑の魔手の如きツタは、水のように流れ出てきて、あっと言う間に新田の手足を絡めとり、彼を鳥籠の中に引きずり込んだ。


「くっ、何すんだぁ! 離しやがれぇっ!」


 ツタがなぜこのようなことをしてくるのか。

 何をきっかけに新田を襲ったのか。

 そもそも、言葉で制することができる存在なのか。

 そんな疑問を置き去りにして新田は叫んだ。誰に届くわけでもないのに。



◆◆◆



「ん……んぁ、ここは……っと」


 新田が次に意識を明らかにしたのは、どこかの暗闇の中だった。

 蔦の暴動から何分何時間経ったかも分からない上に、辺りを見渡しても何も捉えることができない状態で、そこは二つの意味で暗闇だった。


 彼はどうにかその空間の壁と思われる場所にたどり着き、手探りで壁伝いに進んでいった。


「ど……どっかに出口があるはずだ。どっかに……」


 不安を消すために、そして何より生きるために彼は壁を這って回った。


 暗闇のどこかでさっきのツタの待ち構えているかもしれない。

 それを抜きにしても居心地が悪い。新田は一刻も早く脱出することを望んだ。


 そして探索を始めて少し経った頃、壁に縦に走る小さな溝を見つけた。

 注意していなければ決して発見できなかった細長い溝を。

 そこからは微量であるが空気が流れ込んできており、イオの心に希望を取り戻させた。


 しかし、それだけに留まらなかった。

 なんといきなり溝が開き始めたのだ。

 外への道が開かれた。


「や、やった! 出られる!」


 溝が開き、一筋の光となり、やがて眩い世界へと変貌する。

 急な変化に彼の目はついていけないが、やがてその世界を視界におさめることに成功した。


 恐る恐る目を開けると、そこには――


「ようこそ、ボクたちの国へ! お名前は?」


 美少女がいた。

 太陽の光をそのまま編み込んだような美しい金髪に、炎を閉じ込めた宝石のような瞳を持った美少女が立っていた。


「は、はぁ~!?」

「あの……お名前……」

「ここどこですか!? ってか君誰!?」

「あははっ、そっか。いきなりでごめんね」


 彼女は、新田の困惑する様子を見て一歩だけ後ろに下がった。

 そして、彼を安心させるかのように両手を大きく広げて言った。


「ようこそ、ボクたちの国リブラへ! あなたの訪問を歓迎いたします!」

「お、おう……」


 リブラとは知らない国名だ。たぶん世界地図にも載ってないと思う。

 それに訪問だと。

 新田がいつの間にかこの未知なる土地まで移動していたとでも言うのか。


「まずは自己紹介だね……こほん、ボクの名前はシロンだよ。君の名前は?」


 シロンは首を傾けて優しく微笑んで言った。

 こけて膝立ちになっている新田は、仕方なく彼女を見上げる形を取った。その時に彼女の後ろに広がる青空が眩しくてつい目を細めてしまった。


 それから数秒後、少年は落ち着きを取り戻し、彼女の自己紹介を真似るようにして冷静に答えた。


「俺は……俺の名前は新田五百だ。イオって呼んでくれ」


 これが二人の物語の始まりだった。

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