武器新調
「あ……こんにちは。……おひさしぶりです」
テトル通りの一番外れ。ニドの武器屋の前。尻尾の生えた少女、ツーニュが、そんな事を言いながら俺に向かって頭を下げた。
「久しぶりだな。また武器を見たいんだけど、ニドは居るか?」
そんな風に言えば、彼女は一つ頷いて、店の奥へと走っていった。
ホトゥルナは、別の店に行っている。ここには彼女が何度か世話になった弓矢の専門店があるらしい。
頷いたって事は、ニドは居るってことだよな?
店の入り口で様子を伺う。店の中には相変わらず大量の武具が並んでいて、そのどれにも値札は付いていなかった。
そう言えば、ツーニュも武器を作ったりしているのかな。
彼女が来ている作業着はかなり使い込まれていた様子だったけど。
そんな事を考えていたら、奥からニドが出てきた。
作業着と言うか防護服と言うか、そんな感じの分厚い服。握ったハンマーには煤がついていて、ついさっきまで作業をしていたような様子だ。
奥からカンカンと音がしているから、ツーニュが作業を交代したのかな?
「おや。お客さんだと言われて出てきてみれば、懐かしい顔だね」
「武器が欲しくてな。迷惑だったか?」
「そんな事ないさ。買ってくれるならいつでも大歓迎だよ。で、何が欲しいんだい?」
「新しいナイフが欲しいんだ。せめて魔術的な効果が付いている物が」
今使ってるのは、何の変哲もないただのナイフだ。スライムも倒せないし、弱点が筋肉や脂肪に守られているモンスター相手には致命傷が与えにくい。
理想は、『掠っただけで一撃必殺』みたいなナイフなんだけど、そうすると事故死しそうだから無しだ。
自分も一撃必殺してしまったら意味がない。
「予算はどれくらいなんだい?」
「異空迷宮で稼いできたから、そこそこの余裕はある。……武器は値上がりしているのか?」
「もちろん。材料が高くなってるから、自然と値段も上がるよ」
そりゃそうだ。
「それに、異空迷宮は炎のモンスターが多いらしいじゃないか。おかげで、水と氷の魔術を込めた武器が大量に売れててさ。剣とか斧とかはもう在庫がないんだよ」
「そうか。ナイフはまだあるのか?」
「数は少なくなってるけど、まだ幾つかはあるよ。売れ筋の武器種じゃないからね」
「異空迷宮に潜るから、出来れば氷か水の魔術を込めた物が欲しい」
「他には要らないかい? せっかくだから見てってくれてもいいんだよ。炎の魔術効果を持ったナイフとか、在庫が余っちゃってるからね」
「余ってるのか」
「余ってるどころか、このままじゃ不良在庫だよ。異空迷宮から大量に新しい素材が供給されててね。安くて質の良い物が作れちゃうから、昔のはどうしても型落ちになっちゃうんだ」
「へぇ……。そっちも値上がりはしてるのか?」
「便乗して値上げしたいんだけどね。さすがにそんなことしたら売れないから、前の値段のままだよ。異空迷宮産の素材を使った武器は高いけどね」
「そうか。他の属性のナイフも見せてもらえるか? せっかくだから見ていきたい」
「分かった。持ってくるよ、ちょっと待っててね」
ニドはそう言うと、店の奥へと戻って行った。
ダンジョンに入れなくなったからといって、全ての品が値上がりする訳じゃないか。武器屋も大変なんだろうなぁ……。
「はい。とりあえず、各属性のナイフだよ」
店の奥から戻ってきたニドが持っているのは、何やら色々と入った籠。
「一つずつ説明した方が良いかい?」
「ああ。見てもさっぱり分からん」
何がなんだか分からないぞ!
見た目は違う。違うが、だからといってそのナイフに込められた魔術がどんなものか理解できるほど、俺は魔術に精通していない。
「それじゃあ、まずはこれから行こうか」
ニドが手にしたナイフを鞘から抜いた。薄い青の、半透明の刀身が現れる。冷気を帯びているのか、周囲の空気が白くなっている。
おお。氷の魔術が込められているのか。これは分かりやすいな。
「見ての通り、氷のナイフさ。アイスクリスタルを加工したものでね。内部に魔術回路を仕込んで、刺した相手の魔力を喰って、冷気に変換出来るんだ」
なにそれ凄い。
「魔力が無くても使えるのか?」
「使えるよ。魔力を流し込めば冷気は強くなるけど、相手の魔力があれば氷の魔術効果は発動できる」
「……そうなると、魔力が低い相手には効果が薄いってことか?」
「そうだね。けど、普通のモンスターって、強くなればなるほど魔力の量も増えるから、そう困ることはないはずだよ。最悪、魔力を含んだ水でも掛ければ無理やり発動させる事も出来る」
「水が凍って大変な事にならないか……?」
「斬りつけられたら痛そうだね」
わぁ他人事。いびつな形の氷で肉を斬られるとか想像したくないなぁ……。
「今も冷えてる気がするけど、これはどうしてだ?」
「空気中の魔力に反応してるだけだよ。溶けて無くなったりはしないから安心してね」
へぇ……。空気中の魔力にも反応するのか。だから何だという話だが。
「これはどれくらいの値段なんだ?」
「金貨3枚だね。昔は銀貨40枚くらいだったんだけど、アイスクリスタルが途轍もなく高騰しちゃっててさ。さすがにこれは値下げ出来ない。買えないなら諦めて貰うことになるよ」
高いな。けど、今の状況を考えたらこの値段でもまだ安い方か。
「その値段で問題ない。買わせてくれ」
「おお。太っ腹だね。やっぱり、稼いだのは異空迷宮かい?」
「ああ。……俺の相棒が稼いでくれたんだけどな」
「あ、パーティー組んだんだね。どんな人なんだい?」
「頼れる良い奴だ。俺には勿体ないくらいだよ」
「そうかいそうかい。そう思ってるなら、大切にするんだよ? 大切な人って、無くしてからその大切さに気がつくものだからね」
そう言って笑うニドの目は、どこか悲しそうな目をしていた。誰か親しい友人でも亡くしたのだろうか。深くは聞かないでおこう。
「気を付けるよ。……他のナイフはどんな感じなんだ?」
「ああ。話を戻そうか。……こっちは水のナイフ。刺した相手の魔力を使って敵の傷口に水を生み出すナイフさ」
ニドが鞘から抜いたのは、水に濡れて輝く短剣。
敵の傷口に水って、どれくらい効果があるんだ……? 雑菌とか洗い流しちゃってむしろ元気にならない? 血管に水が入ったらダメージになるのかな……。
「あ。弱そうって思ったね? 水を生み出すと言うと強くは聞こえないけど、相手の身体の中にいきなり水の塊を叩き込めるんだ。魔力量が多ければ、水が爆発的に発生して肉を弾けさせることも出来るよ」
やべぇ武器だった。
「まぁ、これは炎属性のモンスターに効くと言うよりは、普通の生き物を殺す為の武器だよ。水に弱いモンスター相手になら、掠らせるだけでかなり効果はあるはずだけど」
「間違えて自分に刺したらどうなる?」
「魔力量に応じた惨事になるだろうね。タナカ君は魔力がないから、たぶん何も起こらない。……気になるなら、刺してみるかい?」
「いや。大丈夫だ。それはどれくらいの値段なんだ?」
人体実験は勘弁してくれ。そこまでして知りたいことじゃない。
「だいたい金貨3枚かな。材料費を計算しなきゃ詳しい金額が分からないけど、たぶんそれくらい」
「……そうか」
どうするかな……。
「冒険者の中には、これと同じ様なナイフを投げて使う人も居てね。毎回数十本買っていくから、うちのお得意様なんだ」
「消耗品として使ってるのか……?」
「さすがに回収してるんじゃないかな? それでも無くなったり壊れたりしちゃうらしいけど。あ、もちろん、投げる為に軽量化してるから壊れるんだよ? このナイフは普通に使う為のナイフだからかなり頑丈なんだ」
「凄い金持ちも居るんだな……」
そういう人間が経済を回してるんだろうなぁ……。
「……一つ聞いてもいいか?」
「ん? なんだい?」
「剣術とかって、魔術を武器に付与する技もあるだろ?」
本で読んだんだ。かっこいいなぁって思った。俺は使えないけど。
「あるね。エンチャントの話だろう?」
「ああ。そういうのがあるのに、どうして属性を付与した剣やらナイフやらがあるんだ?」
「エンチャントする手間が掛かるからさ。エンチャントは維持に魔力が必要だけど、属性武器なら魔力は殆ど必要がないからね。それに、エンチャントするより、エンチャントするのと同じだけの魔力を武器に注ぎ込んだ方が、強力な攻撃になる」
「へぇ……。そうなると、エンチャントってそこまで使われてないのか?」
「今は殆ど使われないね。マジックバッグが出来て、武器を大量に持ち運べるようになったから」
「そういうことか」
マジックバッグがない時代だったら需要もあったのだろう。魔術にも流行り廃りがあるんだなぁ……。
「分かりやすい説明ありがとう」
「どういたしまして。それで、このナイフはどうする?」
「買わせてくれ」
「毎度。それじゃあ次はこのナイフだ。これは炎の……」
そんな感じで、しばらくニドからナイフの説明を受ける。
最終的に購入したのは、氷と水と炎、それに雷のナイフ。炎のナイフはめちゃくちゃ安かった。銀貨50枚。在庫処分の名は伊達じゃない。
買ったナイフを鞄に仕舞い込み、俺はニドに礼を言って店を後にした。
さて、ホトゥルナの買い物は終わったかな?
一晩寝て考えた結果、更新速度落としたら一生完結しないと気が付きました。書き溜めして時間作ります。
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