扉の前で無駄話
魚を食べ終えた俺たちは、扉を探すためにゴーレムの墓場を歩いていた。
「あ、あそこにパーツ落ちてますよ。拾っていきましょう」
ホトゥルナが指差す方向。欠けたレンズの様な物が一つ。拾い上げてホコリを払えば、かなり傷ついているのが分かった。
俺の横から、彼女がそれを覗き込む。
「……うん。なんとも言えぬ感じですね。ただのゴミかもしれません」
「まあ、大して苦労もしてないし、ゴミならゴミでいいさ」
ゴミに見えるし、期待はしてない。手癖で拾っちゃうだけだ。
いくらでも物を仕舞えるってなると、ついつい拾いたくなっちゃうのである。
「積み上げられてるゴーレムを回収できたらいい値段にになりそうなんですけどね。私はそう思うんですけど」
「俺も考えたけど、崩れて大変な事になりそうじゃないか?」
ゴーレムの下に生き埋めになると、さすがにどうしようも無くなっちゃうぞ。
「この壁の上に登るのも大変ですもんね~。どこかに、回収しやすいサイズのゴーレムが転がったりしてませんかね?」
「そう上手くは行かないさ。先に扉を見つけちゃうと思うぞ」
「ですかねー。扉を見つけたらすぐに移動します?」
「それで良いと思うぞ。ここじゃ、そんなに稼げそうに無いからな」
殆ど何も無いんだもの。モンスターも居ないし。
「出来ればガーディアンを倒して、それを持って帰りたい所ですよね。良いお金になりますよ」
「……倒せるか?」
「それはちょっと不安な所ですけど……。ガーディアンが居るのかどうかとか、どんなモンスターなのかとか、ちょっと気になりません?」
「気になることは気になるが……。ちょっと怖くないか?」
「様子を見るくらいなら出来るんじゃないですかね? いきなりガーディアンの眼の前に放り出されるとか、そんな事がなければ」
「未来視を使っていれば、いきなり敵の目の前って事はない。事前に気がつける」
確かに気になるし、未来視があれば大丈夫か。奇襲されなければ何とかなる。
「……転移石があったら、すぐに逃げられるよな?」
「逃げれますよ。この前のミノタウロスの時みたいに、本体が壊れたりしてなければですけど」
「ははは。まさかそう何度も壊れる訳ないさ。……確かに、言われて見れば様子を見るくらいなら大丈夫そうだな」
「ですよね!」
「それなら、ガーディアンの部屋を探すか。ここが一層と同じ仕組みで部屋の繋がりを組み替えてるなら、扉の前で待機してればいいだけだし」
仕組みが違うと破綻するけどね。なんて考えた所で、ふと疑問がわく。
「……というか、二層にもガーディアンは居るのか?」
「居るんじゃないですかね? 一層に居たのに、二層に居ない理由も無いと思いますけど」
ふむ。確かにそうだ。
「とりあえず、扉を見つけて、一層と同じ要領でガーディアンの部屋を探せるか試させてくれ。もしもそれで見つけられるなら楽だ」
「是非そうして下さい。私はおとなしく待ってますから」
さて、それなら扉を見つけよう。
そんな事を思った直後、ランタンの明かりが、ゴーレムの壁に張り付いた一枚の扉を照らし出した。
噂をすればなんとやらと言う奴だ。
いつも通りの見慣れた扉。安心感すらある。
「見つかりましたね。それじゃあ、繋がった感じがしたら教えて下さい。私はそれまで、この辺りのゴーレムを眺めてますから」
「おう」
俺は扉に凭れ掛かって、ゴーレムの壁の前で行ったり来たりするホトゥルナを観察する。
魔術で作った明かりを使って、何やら色々と調べているようだ。そんな彼女の様子を見て、ふと思い出した事がある。
「なあ、ホトゥルナ。聞いていいか?」
「はーい? なんです?」
くるりとこっちへ振り向いたホトゥルナ。軽い足取りで俺の近くにやって来た。
「暇だから構って欲しいんですか?」
「ふふっ……なんだよその言い方……。違う違う。聞きたいことがあるんだ」
彼女は俺の眼をまっすぐに見つめ「なんです?」と口を動かした。
「俺と初めて会った時、覚えてるか?」
「ええ。タナカが私の下で寝てた時ですよね?」
「あれは寝てたんじゃない。気絶してたんだ」
「ありゃ。そうでしたか。それは失礼しました。けど、睡眠も気絶も似たようなものって思いませんか? 私はそう思うんです!」
「似てるけど一緒にしちゃ駄目だと思うぞ」
勢いで似てるって言っちゃったけど、そもそも似ているかすら怪しいぞ。
「けど、外から見たらどっちも一緒に見えちゃいますよ。私だって、見ただけだったら、タナカが気絶してるのか寝てるのか分からないと思います」
「俺は寝ないぞ。倒れて意識が無かったら気絶してる。安静にしてくれ」
「……タナカって、睡眠の魔術とか効くんですかね?」
「それは普通に効くんじゃないか……? 疲れないから寝ないだけで、その睡眠の魔術って言うのは疲れて無くても効果があるんだろ?」
睡眠薬的な魔術かな。
「効くんですかねぇ……。今度試してみません? 睡眠の魔術が使える人、私が連れてきますから!」
「別に良いけど……。寝てる間に何かするつもりじゃないだろうな」
眠らされるって、嫌な予感しかしないよ。
「何もしませんよ~。突っついたりはしますけど」
「落書きとかしない?」
「消えるインクを使います!」
「する気まんまんじゃねぇか!」
『する』『しない』で返ってくるものとばかり。むしろ消えないインクってなんだ。入れ墨か?
「昔から小綺麗な顔を見ると落書きしたくなっちゃうんです……。前々から、タナカの顔に落書きしたら楽しいだろうなぁって」
「人の顔見てそんな事考えてたのか」
あれか? 意味もなく見つめてくる時はどう落書きするか考えてたのか? ときめいていた俺の純情を返せ。
「そんな事とは失礼な! 私にとっては12番目くらいに大切なことなんですよ!」
「結構下じゃん」
大切なことじゃないまである。
「ついでに、11番目に大切なことは枕の柔らかさです」
「俺は枕に敗けたのか……」
けど枕って大切だよね。分かる。こだわりたい気持ちは凄く分かる。俺は寝ないけどさ。
「そう言えばさ、人の寝顔って気にならないか?」
「気になりますね。凄く気になります。タナカの寝顔、見てみたいですもん」
「たぶん、何も面白くないぞ。普通の顔して寝てると思う」
と言うかそうであって欲しい。どうしよう。凄い変顔してるとかだったら。泣いちゃうかも。
「普通じゃない寝顔ってなんですか。……別に普通で良いんですよ。普通の寝顔が見てみたいんです」
「だから睡眠の魔術を使うと」
「そういう事になりますね! ついでに落書きを少々!」
「隠し味みたいに言うな……!」
胡椒を少々。みたいなね。
「なあ、俺の寝顔を見るって事は、俺もホトゥルナの寝顔を見ていいって事だよな?」
「まぁそうですけど……。むしろ見たこと無いんですか?」
「意識して見たことは無いぞ。そもそも、寝てる所見たのホトゥルナが酔ってゲロ吐いた時だけだし」
「あれ? 昨日とか、普通にタナカの前で寝てませんでした?」
「テントの中だっただろ。……さすがに覗きはしないさ」
一瞬迷ったのは内緒。
「ほぇ~そうなんですか。別に覗いてもいいのに……。まぁ私って眠り浅いから、テント開けられたら普通に起きちゃうんですけどね」
「駄目じゃないか」
俺が見たいのは寝顔なんだ。
「と言うか、そんな事聞かなくても未来視使ったら覗き放題じゃないですか?」
「……!?」
確かに。扉の向こうを視るとかしてるんだから、テントの中だって視れるに決まってる。言われて気が付いたぞ。
「いやいや。待て待て。結局それは覗きだろ。俺はそんな卑怯なマネはしない。正々堂々、ホトゥルナの寝顔が見たいんだ」
あれ? 俺、なんか変な事言ってない? 覗き放題の衝撃で頭の回転が追いついてないぞ。
「なんですか正々堂々って。まぁ……そこまで言うなら、気が向いたら見せてあげますよ。あ、落書きとかしたらやり返しますからね? 倍返しですよ」
「え? 自分はやるのに?」
ずるくなーい?
「はい! 私、自分の事は棚に上げるのが得意なんです! 棚の上から喋ってると思って下さい!」
「嫌な特技だな……」
ある意味羨ましいけど。
なんて思った所で、ふと思い出した。
「あれ? なんの話だっけ?」
脱線に脱線を重ねて、もう元の話題がなんだったのかすら覚えてない。
「タナカを眠らせて、落書きするって話ですよ」
「絶対違う。……なんか聞きたいことがあった気がするんだけどなぁ」
「あ、そうですよ。忘れちゃったんですか?」
「うーん? ……。…………。駄目だ! 思い出せん!」
「それじゃあ、思い出したらまた聞いて下さい。忘れちゃうって事は、結構どうでも良いことなんじゃないですか?」
「いやぁ……? そこそこ大切な事だったような気が……」
少なくとも俺にとっては。
「それなら思い出せますよ! ふぁいとー」
絶妙に気が抜ける応援だな……。
「じゃあ、私はゴーレムの中にある線を数える作業に戻りますね!」
なんだその作業は。畳の目を数えるような物なのか……?
壁の前で行ったりそんな来たりするホトゥルナを眺めながら、俺はそんなことを思う。まだ目の奥は熱くならない。もう少し掛かりそうだ。




