リサのこと
リサのこと
物心ついた時、私にはもう既に両親は居なかった。
覚えているのは親戚の家を転々として、何回も転校したということ。
あまり歓迎されておらず、部屋や物置の片隅で小さくなってじっとしていた記憶しかない。
大体の家で『家事』をする代わりに『学校へ行かせてあげる』と言われていたので一通りの家事も身につけられた。
中学3年生にあがったばかり、そろそろ高校は…という話題が出た時期にかなり親戚間で揉めたのを覚えている。
誰が私の学費と維持費を負担するのか、ということを。
これはのちのち知ったのだが、私を預かる代わりに後見人が両親の遺した遺産を一定額分配されていたらしい。
それが尽きると、次の家庭へたらい回されるの繰り返しだったのだ。
一族会議で醜く言い争う大人達。
――私は居ない方がいのかもしれない…
胸の奥がきゅううと痛むのを抑えていた。
息を止めていないと涙がこぼれそうだった。
「いつまでそう、醜く叫ぶのかしら。うるさい人達ね 」
豊かな白髪を綺麗に結い上げた老婦人が、その場を一喝した。
私は驚いて顔を上げる。
彼女は上品に着物を着こなしていて、不機嫌そうにため息をついた、
「あなた達が立派に育てると言ったから、遺産と一緒にり莉紗をお願いしたのに」
先程まで騒いでいた大人達が静まりかえり、気まずい空気が流れる。
私もいたたまれなくなっていて、とてもでは無いが言葉を発せるような雰囲気では無い。
「今日から私が莉紗を預かります」
有無を言わさない声色で、老婦人が言い切るとすっくと立ち上がり、ちらりと私に目線をやった。
「さあ、行くわよ。莉紗」
その凛とした佇まいは、今でも忘れない。
宣言通り、その日から老婦人と一緒に暮らすこととなった。
彼女は父方の祖母の姉、と名乗り今まで結婚もせず1人で暮らしていると少し寂しそうに笑ったのだった。
少ない身の回り品を片手に私は彼女と暮らしはじめたのだった。
今思えば、彼女との生活が1番心穏やかでゆっくりと過ごすことが出来たように思う、
彼女は厳しくはあったが、決して感情的に怒らず理不尽に食事を抜いたり手を出したりはしない。
部屋の片隅で縮こまっていなくてもよかった。
中学3年の夏が終わる頃、夕食の片付けをしている時に彼女は尋ねてきた。
「あなた、高校はどう考えているの」
私は高校へ行かず就職するつもりでいたので、その旨を伝えると、
「――いいえ、あなたは学校へ行きなさい」
厳しい口調でピシャリと告げた。
彼女がおもむろに高校のパンフレットを取り出すと、机の上に並べた。
「ここから通える範囲は、とりあえずこれよ。寮に入るとかならこっちかしら…」
ゴソゴソと鞄を漁り出したが、通いしか考えられず慌てて止めてからパンフレットを眺めた。
『調理科』の文字が目にとまる。そのパンフレットを手に取り、ペラリとめくった。
私は自分が思っていたより家事全般が好きだった。自主的に、この人のためにやりたいと思えるようになったのも大きかったようだけど。
彼女に向き直り『調理科』のパンフレットを指さす。
笑顔で頷いていた。
その高校に無事入学出来た後、1年生の終わり頃彼女は病に倒れた。
もう随分と前から調子が悪かったようで、入院した時の彼女は痩せて紙のようになっていた。
一緒に暮らしていたのに、そんな変化にも気付こうとせずのほほんと生活していた自分を責めた。
しかし、彼女は笑って頭を撫でてくれるだけだった。
「――私が死んだ後、何も不自由無いように高校も出してあげられるようにしているし、自分の葬式だって然る所に相談しているから…」
何も心配しないで。
儚げに笑った彼女に私は何も言えなかった。
それからまもなく、彼女は眠るように息を引き取ったのだった。
生前彼女が言っていたように、代理人を名乗る弁護士が現れ葬式や私への遺言についてつつがなくすすんでいった。
悲しむ隙がまるでなく、淡々と日々がながれる。
私は無事に高校も卒業でき、調理師免許も取得することが出来た。
いくつか行った実習先に就職を決め、地道にキャリアを積み…調理場を任されるようになり…いつの間にか25歳になっていた。