準備完了
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「これで良いかな……」
どさりと、ベッドの上に荷物を置いた俺は、大きく息を吐きながらそう呟いた。
ニドの武器屋を出た後、チュチュの所で防具という名のちょっと丈夫な服と靴下を揃え、ついでに回復薬も買っておいた。
特に何か問題があった訳でもなくスムーズに買い物は終わり、引き出した金は殆ど使った。残っているのは銅貨が十数枚と、銀貨が二枚。これでもしばらくは保つだろう。
さて、買ってきた物を改めて確かめよう。
最初に買った服は特に言うこともない。着心地は良いし、動きやすい。それに、デザインも気に入ってる。
ニドの所で購入したナイフとベルトも同じだ。とりあえず、腰に提げていて違和感は無い。これ以上の評価をしようと思ったら、実戦で使ってみなきゃ駄目だ。
さて、次だ。チュチュの店で買った厚手の服。普段着よりも少しだけ分厚く、一着で銅貨が80枚ほど消え去った。本当は銀貨1枚以上の価値があるらしいが、在庫処分とサービスを兼ねて安くしてくれた。ありがたいことだ。
見た目はただのシャツだが、何やら魔法の効果が込められた布と糸がなんたらかんたらで、見た目以上の防御力があるらしい。詳しい説明を聞いたのだが、専門用語が多すぎて殆ど理解できなかった。
彼曰く、
「大丈夫よ! 低級のモンスターの攻撃なら、一発くらいなら耐えられると思うわ!」
との事だ。『大丈夫』の後に『思う』が付いている時点でふわっふわだが、薄いシャツで戦ったり、思い鎧をつけて動けなくなるのと比べれば幾分マシだと思う。
ああ、自分でも『思う』って言ってるじゃん……。ふわっふわだ……。
未だにモンスターをこの目で見ていないのだから、こんな感じになってしまうのも仕方ない。危機感が足りないのか、それとも警戒し過ぎなのか、それすら分からないんだ。
ただ、命を落としたらおしまいなのだから、金はもっと使うべきなのかもしれない。だけど、それでまともに活動することが出来なくなったら本末転倒だし、何が正解なのかもう分からない。一回考えるのを止めよう。
さて、心を切り替えて、次の物を見よう。帰り道の薬屋、あの、治る怪我の範囲が曖昧だった薬屋で買った、小さな小瓶が五つ。
塗り薬では無く飲み薬らしい。怪我をしたら飲めばいいとの事。なぜ飲むのか? どんな仕組みで治るのか? そんなことは全く知らない。聞いたけど店員も知らないようだった。
怪しい薬じゃないだろうな。いや、怪しいんだけど。そうじゃなくて、依存性とか、強烈な副作用とか無いだろうな……。
なるべくコレに頼らなくて良いように、攻撃は避ける様にしよう。
あ、移動するなら、かばんも必要だな……。全然考えて無かった。どこかで安いかばんを探さなくちゃいけない。
なんて考えた所で、俺は自らの身体に起きた変調に気がつく。
腹が減っているのだ。
何でだ? カリーナは疲れないって言ってたはずだぞ。腹は減らないとは言ってないから、彼女を責めるのは間違いなのだろうけど。
確かに疲れは感じない。頭は冴えてるし、あれだけ歩き回ったのに足に疲労感は無い。ただ、腹が減ってるのだ。あと喉も乾いている。
そもそも、疲れないってなんなんだ? もしかして、エネルギーが無くても活動できるだけで、エネルギーがあったらそれはそれで消費するんじゃないか?
カリーナの言う前例と俺のスキルが、全く一緒な保証は無い。あっちは天然物で、こっちは養殖のパチモンだ。欠陥の一つや二つあってもおかしくない。
とりあえず、まだまだ動けはする。もう少し様子を見て、食事を摂るかどうか決めよう。
にしても、疲れないけど腹は減るって嫌なスキルだな。カリーナが単体じゃ役に立たないって言っていた理由がようやく分かってきた。これは、もっと強い人間が持って初めて意味のあるスキルだ。
荷物の整理を終えた俺は、回復薬を二瓶と銀貨を二枚、それに武器を装備して再び部屋を出た。
「おうタナカ。またお出かけか。精が出るねぇ」
「ああ。……!」
そこで閃く。ソーディは元冒険者と言っていた。それなら、彼にこの周辺で安全に戦えそうな場所が無いか聞いてみよう。図書館を探して調べるか、冒険者ギルドに戻ってカリーナに聞くか迷っていたけれど、これなら一番手っ取り早く知ることが出来るぞ。
「ソーディ、聞きたいことがあるんだ」
「なんだ? 今日の晩飯のメニューなら、俺は知らんぞ」
「そうじゃない。この街の近くで、一番安全にモンスターと戦える場所を教えて欲しいんだ。それと、生息しているモンスターの種類や危険度も」
「あん? 別に良いが、わざわざ聞くことか?」
「念の為に知っておきたいんだ」
「そうか。……う~ん。この辺りで一番安全にって言ってもなぁ、この街の近くは、どこもみんな安全だ。危険なモンスターが出てもすぐに討伐されるからな。西の森の近くは少し強いモンスターが出るから、そこだけ気を付ければ良い」
「西の森だな。ありがとう。それで、出てくるモンスターはどんな感じなんだ?」
「普通だよ。普通。スライムとか、角ウサギとか。西の森の近くだとおばけキノコも出るな」
おばけキノコ。乾燥したキノコが売られていたなそう言えば。あれは何の為に売ってたんだろ。
「なぁ、さっき乾燥おばけキノコって言うのを見たんだけど、あれって何に使うんだ?」
「錬金術の触媒とか、砕いて麻痺粉塵として使うとか、色々だな。ちゃんと毒を抜けば食べられるぞ。水っぽい干し芋みたいな味で、あんまり美味しく無いけど」
水っぽい干し芋って、そんな短い言葉の中で矛盾するのは止めてくれ。とりあえず不味いんだな。
「出てくるのはそれぐらいか?」
「あ~、後はゴブリンも出て来るかもな。あいつらは基本的に無害だから、ほっといていいぜ。逆に殺したら罰金だからな」
「何でだ?」
「冒険者が狩りすぎて、一時期絶滅しかけたんだ。実際何種類か絶滅したんだが……。今残ってるのは、人に対して何もしない人畜無害な種類だけなんだよ」
そう言えば、クエストボードに書いてあったゴブリン退治も、討伐の必要は無いって書いてあったな。そういうことなのか。
「そうか。ありがとう」
一通り聞いた俺は外に出ようとしたのだが
「ちょっ、今から行くのか?」
と、ソーディに引き止められた。
「ああ。そのつもりだ」
「そのつもりだって……。時間考えろよ。そろそろ日が暮れるぞ? さっきは安全って言ったが、ありゃ昼間だからだ。夜になったら、狼とかの危険なモンスターも現れる。今日はもう休め」
「そう言われても……」
疲れていないし、なんなら眠気も皆無だから活動したいのだ。腹は減ってるけどね。
「どうしても行くなら、街の近くにしな。狼共は、明るい場所に近寄りたがらないから、それだけでもマシだ」
「そうか。わざわざありがとう。本当に助かるよ」
いきなり狼の相手をするのは心もとないし、おとなしく言うことを聞いておこう。
俺は頭を下げて、宿を出る。ソーディの顔をちらりと見やれば、心配そうな顔をしていた。
確かに危ないかもしれないけど、だからって部屋に引きこもっていても何も変わらない。戦うかどうかは置いておいて、モンスターの様子を見に行くくらいはしておかなくちゃならないと思う。
そろそろ日が暮れる。町並みの向こうに沈む太陽がオレンジ色の光を滲ませ、影は長く伸びていた。
せっかくだし、街を見て回りながら外を目指そう。……夜間は出入り禁止とか、そういうの無いよな?