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QUEEN'S WORLD  作者: 猫本
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第四話 『優シサト商店街』

 ともあれ、契約魔法は使えなかったが、自分の生活費、そして壁の修理代を稼ぐため、冒険者ギルドに入った慶である。そこで新たな問題が生じた。それは彼の住む場所の問題である。いつまでもギルドの宿舎に泊まりこむわけにもいかない。だが、その問題はウレナが解決してくれた。

 彼女は手をポンとたたきながら、

「だったらうちに住むといいわよ〜」

と言った。

「え……!?」



 そこから食堂のお姉さんと新人冒険者の仲睦まじい同棲生活が始まる、なんてことはなく、彼女は慶のもといた世界でいうところのアパートを経営しているということだった。

「外観が気に入ったからつい衝動買いしちゃったんだけど、一人暮らしには思ったよりも大きくて〜。そこで、他の人にも住んでもらおう、ってことになったのよ〜」

「……家って、そんな簡単に買うものなんですか?」

「たまたまお財布にお金が入ってたから〜」

「そんなホイホイ買わないよ……。まあ、そのおかげでわたし達も生活できてるから、あんまりとやかくは言えないんだけどね」

横からエリカが口を挟んだ。それが普通ではなかったらしく、慶は少しホッとする。この世界の常識など知らないので、なかなかつっこみ辛い。だがそんなことはどうでもよくて、どうやらエリカもその共同生活地で暮らしているらしい。

「何人くらいそこに住んでるんですか?」

「私とエリカちゃんとその弟くんや妹ちゃんが4人と、あともう一人いるから、合わせて7人ね〜」

思った以上に多い。住人はもちろんだが、エリカの弟や妹が4人とは……。

「そだ。もう遅いし、わたし達はウレナさん家に帰るから、ついでに案内するよ」

言われて窓を見ると確かにもう日が暮れていた。

「それは助かるんだけど、あの、ウレナさん」

「な〜に?」

慶はここで、慶のここでの生活の根幹に魔法以上に関わる最も重要な質問をした。

「家賃て、どれくらいなんですか?」



 家賃を聞いて、正式な住民契約を結んだところで、3人はアパート(慶が心の中で呼んでいるだけ)に向かう。ギルドからアパートへ向かうまでの道を少し行くと、大きな商店街があり、そこでは、食材はもちろんのこと、薬や洋服、怪しげな骨董品まで、あらゆるモノが出そろっているのである。アパートへ向かう際、その商店街を通らなければかなりの距離を回り道することになり、必然的にそこのど真ん中をつっきていかなければならず、そんな道を買い物好きのウレナが素通りできるはずもなく、これまた必然的に2人は足止めを食らうことになった。別に先に帰っていてもいいのだが、慶はここら辺の情報をまるで持っておらず、まずはこの世界のことを少しでも知っておきたかったので、その買い物に付き合うことにしたのだが、直後にそれを後悔することになった。

「これと、あとこれもください~」

「ま、まだ買うんですか?」

「ちょっともういい加減にしてくださいよ」

荷物持ちをさせられて、ぶーぶー文句をいう慶とエリカの声をよそに、ウレナは目についた骨董品や何かを次々と購入していく。

「ねえ、もしかして、ウレナさんてお金持ち?」

「うん。この辺で一番大きな商人の家の生まれ。だからちょっと金銭感覚がわたし達と違うけど、別に悪い人ではないんだよ」

「それは話してればわかるけど……」

「あ、これもかわいい~」

ちょっとどころではなさそうだ。



「ふぅ」

  いまだに買い物に夢中のウレナを今度こそ放っておいて、慶とエリカは近くにあったベンチに座って、二人の持っていた荷物(ウレナの買い物)を脇に置いてから、休憩することにした。

「ああなると止まらないから、あんまり付き合わない方がいいんだよ」

「ごめん……」

ウレナのキャラを知らなかったとはいえ、迂闊すぎた。そんなことだからあのときもだまされたのだ。ちゃんと人の言うことを吟味して是か非か考えなければならないのだろうが、お人好しな慶が基本的に他人のことを信じて疑わないことはもうおわかりだろう。それは相手にだますという意識がなくても例外ではなく、彼は基本的に受動的、つまり流されやすい性格でもあるのだ。だから逆にもう何を言われても「そうですか」で受け流してしまう方がいいのかもしれない、と彼は考えた。

「あ、付き合うで思い出したけど、明日、冒険についてきてもらうから」

「そうですか」



おもむろにそう言われて慶は元々高めの声がさらに裏返るくらい驚いた。

「え!? えっと、訓練とか、ないの?」

「ない。ギルドの壁壊せるくらいの魔法が使えるならいいでしょ。それに他の職業にもギルドはあるけど、ギルドっていうのは別に一つの組織ってわけじゃないの。ただ、同業者が集まって情報交換してるってだけ。だからいつ冒険に行こうが、どうしようが自由なのよ」

コミュニティではなくネットワークにすぎないということである。

「普通は新人は自分から師匠を見つけていろいろ学ぶものなんだけどね。ササキ君、ギルドのことどころか、この国のこと何も知らないみたいだから」

ゆとり世代の慶にはきつそうなシステムである。彼は精一杯のお礼を言った。

「かたじけない」

「久しぶりに聞いたよ、そんな表現……。最初は新人向けの簡単な依頼からやるべきなんだけど、ちょっと切羽詰まっててね。もう一匹のドライアドの居場所の手がかりはあなたにしかないからね」

「じゃあ、あいつの見た目とか、どっちに向かったか、とかってことを現地で証言すればいいってこと

?」

「そういうこと。そういえば、マスターから聞いたんだけど、ササキ君って、すごい量のマナを持ってるんだってね」

「……え?」

「普通の人の10倍って言ってた。それってすごい才能なんだよ」

魔法のことなんてよく知らないので、10倍なんて言われてもピンとこないが、とにかくすごいらしい。それよりも、そんなことを測定できることの方が驚きである。もしかすると、慶がこの世界の人間ではないこともお見通しなのか、と不安になったが、どうやらそういう類の能力ではないらしい

「誰でもできるわけじゃないよ。『看破の眼(ラプラス)』っていう魔法で、マナの量を目だけで測定したり、マナの波長から人間がどこに隠れてるのか、とかがわかるんだけど、それができるのは3人しかいなくて、その3人は『三賢』て呼ばれてるんだ」

「その『三賢』の一人が、あのゼルドルさんってこと?」

「ん。いっつも自慢してるよ」

「もしかして、僕のマナが多くて、才能、があるから、入団させたってこと?」

「あ、えーっと……。うんそうだよ」

今明らかにごまかさなかったか? 嘘をつくのは苦手なようだ。



 森のことを思い出して、慶は改めて周りを見回してみる。並んでいる出店は、ギルドの窓から見たとおり、全て木で作られている。木以外の素材といえば窓ガラスくらいだ。木造建築と言えば、江戸時代とかの古風なイメージが浮かぶだろうが、この世界のそれは様相が全く違う。もっと奇抜な形だ。慶の元いた世界とこの世界では文化が全く違うだろうから、それはそうだろうが。

 地面はと言うと、さすがに木ではなく平された地面があらわになっているだけだが、所々に植物の根などがむき出しである。街そのものが一つの森みたいだ。

「……ねえ、エリカさん」

「ん? ササキ君ていくつなの?」

「15歳だけど?」

「わたしも15歳だから、さん付けはおかしいよ。それは年上の人に対する呼び方だよ」

慶の世界では、というか一般的な中学校では、基本的に男子は女子に対してさん付けだった。そこに明確な区別はなく、思春期の男子達の女子に対する距離感の表れなのだろうが。この世界ではそこら辺に明確な区別があるらしい。

「同い年の女の子に対しては、ちゃん付けか呼び捨てね」

「じゃあ……」

同い年の女の子に対してちゃん付けはさすがにはばかられる。となると……。

「え、エリカ」

「なに?」

「どうして、建物全部が木でできるの?」

「そりゃあ、木なんかそこら中にあるからね。そもそも国の中心にある湖『恵みの泉(グレイシア)』以外は昔は森だったんだよ。開拓する過程で切られた木を材木として流用して、建物に使っているの」

「なるほど。頭いい」

「ササキ君の国では違うの?」

「え、え!? えっと……」

やばい。どうしよう。どうごまかすか考える。そんな風にうろたえる慶を見つめながら、エリカは言った。

「もしかして、自分の話とかするの、嫌い?」

「……? どうして?」

「さっきから見てると、ササキ君、自分の話するとき、顔が曇るというか、あまり乗り気じゃなさそうだからさ」

少し恥ずかしかったが、意外なほど人のことをよく見ている。

「……そうだね」

慶はそう答えた。エリカの言ったとおり、顔を曇らせながら。これはごまかしなどではなく素直な返答だった。

「嫌いなんだ、自分のこと。だから、嫌いなモノの話をするの嫌だな」

「どうして? さっきの話によると、だまされてたとはいえ、ササキ君は困ってたドライアドを助けようとしたんでしょ? それに、さっきから話してても、君がいい人だっていうのはわかるし。そんな自分を誇っていいと思うよ」

「それはそうなんだけど……」

 そうに決まっている。優しいことがいいことだっていうのは彼にもわかっている。自分で自分をうまく表現できない。自分の話をするのに慣れていないからだ。初めてかもしれない。

「僕は、都合がいいだけなんだよ、他人にとって。勉強も運動も全然できなかったし、他に取り柄もない。人を怒ったこともないような。ただの臆病者で、無責任な奴なんだ」

 人に優しくして他人との衝突を避けようとする。他人と直に向き合わない。

 自分を表現するのは苦労するのに、自分への罵倒なら次々言葉が出てくる。

「今まで、そんな自分なんてどうでもいいと思ってたんだよ。でも……」

慶はあの姉妹に襲われたときのことを思い出す。あのときの、感情を。

「襲われたとき、死にたくない、なんて本気で思ったんだ。普段は自分のこと嫌ってるのに、ホントに危険が迫ったら、都合のいいことを考える。そんな薄っぺらい人間なんだ、僕は」

「それが普通だよ」

エリカはもの悲しげな表情でそういった。

「わたしのお父さんとお母さんもさ、わたしと同じ冒険者だったんだ」

「え……」

ウレナの家で暮らしている彼女だが、それなら両親は何をしているのかと慶も気にはなっていたが、なんとなくそこには触れずにいたのだ。自分から話してきたので意外だった。

「でもわたしが10歳のときに一緒に冒険に出たっきり戻ってこないの。まあよくある話なんだけどね。他の一緒に行った人たちもそうで、詳しいことは聞いてないんだけど、多分みんながみんなを助けようとして、全滅したんだと思う。なんとなくわかるんだ」

「みんながみんなを、って?」

「二人がよく言ってたの『一番大切なのは自分自身だ。』って。みんなが自分を大切するべきなのよ。だから……」

そしてベンチから立ち上がって慶の前に立つと、振り返って続けた。

「だから、自分が大事なんて、当たり前のことだよ。あなたがどんなに優しい人でも、自分が犠牲になろうなんて、考えちゃだめなんだよ」

「……」

「冒険に出たら、いっぱい危険なことがあるし、誰かが犠牲にならなきゃいけないときだってあると思う。そんなときは……」

「どうするの?」

至極当然なことを、彼女は言った。


「みんなが助かる方法を考えよう」



 そうこうしているうちに、買い物に満足したウレナが戻ってきた。両手には大きな紙袋をさらにいくつも抱えている。

「ごめん~。すっかり遅くなっちゃって~。あら、どうしたの~?」

「あ、やっと終わったんですね」

エリカが指を下ろして安堵した。

「行こっ。ササキ君」

「あ、ああ。うん」

「~?」



 ウレナの家は商店街を抜けてから道なりにまっすぐ行って、途中にある図書館を左に曲がって少し行ったところにあった。確かに随分巨大な建物で、ヨーロッパの貴族が住んでいそうな雰囲気だ。庭付きで開放感もある。どう見ても一人で住む家には見えない。

「うぅ……」

 家に入った瞬間、3~6歳くらいのエリカの3人の弟達に盛大におもちゃにされた。どうやら黒髪がよほど珍しかったらしい。その変な髪を引っ張られたり、もうめちゃくちゃ。住人はあと2人いると言っていたが、1人は働いているエリカの弟だろう。もう一人は家にいることが少ないのだそうだ。

 ウレナに空き部屋に案内され、隠れるように今いるこの部屋に飛び込んだのである。

「……」

ドサッと部屋の中心にあるベッドに気絶するように横になった。まずは部屋の内装を確認しなければならないが、今日はもういろいろとありすぎてすぐにでも眠りたい。

 横になると一気に眠気が襲ってきて、目を開けているのも面倒になってきた。やっと落ち着いて考えをまとめられるのに。慶は目を閉じながらも寝ないようにして自分の今の状況を整理してみる。自分の今の状況なんてそんなものたった一言で言い表せるのだが。

(異世界転生か……。いや、死んではいないから異世界転移っていうのかな)

どっちでもいいが、慶の世界にそういうジャンルの漫画とかがあるのは彼も知っている。そういうのは大体主人公がすごい力を手に入れて、ハーレム作ったり、ほのぼの生活したりするもの、だったか。確かに魔法陣なしで魔法が使えるというのはそういう類いの力なのかもしれないし、マナの量だって他の人よりも随分多いようだ。だが……。

「ハーレム作ったり、ほのぼの生活なんてできるわけないよ……」

 わからないことが多すぎてそんな愚痴しか出てこない。

 そもそもなんでこんな場所に来たのか、元の世界には帰れるのか、等々。

 だが考えがまとまらないのは今日エリカに言われたことが頭の中の大半を占めているからだった。

「一番大切なのは自分自身、か……」

考えてみれば当たり前のことである。だが慶にはとても重い言葉に聞こえたのだ。慶のくだらない悩みなんか吹き飛ばしてしまうような、そんな言葉に。

 みんなが自分を大切にすべきだから、森で倒れていた自分のことも助けるし、こんな風に住処や仕事もくれる。そういうことだろうか。

(だったらしっかり恩返ししないとな)

そう思いながら慶は明日に備えて早めに寝ることにした。

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