Eランク!
「タナカさん。出来ましたよ」
クエストボードのある大きな広間に戻って待っていた俺は、カリーナに呼ばれてカウンターへと向かった。
「俺のランク、どうなった?」
「……」
俺が聞くと、カリーナは少しだけ目を伏せた。なんだ?
「その、あまりお伝えしにくいんですが……」
カリーナはすっと一枚のカードを差し出した。手に取ってみれば、硬いゴムのような手触りで、しかし石のような質感を持っていて、とても不思議な感覚がした。
カードには俺の名前の他に、その横に小さく『E』と刻印されていた。他にも正式な冒険者と認めるとか、保証人の名前とか書いてある。
ウリダラ・チェレスタ。あの人、そんな名前だったのか。Sランク冒険者と言っていたから、何か困ったことがあったら最終手段にこれを見せよう。虎の威を借りる狐に間違いないから、本当に最終手段だが。
「『E』……。これが俺のランクか」
確か、一番下のランクだった気がする。まあ妥当だろう。
「ええ」
「一番下のランクだけど、別にクエストは受けられるんだろ?」
成り上がろうって訳じゃない。その日その日の食事代くらいが稼げればいいのだ。あと宿代か。それなら、低いランクでも何の問題もない。
はずなのだが、カリーナは顔を曇らせる。
「……それが、その。ほとんどのクエストはDランクからなんです」
「ん? なんでだ? Eランクが一番多いのに、どうしてほとんどのクエストがDなんだ?」
「いえ、Eランクは、Sランクに次いで数が少ないんです。一番多いのは、もう一つ上のDランク。ほとんどの人はDランクで、自然と、ここが最低ラインになってることが多いんです」
「そうなの?」
「はい。Eランクは、実力がなかったり、怪我の後遺症を負ったり、高齢になってしまった冒険者に引退を促すためのランクなんです」
「最後通告的な?」
追い出し部屋みたいなシステムしてるな。考えたやつ絶対性格悪いぞ。自主退職じゃないと退職金がかさむとかそういう事情か?
「ええ」
つまり俺は最初からクライマックス。崖っぷちからのスタートという訳か。なんなら半分くらい落ちかけてるけど。
「で、でも安心してください。功績が認められたら昇格することもできますし、素材の売買は可能です」
「昇格ってどうすればいいんだ?」
「半年に一回、昇格試験が実施されます。そこで既定の課題をこなすことができれば、上のランクに昇格できます」
「次の昇格試験は?」
「ちょうど一週間前に昇格試験が終わったんです。半年後ですね」
「つまり?」
「タナカさんは半年Eランク確定です」
思わずその場で頭を抱える。どうしてこうなった。
「が、頑張ってください。宿については、冒険者向けの宿屋がそこらに溢れています。防具や武器も、売ってますし、服の代金は振り込んでおきましたから、あれがあれば、しばらくは生活できるはずです」
最初はあれだけ冷たかったカリーナの目が、とても優しい。そこまでか。俺はそんなにやばいのか。
「疲労耐性があれば、食事も要りません。なんなら、宿に行かなくたっていいですよ」
「そう……ですね……」
別に、金を稼ぎたいとか、強くなりたいとか、そんな願いは一つも持っていない。あったかい布団と、おいしい食事が食べられればそれでいいのに……。
最悪、半年仙人じみた生活を送ることになるぞ……。
「振り込んでおいたって、どこで引き出せるんだ? 銀行?」
「ギルドの窓口か、ギルド系列の銀行であれば引き出せます。あ、向かって左の、黄色い布がかかっている所です」
見れば、カウンターに黄色い布がかかっている所がいくつかある。あそこが窓口なのだろう。
「ありがとう……。助かったよ。また、何か困ったことがあったら相談に来ていいかな? 頼れるの、カリーナしかいないんだ……」
「え、ええ。私で力になれることなら、力になります。いつでも来てください」
わぁ優しい。最初の冷徹さのかけらもない。俺のみじめさが、彼女の心を動かしたのだろう。もっと別のもので動かしたかったぞ。
申し訳なさそうな顔をしたカリーナに頭を下げて、俺は金を引き出すために窓口に向かう。
いくらか引き出しておいた方がいいだろう。何に必要になるかわからないし、替えの服を買いたい。
今俺は、カリーナに渡されたシャツとズボンを着ている。その下のことは聞かないでくれ。
広間の中ほどまで進んだところで、ふといくら引き出すべきなのかという疑問を覚えて立ち止まる。
金貨や銀貨の交換レートは分かった。だが、そもそも金貨や銀貨にどれくらいの価値があるんだ?
俺はクエストボードを見てみることにした。一番貼ってあるのが多いボードで、上に大きくDと書かれた看板が置いてある。これがDランク向けのクエストなのだろう。
この報酬を見ればどれくらいの物価なのかなんとなくわかるはずだ。
ええっと……。『ゴブリン退治:討伐の必要なし【銅貨7枚】』『スライム討伐:最低10体【銅貨15枚:10体以上討伐した場合は、5体につき銅貨一枚】』
安くない? これが普通なのか?
他のボードも見てみる。こっちはCランクのクエストだ。
『キラーアントの討伐補助。Aランク冒険者の支援【銀貨5枚】』『キュライソ海岸のダンジョン調査:ランク以上のモンスター出現の可能性あり【銀貨20枚】』
あれ? もしかしてカリーナって高給取り? 俺はとんでもない金額を手にしてしまったのでは?
なんとなく分かってきたけど、そのままBランクのクエストを覗いてみる。
『レッドワイバーンの討伐【銀貨35枚】』『クメンベリーの幽霊退治:B級霊体と、C級霊体多数【銀貨50枚】』
そのままAランク。Sランクの依頼は貼っていないらしい。1%もいないのだから当たり前か。
『キラーアントクイーンの討伐:Cランク冒険者の支援有り【銀貨80枚】』『ケンドバッグ古代遺跡の調査【銀貨90枚】』
とりあえず、金貨二枚はとんでもない大金だということが分かった。あと、カリーナはエリートな高給取りだ。たぶん。
大金を手に入れたというのはわかるが、何に使っていいのかも分からないせいで、喜びより、誰かに狙われるんじゃないかという不安のほうが勝る。
最初は、銀貨を10枚くらい引き出そう。それだけあれば、服と、数日分の宿代ぐらいにはなるはずだ。