フードの弓使い
「ふぁ……。それじゃあ、おやすみなさい……」
テントの中から眠そうな声。ホトゥルナが寝袋に潜り込んだのか、布の擦れる音がした。
壁際。扉を視界に三つ収められる位置で、俺はテントの隣に座る。
少し身体を動かせば、ふわりと、さっき使った浄化の粉の、爽やかな芳香。
凄い便利なんだよな……。いったいぜんたい何でそうなるのかはさっぱり分からないのだけど、振りかければ、汚れが消える不思議な粉。
汚れた髪はサラサラに。ベタついた肌はまるでシャワーを浴びた後の様に変わり、血とホコリで汚れた服は洗いたての様な質感へ。
魔法の力って本当に便利。しかも、魔力が無くても使える。なんて素晴らしい。
もう少しお値段が控えめだと尚良いのだけどね。
ホトゥルナはかなり疲れていたようで、五分と待たずに寝息を立て始めた。
……そう言えば、ドラゴンの巣に行ったのは寝たいって話だったな。
さて、ホトゥルナが寝てしまうと、俺はいつも通り暇になるのだが、筋トレが出来ないので特にやることもない。何をしようかと考えていると、腰に提げたままのナイフの鞘に気が付いた。
この鞘に収まっていたのは氷のナイフ。つい最近買ったばかりの物だったのだが、爆発に巻き込まれて壊れてしまったようだ。一応、壊れた柄の一部は見つけたが、刀身の方は見つからなかった。
ううむ……。ああするしか思いつかなかったとは言え勿体なかったな。かっこよくて気に入ってたんだけど。
収めるものを無くした鞘を弄びながら、そんな事を考えていた時だった。
ガチャ。と扉が開く音。思わず顔を上げる。
ガーディアンの扉の一つ。数多の骸骨が描かれた扉。内側からでは何をしても開かなかったその扉が、僅かに開いていた。
他の冒険者か……? マズいな。襲われたらキツイぞ。
マジックバッグからナイフを取り出す。足の傷は幾らかマシになったとは言え、まだ万全とは言えない。大人数で襲いかかられたらどうしようもない。
勢いよく、バタンと大きく音を立て扉が開いた。扉を抜けて、フードの男が現れる。
フードの付いた厚い皮の黒コート。顔は目の下まで包帯の様な物でぐるぐる巻きにされていて、表情どころかどんな顔なのかすら分からない。
微かに見える目元も、フードのせいで見え難い。
暗殺者といった風貌の男であった。
怪しいなぁ! おい!
こんな人間が町中を歩いていたら、目立つこと間違いなし。不審者だって言っているようなものでは?
いや待て。決めつけるのは良くない。皮膚が弱いとか、特殊な装備だとか、あの格好に意味があるのかもしれないぞ。
男の後ろ、扉の向こうには何も見えない。
一度通った砦のような場所に良く似た壁や床で、やはりあの骸骨たちは砦の奥に居るらしい。
「……先客が居たか」
フードの男が言った。コントラバスを想起させる、よく通る低い声。聞いていて気持ちの良い声だ。
こちらの事を観察するように、じっと視線が向けられる。
「そう警戒するな。交戦の意思はない。こちらも魔力が減っているのだ」
警戒しているのが丸わかりだったようだ。男は両手を上げて俺に言う。
「仲間が寝ているんだ。できれば静かにして欲しい」
「承知した」
男は短くそう言うと、俺の方へ歩いてくる。
全く足音がしない。普通に歩いているはずなのに、衣擦れの音すらしないのはどういうことだ。
やはり特別な服なのかな……。それか、この人の技能なのか。
両手を上げたまま、「情報が欲しい。少し話をしよう」と男が言うので、俺は頷いておいた。もちろん警戒は解かない。こんなに怪しいと、警戒するなというおのが無理だろう。
フードの男は音も無く俺の側に座って、そしてそのフードを取った。
白髪混じりの茶髪。目元には小皺。そこそこ年配の冒険者らしい。四十前半って所かな……?
「……君も扉の守護者を倒したのか?」
あぐらをかきながら、男はそんな風に聞いてきた。
「扉の守護者……? ガーディアンのことか?」
聞き慣れない言葉だけど、何となく意味は伝わる。
「ガーディアン。そう呼ぶのか」
「……知らないのか?」
「すまない。まだ地上に戻っていないのだ」
地上に戻っていない?
「まさか、開放されてから一度もダンジョンを出ていないのか……?」
「そうだ」
すげぇな……。そんな人も居るのか……。
男は背負ったマジックバッグから魔力回復剤を取り出すと、それを飲み下した。手には大量の傷があって、過酷な戦いをくぐり抜けてきたのだろう事を伺わせる。
名も知らぬ冒険者が、「君たちが戦ったのはどんな相手だった」と再び聞いてきたので、俺は先ほど戦ったドラゴンについてを手短に話す。
「魔術を打ち消すドラゴンか。……どうやって倒した」
「口に爆発物を投げ入れたんだ。ホトゥルナの矢が通用しなくてな……。それ以外に手が無かった」
俺が、今はテントで寝ている彼女の名前を口にすると、男は僅かに眼差しを鋭く、「ホトゥルナ……?」と聞いてきた。
「ん……。仲間の名前だ。弓使いで、今はテントの中で寝てる」
ついいつもの感じで言っちゃったな。まあ、名前を言った所で怒られることはないだろう。
男は俺の事を、改めて、上から下までねっとりと観察する。見定める様な視線だ。
そこでふと、男の腰にナイフが提げられているのに気が付いた。
「あんたもナイフを使うのか」
過剰な装飾はされていないシンプルな鞘。無骨と言ったほうが正しいのだろうか。
こんなに強そうな人がナイフ使いって、ちょっと嬉しいな。
「ナイフは保険だ。……メインは」
男はそこで、視線を泳がせ逡巡する。
あ、もしかして、俺の事を警戒してる? 確かに、見ず知らずの冒険者相手に自分の武器種を教えるのは嫌か。
「言いたくないなら言わないでくれて構わないぞ」
「……」
無言で俺を睨みつける男。鋭い視線。
やだ……。怖い……。
「そんなに睨まないでくれ。聞いたらマズかったか?」
もしかして、冒険者界隈では武器とか魔術とか聞くのはタブーなのか? 誰もそんな事教えてくれなかったぞ。
頭の名でそんな事を考えていたのだが、男は唐突に口を開いた。……包帯みたいな物で口元は見えないけど、動き自体は分かる。
「弓だ。……私も、弓矢を使う」
「へぇ……! 弓使いは少ないって聞いたけど、案外居るもんなんだな! ……その割には弓を持ってないけど、何でだ?」
男の背には何もない。フードの下に隠しているのかとも思ったが、どうやらそんな事も無さそうだ。
「仕舞っているだけだ。弓を使わなくても矢は放つ事が出来る」
おぉ~。凄いセリフだ。達人ともなると、弓なんて使わないのか……。
ん? それってただの魔術では? まあ、細かいことは気にしないでおこうか。
「私が倒したガーディアンの話は必要か?」
「ああ。頼む。……あ、その前に、名前を聞いても良いか?」
せっかく知り合ったんだし、名前くらいは聞いておきたい。
そんな風に思ったのだけど、男は首を横に振った。
「名は聞かないでくれ。名乗る名はもう捨てたのだ」
おぉ~! いよいよ達人っぽいぞ……! 武人って感じがするなぁ……。見た目は完璧暗殺者だけど。
「そうか。それなら聞かないでおくよ。……あ、俺は田中って言うんだ」
「タナカ。……そうか。すまない。私だけが聞いてしまって」
男は申し訳無さそうに頭をかいて、しかしすぐに意識を切り替えるように首を振った。
「あの扉を守っていたのは骸骨の群れだ。正しくは、その骸骨に憑依した精霊の群れだが」
「精霊……」
剣に取り憑いていたのと同じ様なやつか。確かあいつは、剣を壊したらどこかに逃げていったけど。
「精霊って事は、物理攻撃は効かないのか?」
「魔術でないと効果は無い」
物理攻撃が効かない精霊と、魔術攻撃が効かないドラゴン。このダンジョン造った奴、絶対に性格が悪いぞ。
「憑依物を破壊すれば無力化できるのだが……。あの扉の前には大量に骸骨と武具が転がっていた。全て破壊するか、精霊本体を消滅させるかのどちらかが必要だろう」
「そうか。ありがとう」
戦わない方が良さそうだな。ホトゥルナの攻撃、精霊にダメージを与えられるか分からないし。
後で聞いてみようか。
「……第三層については何か知らんか?」
「すまん。それは何も知らないんだ」
情報は出てなかったしね。
「了解した」
男はそこで立ち上がると、フードを被り直した。
「もう行くのか……?」
「魔力の補充も終わった。これ以上長居する理由もない」
「そうか。またどこかで会った時はよろしくな」
「……承知した」
男はそれだけ言うと、そのまま階段を下りていった。
凄いな。ガーディアン倒したのに、魔力の補充だけで大丈夫って。
傷を負った様子も無かったし、相当強い冒険者なんだろう。
たった一人でダンジョンに潜る弓使い。
格好良いなぁ……。憧れちゃうぞ。
階段の下で、がちゃんと扉の閉まる音。どうやら、フードの男が第三層へ行ったらしい。
また暇になったな。ホトゥルナが起きるまで何しよう。
今日の夜は更新できないかもしれません。申し訳ない




