光輝降臨
段差の上から、俺は下に広がる空間の様子を伺っていた。
広い楕円形の開けた場所で、壁や床は相変わらず硬そうな岩で出来ている。全く宝石は無いし、モンスターも居ない。
ふと上を見てみた。高い高い天井。高いと分かるのは、遥か上にぼんやりとした光があるからだ。
かなり距離があって、光っているのが何かは分からない。視力にはそこそこ自信があるけど、さすがにあそこまで離れてたら何も分からない。
高層ビルくらいの高さはあるぞ。
「なあ、ホトゥルナ。あの上で光ってるの、何か分かるか?」
「分からないですね……。すごい大きさの宝石とかでしょうか? まぁ、あそこまで離れてたらなんの影響もないと思います」
ふむ。ホトゥルナでも分からないか。
「そうだな。下りて周囲を調べて、それから野営の準備をしようか」
慎重に段差の下に。
「上に戻る時が大変そうですねー。タナカ、ちゃんと登れます? 白蛍草を取りに行った時、壁のぼりに随分苦労してましたよね」
段差の下で、上を見上げながらホトゥルナが言った。高さ的には、俺の背の三倍くらいかな? 簡単には登れないけど、頑張れば登れそう。いい感じの高さだ。
「あれはもっと高かったからな。これぐらいなら、少し時間は掛かるけど登れるぞ」
あの崖と比べたら余裕だ。あれはマジで怖かったからな。
「まぁ、モンスターも居ないしゆっくり登れそうだから安心ですね!」
「だな。……さて、一応ここら辺を調べてから休憩しようか」
ランタンの明かりで先を照らしながら、俺たちは先へ進む。
暗い洞窟。岩の床。岩の壁。特に何も無い。
「本来ここが入り口だったのか?」
「かもですね。異空迷宮に取り込まれる前は、普通にダンジョンとして存在していたのかもしれません。ほら、あの砦みたいな所も、人間が使っていたような痕跡がありましたし」
「異空迷宮って、いくつかのダンジョンを適当に纏めた物なのかもな」
「広いダンジョンを適当に突っ込んだんですかねぇ? 絶妙に手抜きと言うかなんというか」
「何のモンスターも出ない部屋があったりな。あそこが何だったのか、結局わかってないし」
ゴミを捨てる為に作ったのなら、わざわざ入れるようにしておく必要はないと思うのだ。休憩に使われるだけだし。
まあ、ありがたいから何の文句も無いのだけれどね。
硬い岩の床。平らで歩きやすいのだが、所々に陥没した場所がある。
自然に削れたと言うより、何かで砕かれたようにして凹んでいるのだ。
「何かが衝突した痕か……?」
「天井が高いし、上から石でも降ってきたんじゃないですかねー。全く何も残ってないから、かなり上の方から降ってきてそうですけど」
ホトゥルナの言葉につられて上を見上げれば、相変わらず遥か上方で光が輝いていた。
「こう暗いと、落ちてくるのにも気が付けそうに無いな……」
「一応、痕の少ない所を歩きましょうか。ほら、あっちの方が凹みが少ない……」
ホトゥルナの言葉が止まった。
「ん……? どうした?」
「あれって扉ですよね。ほら、あそこの壁の所」
薄暗闇の向こうに見えるのは見慣れた色の見慣れた扉。
「ああ……。調べてみるか」
そう言って扉に近寄る。距離がつまり、段々と闇が消えていく。
慎重とは呼べぬ行動だが、そう危険は無いはずだ。モンスターが居る気配も無いし、魔力を吸い取る宝石も無い。ここは原初魔力が薄い場所なんだ……から……。
ふと足を止めた。
原初魔力が薄い? 何でだ……?
「なあホトゥルナ。原初魔力が薄いっておかしくないか……?」
「え……?」
「ここは異空迷宮で、普通のダンジョンじゃない……。入り口近くでも、奥の方でも、原初魔力の濃度は一緒にならないと駄目だと思うんだ」
「確かに……それなら、ここはどうして……? 原初魔力を消費するような物は無いし……罠もありませんでしたよ」
「分からん。原初魔力を消費する罠って存在するのか……?」
「あることにはありますけど……。ここまでかなり歩いたのに、一つも掛かってないって言うのは考えにくく無いですか?」
「確かにそうか……」
段差を下りてから、ある程度は時間が経っている。少なくとも俺たちはまだ生きているし、ただ単に運が良かっただけとも思えない。
「何か嫌な予感がします。……時間差で発動するタイプの罠かもしれません。あの扉から移動しましょう」
険しい表情でホトゥルナが提案する。「分かった」とだけ返して、俺は扉へと歩を進める。
俺もホトゥルナも、何も喋らない。嫌な予感がした。
手に持ったランタンが先を照らす。段々と扉の様子が見えてくる。
やはりそれは扉だった。
いつもの形。いつもの材質。いつもの大きさ。
違うのはその表面。精巧で緻密な彫刻が施されたその戸板。
「……ドラゴン?」
絞り出すように、ホトゥルナが呟いた。
描かれているのは竜。
扉の真ん中に、大きな翼と角を持った、巨大な竜が描かれていた。
長く太い尾。大きな翼の先には鋭い爪。眼光鋭く、口からは炎を吐いている。その絵柄には覚えがあった。見たのは一層。ビッグトーチャーや爆炎女王蟻が守っていた扉。
頭が回転を始める。目まぐるしく思考が湧き上がる。
ばこん。と背後で何かが弾ける音がした。反射的に振り返るが、暗闇しか無い。
「石が落ちてきただけ__」
「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
俺の言葉を掻き消すように、咆哮が轟く。ビリビリと空気が震えているのが分かる。
耳を塞ぎたい衝動に駆られながら、俺は顔を顰める。
しばらくすると咆哮は止み、再び静寂が訪れた。しかし、俺の心に平穏は戻らない。どこからかひりつく殺気。見られているという感覚が、確かなものとして伝わってくる。
背筋に冷や汗が伝うのを感じながら、俺は静かに口を開いた。
「ホトゥルナ……。扉は開くか?」
「開きません。鍵がかかってます」
ガチャガチャと音。
振り返り、「俺も試してみる」と言おうとした所で、突如として風が吹いた。吹き下ろす業風が、ホコリや小石を舞い上げ、俺たちの髪を揺らす。
上を見る。遥か上方にあったはずの輝きが、途轍もない速度で迫ってきていた。それはまるで流れ星。光の軌跡で暗闇を切り裂いて、俺たちへ向けて落ちてくる。
闇が消える。光に侵され消えていく。
夜が明けたように、天幕が取られたように、闇の帳が掻き消され……。
ずん。と地面を揺らして、天より光輝が降り立った。
降り立った光り輝くその生物を一言で表すとすれば、最適な言葉は『美麗』であろう。
二本の脚で立ち、俺たちを見下ろすのは、大きな角を持った光るドラゴン。
腕や脚は細く、顔も面長で、全体的にほっそりとした印象を受ける。
頭部には白い光を湛えた一対の角。純白の輝きは暗闇を消し去り、周囲を明るく照らし出す。
煌々と輝くそれはまるで太陽の如き輝きを放ち、暗闇に慣れていた俺の目を容赦なく突き刺してくる。
鱗は色とりどりに輝く宝石。鱗が帯びた光は柔らかで穏やかで、絶え間なく色合いが変化している。
皮膜は向こう側が透けそうな程に薄く、爪は鋭く、口元から顔を出す牙も舌も全てが全て輝いていた。
それは協会に置かれたステンドグラスのような、高貴で神聖で、犯し難い雰囲気を纏い、俺たちの前に立ちはだかる。
しかし、俺たちに注がれる視線は殺意と敵意に満ちていて、喉の奥から聞こえてくる威嚇の唸り声は、慈悲も救済も無いであろうことを感じさせた。
「転移石で逃げましょう。私が目眩ましの矢を射ちます。一瞬しか時間は稼げませんが、転移石の発動ぐらいの時間は確保できます」
俺の後ろから、ホトゥルナが小さく、声を抑えて囁いた。「分かった」と返せば、「動かないで下さい。矢を隠して準備します」と声。
幸い、ドラゴンは俺たちを警戒しているようで、唸りをあげながらこちらを観察している。
ホトゥルナの手の中に光が生まれ、それは矢の形に変化する。俺の後ろ、ドラゴンの視界には入っていない。
「射ったらあたる前に弾けます。すぐに転移石を使いますから、離れないで下さい」
囁き声に頷きを返した。ギリギリと矢を引き絞る音がする。
全く動こうとしない俺たちを、ドラゴンはじっと見つめてくる。その目には燃え盛る敵意が渦巻いているが、それでいて澄み渡り、どこか知性を感じさせる眼差しであった。
弦の音が聞こえなくなったと思えば、「行きます」と一言。ホトゥルナは俺の後ろから躍り出て、ドラゴンへ向けて矢を放った。
「……!」
輝ける竜は、自らに飛翔する矢を見て、その顔を憤怒に染める。攻撃だと判断したのだろう。
「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
再びの咆哮。天を仰ぎ、ドラゴンは吠えた。
鼓膜が揺れる。空気が震える。
ぱきん! と、冴えた音がした。聞いたことのある、転移石が割れる音。
……? 待てども、転移が始まる様子は無い。それどころか、ホトゥルナの放った目眩ましの矢とやらも、何も起こらず消えている。
どういう事だ……?
嫌な予感を感じて振り返る。
床で砕け散った透明な水晶。中にあったはずの、転移の魔術の光は、広がること無く消えていた。
正月とか年末とか、果たして読む人は居るのか疑問ではありますが、予約投稿すると思います。
思うだけなので、されていなかったら察して下さい。まだ大掃除も終わってないのです。




