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QUEEN'S WORLD  作者: 猫本
3/6

第二話 『冒険者ト木ノ国』

夢を見ていた。


夢の中では目の前に人が何人もいて、みんな畑仕事などをしている。


だがその顔は大分やつれていて、疲れ切っているし、その人たちの家らしきものも、ボロボロだ。


(あれ……?)


また違う場所に来たのか。


慶はそう考えた。


今度は周囲に人がいるので、さっきのような不安感はない。


だが……。


(みんなつらそうだな……)


なんだかとても可哀想だと感じる。


別にその人たちのことを、大して知っているわけでもないのに、おこがましい話なのだが。


可哀想だ。


涙が出るくらいに……。




「えっと……どういう状況?」

 森の中でエリカは困惑していた。冒険者としてドライアドの討伐に来たはいいが、何かものすごい音がしてきてみれば非常に不可解な状況に出くわしたのだ。

 彼女が冒険者になったのはつい最近のことだが、森の探索にはもうすっかり慣れてしまった。そんな彼女でも、この光景には動揺を隠し得ない。目の前にはテーブルや椅子が散乱しており、そこら中に木の葉がまき散らされている。そしてひときわ目を引くのはその中心で横たわっている少年である。

「人間……だよな?」

後ろから同じく冒険者のレオが声をかける。エリカよりもいくつか年上の色男だ。耳にはピアスをして、派手な見た目をしている。

 二人が困惑しているのはなにもこの森の中で人が倒れているということに対してではない。人の死体なんてこの森では珍しい物ではない。彼らが驚いているのはその少年の異様な髪の色に対してだった。

「髪が黒い……。染めているってわけでもなさそうですけど……」

セレナは後ろ一本に結んだ金髪、レオは整えられた赤髪だ。髪の毛が黒い人間など見たことがない。

「でも魔物じゃないとも限らないか……」

「お前と同い年くらいじゃないか? 人間だったとしたらの話だけど」

実際のところ、かなり怪しい。エリカたちが入ったときには自分たち以外の人間が森に入ったという記録はなかったはずだ。魔物だったら駆除するのが正しいが、人間だったとしたら放ってはおけない。

 エリカは少年の方に近づいてみる。

「お、おい。危なくねえか?」

レオは見た目に反して用心深い性格である。だがレオが制止するのも無視して、エリカは少年の脈を調べた。

「まだ生きてるっぽいし、それに、多分人間ですよ。肌、柔らかいし。それにあんまりよごれてない」

エリカはそう言って少年の綺麗なほっぺたをいじり回してみる。森の中で顔や体に汚れがほとんどないのは不自然だ。

 彼女はレオとは対照的に、好奇心の強い性格をしている。だからこんな不思議な状況に出くわして、若干興奮気味である。

「これはもしかして」

「お前まさか……」

「この子、『外の国』から来たんですかね!?」

「また始まった……」

エリカはオカルト好きがでた。オカルトとはこの場合、『外の国』のことである。

「まあいいや。とりあえず、ハンノさんと合流したらギルドに連れて帰るか」

「おーーーい。ちょっと来てくれ」

中年の男が遠くから大声で呼んできた。噂をすればハンノだ。ちなみに髪の色は緑だ。何か異常を発見したらしい。いろいろと不可解なことはあるが、とりあえず二人は呼ばれた場所へ向かった。



「これは……」

発見されたのは地面にめり込んだ魔物の体だった。しかも顎から上がなく、周りはそこら中血まみれだ。

 魔物だとわかる理由はその顎から明らかに人間のものではない牙が生えているからだった。めり込み方から考えて、さっきの少年がいた方向からここまで飛んできたようだった。

「さっきの奴がやったってことか?」

「さっきの奴って?」

向こうの状況がわかっていないハンノが首をかしげる。

「いや、さっき、頭が真っ黒な子供が倒れてたんスよ」

「頭が真っ黒って、何だそれは?」

レオは一通りの状況を説明した。

「ぼんやりとだけど状況がわかってきましたね。つまり、こいつに襲われそうになったから魔法でこいつを吹き飛ばしたっていうことかな」

エリカがレオの説明を補足する。

「なるほど。でも、頭を吹き飛ばせるほどの魔法なんて聞いたことないが……。『魔道具』を持ってたわけでもないんだろう?ホントに人間か?」

ハンノは温厚そうな見た目とは裏腹に、冷静沈着な性格である。だからこんな不可思議な状況も冷静に考察することができる。

「あいつが人間かどうかはともかく、討伐依頼にあったドライアドってのはこいつで間違いなさそうだし、この死骸を持って帰ろうぜ。あっちのやつは……」

「一緒に連れて帰りましょう。まだ生きてるっぽかったし」

困っている者がいれば助ける。常識である。




「ぐえっ」

お腹にすごい圧迫感を感じて慶は目を覚ました。

「あ、起きた」

「……!?」

慶は自分はまた襲われているのかと思った。目の前の少女が例の怪物姉妹と同じ金髪だったからだ。

 周りを見回すとさっきの森の中ではなく、どこか木でできた建物のなかにいることがわかる。そこで慶はベッドの上に寝かされていて、お腹の上にその少女がまたがっていたのだ。誤解されそうな光景である。

「えっと……誰……?」

「ん、その反応を見るにやっぱり人間なんだね」

「え……!?」

その言葉を聞いてますます疑いが強くなる。人間かどうかを確認するのはあの姉妹もしていたことである。



 だが次の瞬間、その疑いは晴れることになった。その要因は二つあって、一つは彼女の耳。それが長いわけでも、特別変な形でもないことから、彼女が少なくともあの姉妹とは違うということがわかったから。二つ目は次の彼女の言葉から、どうやら向こうもこちらが怪物かどうか疑っていたらしいということがわかったからである。

「いや、魔物だったらすぐ逃げだそうとするか、抵抗するはずだし。わたしはエリカ。あなたは?」

「……佐々木慶、だけど……」

「ん? 変わった名前だね」

金髪といい、外国人なのだろうが、相変わらず流暢な日本語である。

 慶は困惑しながらも目の前の少女を観察してみた。歳は慶と同じくらいのようだ。だからタメ口で話している。

 服装はというと、上は胸元も大きく開いている黒いノースリーブで、下もショートパンツと、いろいろと目のやり場に困る。そんな少女がお腹に股がっているのである。柔らかい感触がお腹に伝わってくる。

「どうして泣いてるの? なにか嫌な夢でも見たの?」

「え……?」

そういわれて慶は目をぬぐってみる。確かに涙が出ていた。

「あれ、なんでだろう」

「あ、もしかしてあの夢、見た?」

「夢?」

「どこかの貧乏な村の夢。ここにいる人はみんな同じ夢をときどき見るらしいのよ。私も昔見たし」

「あぁ、確かに見たかも」

夢の中の出来事なんてそうそう覚えているわけもないが、そういわれてみればそんなものを見たような気がする。

 しかし、全員が同じ夢を見るというのはどういうことだろう。

「原因は解明されてないんだけどね。でもみんなが起きるとあなたみたいに泣いてるのよ。他にも賑やかなどこかの国の夢とかもあって、そのときは泣いてないから」

だから夢の内容を言い当てられたということらしい。



慶は今度こそ今の状況について知ろうと思い、聞きたいことを頭の中で整理する。その結果、まず聞きたいのは次の質問だった。

「なんでお腹の上に?」

「いや、起こして生きてるかどうか確認しようと思って」

「あ、なるほど……」

慶は納得する。生存確認をしてくれたようだ。いや、納得はいってないが。

「ここはどこ?」

「ここは冒険者ギルド『第九探索亭』の宿舎だよ」

「冒険者ギルド?」

「そう。結構有名なんだよ」

有名らしい。そういわれても冒険者ギルドというもの自体慶は知らないのだが。それになぜ『第九』なんだ。そういえばあの怪物、セーラが冒険者がどうとか言っていたような……。

「ねぇ、そんなことより君ってやっぱり外の国から来たの?」

エリカは唐突に、とてもわくわくした目でそう聞いてきた。

「僕は、日本の東京から来たんだけど……」

「ニホン? トウキョウ? それが君の故郷の名前?」

「う、うん」

キラキラした目で顔を近づけながらそう聞いてくるので慶は顔を赤くしながら目をそらした。思春期真っ只中の佐々木少年には女の子に乗っかられたまま顔を近づけられるというのは、かなりきつい。

「そ、それがどうかしたの?」

「いつか弟達と一緒に『外の国』にいくのが夢なんだ」

『外の国』、と彼女は言う。普通なら『外国』といえば良さそうなものだが、その言い方は『外の国』というものががあまり現実的ではないときの言い方である。実際アリエス王国から外に出て、あるかもわからない他の国にたどり着くのは不可能に近いことなのだが、そんなことが今緊張している慶にわかるはずもない。

(お金とかそういう問題なのかな……)



「それと、あのドライアドを殺したのって、やっぱりあなた?」

いきなりそう聞かれて、ドキッとした。ドライアドというのがあの怪物姉妹だと言うことはすぐに想像できる。しかし、あれをやったのはやはり自分なのだろうか。仮にそうだとして、何かまずかったのだろうか。いろいろと思うところはあったが、ここで嘘をつけるほど彼は図太くはない。もしかするとお腹の上から尋問しているのはそういった判断能力を奪うためなのかもしれない。どちらにせよ慶は彼女の言葉を肯定せざるせざるを得なかった。

「……そう、だけど」

「ふぅん。女の子みたいな顔して以外と強いんだね」

「うぅ……」

思わぬ悪口が返ってきた。相手はそんなつもりはないのだろうが。慶の顔や性格が女の子っぽいというのは彼のもう一つのコンプレックスだったし、友人や家族からもう散々言われていることだったが、こんな初対面の女の子に、しかもこんなわけのわからない状況で言われてしまうとは。

「でも、あのドライアド? も小さい女の子に見えたけど、えっと、とっても当たり前のことを聞くようなんだけど、あれは……何なの?」

「何なのって、魔物の一種だけど?」

やはりあれが魔物ということらしい。……魔物って何だ。もう切りがなさそうなので質問はここでやめておくが、人を喰う怪物なのは間違いない。それは間違いないが……。

「……よかったのかな、あんなことして」

「ん? どういうこと?」

「いや、良心が咎めるというか、何というか……」

あんな風に殺させそうになっても自分を責めるのはもはや病気といえるかもしれないが、そんな慶の性格を無視するかのような返答をセレナは返した。

「あいつらは人間の敵なんだから、殺すのは当たり前でしょ。ドライアドなんて、あの金髪と長い耳を利用して良心的なエルフになりすましてわたしたち冒険者をだましてるのよ? 最低の奴らよ。」

「ご、ごめん」

自分が甘かった、というかお人好しで迂闊で馬鹿だった。



「金髪って言えば、あなたのその髪はどうしたの?」

セレナは話をそらすようにそういった。表情はもうさっきまでの普通の顔に切り替えている。この切り替えの早さが冒険者にとっては大事なのだろうか。

「髪……。あのドライアドにも言われたんだけど、そんなに変なの?」

「そんな黒い髪、少なくともこの国にはいないわね。あなたの国では普通なの?」

「そうなんだけど……」

「ふぅん……」

そう言いながらセレナは物欲しそうに慶の頭を眺める。

「な、なに?」

「いや、きれいだなと思ってさ」

「そ、そうかな? 僕には君みたいな金髪の方がきれいだと思うけどな……」

慶ははにかみを見せる。髪の毛のことを褒められたことなど初めてだ。

「え? そ、そう?」

エリカは髪をいじりながら同じくはにかみを見せる。お互いに当たり前だと思っていところを褒められて少しうれしい気分である。



「あ、ごめんごめん、こっちばっかり話しちゃって。わからないことはあなたの方が多いよね」

エリカはベッドから、もとい慶のお腹から降りながらそう言った。

「えっと……」

自分ばかり話してと彼女はいったが、結果的には色々と知ることができたので、慶は目の前の少女が信用できると判断し、ありのままを話した。気づいたらあの森にいたこと。そこで空を飛ぶ怪物に襲われたこと。別の怪物にも騙されて喰われそうになったこと。

「ん? 姉妹? ドライアドがもう一匹いたってこと?」

「うん……」

その後の経緯も話した。いきなりその怪物の一匹が吹き飛んだこと。それを見てもう一匹は逃げ出したこと。で、気づいたらここにいたこと。

「え、じゃあそのもう一匹は今も生きてるってこと? 困ったな。もう報告しちゃったよ……」

「……?」

「ああ、こっちの話ね。とりあえず、もう元気になったみたいだし、どうする? 今日は泊まってく? わたしこれから用事が出来ちゃったよ」

「そう、なんだ……」

用事とはなんだろう。今の口ぶりから察するに、そのドライアドとやらに関係しているようだが。そして自分はどうすればいいのだろう。一刻も早く帰りたいのだが、そのためにまず何をすればいいのか全くわからない。そもそもこのアリエス王国のことも、いまだによくわかっていないし、まずは外の景色を見てみたい。見回すと、すぐそこに窓があった。

「ちょっと外の景色を見てもいい?」

「ん、いいよ。そういえば、この国の景色とかまだ見てないんだね」

慶は布団をどかしてベッドから降り、窓に歩みより、そこから見えるものを見た。見て、その後どうするんだと、ここからどんな景色が広がっていようと、これから彼がどのような選択をとればよいのか、ということには何ら関係がないような気も一瞬したが、この場合はその行為が正解だったといえる。なぜなら……。

「あぁ」



この感嘆の声の意味もまた二つある。


 一つはその景色に対してのものだ。

 この建物は他よりも少し高い場所に立地しているらしく、国の景色がある程度一望できるようになっていたのである。

 今は夕方で、夕日が国中の建物を照らしていた。その建物というのが、全て木でできている。大きな湖を中心に、木でできた建物が同心円状に並んでいた。このギルドの宿舎という建物もそうなのだが、全ての建物が木のみでできているのである。他の建材は一切使われていないようだ。そしてそれらを取り囲むようにして例の森が、その木々が、地平線の彼方まで生え揃っていたのだ。そんな異様な光景が眼前に広がっているのである。


 もう一つは、今の自分の状況を、その瞬間慶は自分の今の状況を完全に理解したことに対してだった。

 こんな国が現実に慶の知っている現代日本に、いや、世界中どこを探してもあるはずがない。それを言うならあんな怪物達も冒険者だっているはずもないし、客観的に見れば、少し考えてわかりそうなものだが、慶の常識ではおよそ考えの及ばない事実だったのだ。


つまり、自分は自分の知っている世界とは全く別の世界に来てしまったのだと。


「これがわたしたちの住む木の国、アリエス王国だよ。どう、ササキ君? 君の住んでた国の景色と比べて、どっちが綺麗?」

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