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未来が視えるよ田中くん! 〜Eランク冒険者は、貰ったチートで平和に過ごしたい〜  作者: ____
第一章 Eランク冒険者は、貰ったチカラで平和に過ごしたい
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魔力が無い?

気分転換に書いたものを、書き終わった直後にあげてます。誤字や脱字があったら教えてください。

「おお……ウリダラさんだ……」

「あの人が、有名な……」

「さすがの出で立ちだ……」

 

 すれ違う人達が口々にウリダラの事を話している。彼らは皆、冒険者。鎧やローブを纏っていたり、腰に武器を提げていたり、他にも様々な外見の、明らかに只者では無い雰囲気を漂わせた人間たち。

 

 ある者は尊敬の眼差しを、ある者は嫉妬の眼差しを、ある者は羨望の眼差しを、胸を張って歩く青い肌のオーガに向けていた。


 あれ……? やっぱりウリダラってめちゃくちゃ凄い人なのでは?


 見た目からして強そうな、如何にも歴戦の戦士ですと言わんばかりの大男が、傷だらけの厳つい顔を朱に染めて、乙女の様に彼女を見つめている。

 

 絶対に何かがおかしい。あの目は普通の目じゃない。


「冒険者ギルドは、クエストを受けたり、スキルの確認をしたり、素材を売ったり、いろんな事が出来るんだ。だけどまずは、タナカにギルドライセンスがあるのか確認しないとな」 

「それはどこで出来るんだ?」


「こっちさ。あの窓口は、いっつも空いてるからな。順番待ちもしなくて良いぞ」

 

 通路を右に曲がると、吹き抜けの大きな部屋に出た。


 なんだここは……。

 

 まず感じるのは、その大きさ。高校の体育館くらいはあるだろうか。円形で、天井は高い。部屋の縁に、カウンターのような物がいくつも並んでいて、そこで緑の制服を着た職員らしき人達が作業をしている。


 床には複雑で美麗な模様があって、それは色とりどりの石を組み合わせて作られていた。


 綺麗だ……。


 部屋の真ん中に、巨大な球体が浮いている。半透明の、青いガラスのような物で構成されたそれは、支えもなしに宙に浮き、せわしなく回転している。


 球体の丁度真下に、黒板のような物が四枚、正方形になるように置かれていた。そこにはメモ用紙のようなものがいくつも張られていて、たくさんの冒険者が、その前で談笑したり、真剣に悩んだり、険悪な雰囲気で罵倒したりしている。


「あの真ん中にある巨大な球体は、全国の支部から情報を受け取る為の物。高純度の魔石で出来てて、とんでもない価値があるらしい。で、その下にあるのがクエストボード。一般向けのクエストは、あそこに張り出される。低級のモンスター討伐とか、素材収集とかだな」

「俺は、どこに行けば良いんだ?」


「俺たちが行くのは、あっち」


 ウリダラが指差したのは、部屋の東側にある人の並んでいないカウンター。



「こんにちは。ウリダラ様。お元気そうで何よりです」

 

 カウンターの向こう、椅子に座ってこっちを睨むのは、目つきの悪い、耳の尖った綺麗な女性。赤いフチの細い赤のメガネを掛けていて、髪は後ろに結んでいた。

 

「ようカリーナ。相変わらず愛想がないなぁ!」

「黙って下さい。無駄口を叩きに来たのなら、業務の妨害として報告しますよ」


「待て待て、今日はちゃんとした用事があって来たんだ。こいつのライセンスがあるか、確認して欲しい」

「……? 誰ですか? 見たこと無い服を着ていますが……」


「タナカだ。なんでも記憶喪失らしくて、俺が裏路地で拾ったんだ。で、面倒見きれないからあんたに押し付けに来た」

「あなたは人間を捨て猫か何かだと思ってるんですか? とうとう脳みそまで筋肉に侵食されて、人と動物の区別すらつかなくなったとは……」


「あんたがギルド職員じゃなかったら一発ぶん殴ってた所だよ。とりあえず、確認して欲しい。タナカは

俺の不意打ちを躱したんだよ。冒険者なら、間違いなく腕のある人間だ」

「ほう……。それはまた……。すぐに確認しましょう。あなた、フルネームは?」


 ウリダラがカリーナと呼んだエルフの女性が、その切れ長の目を俺に向けた。まるで実験動物を眺めるような、冷徹な視線。


 なんだ……? 異世界には俺に優しい人間は居ないのか? ……この人も人間じゃないみたいだけど。


「田中 朱夏です」

「タナカ……。アカナツ……。何処の国の言葉ですか? 初めて聞きましたが」


「カリーナ……! 記憶喪失って言っただろ? 覚えてないんだって」

「ふむ……。この私が未だに知らぬ文化がある……。興味深いですね。その服も、そんな形態の物は見たことありません。おもしろい……おもしろいですよ」


「いいからさっさと探してくれ。どうだ? 見つかりそうか?」


 カリーナは、小さなタイプライターのような物に何かを打ち込むと、その上部に付けられたモニター的な何かとにらめっこする。パソコンとは違うが、似たような道具なのだろうか。


「駄目ですね。該当者無しです。特徴的な名前ですし、ウリダラ様の攻撃を躱せるような実力者であれば、私が知らないはずがありません。おそらく、冒険者では無かったのでは?」

「う~ん……。駄目か。記憶が戻れば、手合わせ出来ると思うんだがなぁ……。まあ良い。それなら、タナカにライセンスを発行してくれ。こいつは間違いなく冒険者になれる。それは私が保証するさ」


「ウリダラ様が保証人になると?」

「ああ。構わないぜ」


「保証人……?」


 なんだその不穏な言葉は。


「ギルドライセンス発行には、本人の希望以外にも、その身分や実力を保証する第三者が必要になります。そうしなければ、出自もわからない危険人物や、実力の伴わない未熟な人間が冒険者になってしまう可能性がありますから」 

「あんたは気にするな。俺が好きでやってることだからな」


「さて、ライセンス発行は私が直接行いましょう」

「ん? 普段は部下に丸投げするのにか?」


「タナカ……。あなたに興味が湧きました。ウリダラ様の攻撃を躱す、どう見ても弱々しい実力者……。それに、ウリダラ様が直々に保証人になるなど、前代未聞です。私が責任を持って、彼のライセンスを作りましょう」


 弱々しいは余計だ。確かに、ウリダラの隣に立てばそう言いたくなるのも分かるが。

 これでも、高校三年間は水泳をやっていたし、浪人中もランニングは欠かさなかったんだぞ。


「それじゃ、任せたぜ。俺はそろそろクエストに行くよ」

「行ってしまうのか……。ありがとう。あんたのお陰で何とかなりそうだ」


 最初はあれだけ別れたかったのに、いざ別れるとなると少しだけ悲しい。少しだけだが。


「おう! 記憶が戻ったら、俺と手合わせしてくれよ? 愛想はないし、目つきは悪いし、なんなら口も悪いけど、カリーナは優秀な奴なんだ」

「余計なことしか言いませんね。黙って帰って下さい」


「ああ……怖い怖い」


 肩を竦めながら、ウリダラは振り返ることなくその場を後にした。


「それでは、向こうの通路で待っていて下さい。私は準備のついでに業務を押し付けてきます」

「押し付けるんだ……」


「なにか?」

「いいえ! 何もありません!」


 カリーナに睨まれて、俺は首を左右に振った。ウリダラとはまた違った恐ろしさだ。 



「カリーナは、人間じゃない……よな?」


 言われた場所でおとなしく待っていた俺は、その後何事もなくカリーナと合流した。彼女の後ろを付いていきながら、まず最初に聞いたのは、彼女の種族について。


「見れば分かるでしょう。……と言いたいところですけど、あなた、記憶が無いんでしたね。そうですよ。私は純血のエルフです」

「純血?」

 

 何でわざわざそんな事を言うんだ?  犬の血統書か?


「エルフは長命な種族。他の血が混ざっていれば、それだけ寿命も短くなります。見た目は同じ様なエルフでも、価値観が大きく異なることがあるのです」

「へぇ~。それで、カリーナは……」


 待て、流れで年齢を聞こうとしたが、良いのか?


「何でしょう」

「い、いや……。長寿って聞いたから、どれくらい生きるのかなぁ……なんて思って」


「千は優に超えます。と言っても、そこまで生きることは稀ですが」

「事故や病気は、やっぱりエルフでも無理?」


「ええ。ですから、命を優先に考える純血たちは、人里離れた場所で隠遁しています。そこで、死んでいるも同然な、退屈で平坦な一生を過ごすのです」


 同族に対して酷い言い様だ……。


「そこまで言わなくても良いんじゃないか……? 誰だって命は大切だろ」

「事実は事実です。新しい発見も出会いも無く、植物と戯れるだけの生活。私には耐えられませんね」


 冒険者ギルドで働くようなエルフから見れば、同族の姿はこう見えるのか………。平穏に暮らしたい俺にとっては理想的な場所なんだけど、紹介とかしてくれないかな。


「そのエルフたちって、どこに居るんだ? 会ってみたいんだが」

「世界樹の下です。……彼ら、部外者は同族であっても受け入れませんから、人間が普通に近寄ったら、魔法と矢で蜂の巣にされますよ」


「ひえっ…………」


 なんでそんなに物騒なんだ。命大事にって、自分のだけか。


「無駄話はここまでです。さ、ランク査定を始めましょうか」

「ランク査定?」


「冒険者というのは、その実力に応じて六つのランク、SランクからEランクまでに分類されます。このランクに応じて、受けられるクエストも変わります」

「ほう。その査定はそんなに時間がかかるのか?」


「本当なら一分も掛かりません。私の独断で、勝手に詳しく調べるだけです」

「え?」


「ウリダラ様の不意打ちを躱したのでしょう? その貧弱な身体で。これは調べるしかありません」

「…………そういうのって、普通隠して調べない?」


「何故隠す必要があるんです? あなたに拒否権は無いです」


 わぁ……。強引だぁ……。お腹切られて中身見られたりしないと良いなぁ……。遠い目でそんな事を考えていた俺だったが、ふと思っていた事を聞いてみる。


「なあ、ウリダラって凄い人なのか? 様付けだったり、他の冒険者の注目を集めてたりしたけど」

「Sランク冒険者ですからね。それはそうなります」


「Sランク冒険者って、どれくらい凄いの?」

「全冒険者の中で一%も居ない、正真正銘の化け物たちです。たった一人でS級のダンジョンを踏破したり、魔神や古龍と言った強大なモンスターを討伐したり。人の理の外に居ると言っても過言ではありません」


「へ、へぇ~」


 俺はなんて人に絡まれていたんだ。本当に、よく死ななかったな。


「だからこそ、あなたの事を詳しく調べるのです。新しいSランク冒険者が誕生となれば、国にも報告しなければなりませんし、号外を出す必要もあります」

「たかが冒険者にそこまですることか?」


「Sランク冒険者はそれだけの存在なんです。それでは、最初は身長と体重から測りましょうか」

「必要なのか?」


「もちろん。さ、そのよく分からない服を着替えて来て下さい」


 そう言って、カリーナは俺に薄手のシャツとズボンを渡してきた。軽くて着心地は良さそうだが、何故か薬品臭い。どこに保管してたんだこれ。


 

 それから一〇分くらい。俺は普通の身体測定を受けていた。身長と体重から始まって、座高、視力、聴力。匂いの嗅ぎ分けもやらされたし、体温も測られたし、口の中も見られた。


「ふむ……。これと言って目立った所はありませんね。一般的な人間の身体です……」

「なあ、これ本当に必要なのか? 魔法の力で時間短縮とか、出来てもおかしくないと思うんだけど」


「……。必要です」


 なんだ今の間は。


「もしかして、あんたが俺を調べたいだけじゃないのか?」

「黙って下さい。次はステータスとスキルの確認です」


 ステータス? なんだそのゲームみたいなシステムは。


「ステータスって、具体的には何なんだ?」

「生命力や体力や筋力、それに魔力や知力、運を数値化したものです」

 

「前四つは分かるが、知力と運ってなんだ。そんなもの分かるのか……?」

「知力は魔術や魔法、呪術や召喚術を使用するための精神力です。運は私もよく分かってません。このシステムの開発者が遊び心で導入したそうですが、割と正確だと評判ですよ」


 なんだそれ。良いのかそんなに雑で。


「スキルなんて無いけど……」

「ええ、後天的なスキルについては期待してません。それより、先天的な物についてです」


「んん……? スキルって資格みたいなものなんじゃないのか? なんで先天的な物があるんだ?」

「ウリダラ様がそう言ったんですか?」


「いや……俺なりに解釈したんだが……」

「少し間違いです。スキルとは、当人の持つ能力・技能・知識などです。つまり、生まれつき体が強いとか、目が良いとか、そう言う物もスキルの一つなのです」


「へぇ〜。思ってたよりざっくりした括りなんだな」

「ギルドが冒険者管理の為に考えたシステムが一般化した物ですから。それでは、これに触れて下さい」


 カリーナが指さしたのは、複雑な紋様が刻まれた水晶玉みたいなもの。


「丁寧に触ってくださいね。それ一つで、金貨五十枚はするんです」

「わ、わかった」


 イマイチぴんと来ないが、とりあえず壊したら不味いことだけは分かる。俺はそっと、壊れ物に触れるようにして水晶に触れる。


 触れた部分が光り輝いて、空中に文字が映し出された。


 生命力:C 【48】

 体力 :D 【32】

 筋力 :D 【36】

 知力 :C 【44】

 魔力 :E 【0】

 運  :B 【72】


『疲労耐性レベル5』『不明』



「魔力ゼロ……? ゼロ……!?」


 叫ぶカリーナの隣で、俺は自分のステータスを眺めて納得していた。

 魔力が無いのも、運がやけに高いのも、自分の今までを思い出せば合点がいく。知力がそこそこ高いのが気になるが、受験生を長く続けた成果だろうか。

 

「この下に書いてある『不明』と『疲労耐性レベル5』って奴がスキルか?」


「疲労耐性レベル5? レベル5……⁉」


 再び絶叫するカリーナ。何だ何だ。ここはお化け屋敷か何かか。俺のステータスとスキルはそんなに地獄絵図なのか。


「そんなに不味いのか……?」

「ぎゃ、逆です……。レベル5は、理論上の最高値です……。冒険者ギルドの歴史の中で、こんなレベルの物を持っていたのは一人しか居ません……」


「どうなるんだ? 疲れにくいとか?」

「そんな物じゃありません……。疲れないんです。レベル4ですら、半年以上、不眠不休で活動できるんです……。かつて同じものを持っていた冒険者は、食事も睡眠も必要とせず、死ぬまで休むと言うことをしなかったそうです……」


「へぇ……。凄いんだなぁ……」


 イマイチ実感が沸かないが、それは便利なものだ。確かに、今のところ疲れと言うものを感じていない。

 

 なんでそんな物が……と考えて、そこでふと思いついた。


 もしかしてあの神様、俺がどこに転移するか分かってなかったんじゃないか……? あんな街中に出たのが奇跡で、運が悪けりゃ海の上とか、人の居ない山の中とか、そういう事すらあり得たんじゃ……


 そう考えれば、疲れないなんて能力を渡した理由も分かる。人里まで不眠不休で歩いて向かえと言うことだ。


 言語能力をぽんと渡してきた神様だ。疲れない体を作ることくらい朝飯前ということなのだろう。胡散臭さは未だに払拭できないが。

 

「こっちの『不明』って奴は?」

「……該当するスキルが無いんです。ごく稀にあり得る現象ですが……とりあえず、あなたの体に何か特別な能力があるんです」


「へぇ……」


 たぶん未来が見える力の事だろう。別に隠す必要も無いが、この力は俺の生命線だ。なるべく人に教えるべきじゃない。ここは黙ってやり過ごそう。


「本人も気が付かない微妙な物である場合が殆ですから、気にしないで下さい。それより問題は疲労耐性です。一体なんでそんなスキルが……」

「記憶がないんだ。さっぱりわからない」


 必殺、記憶喪失。たぶんこれで誤魔化せる。めちゃくちゃ便利だなこれ。


「ウリダラ様の言う通り、あなたは只者では無いようですね……。気を取り直して、魔力を測定しましょうか」

「ん? 魔力はもう測っただろ? ゼロって書いてあったぞ」


「魔力がゼロなんてあり得ません。機器の故障か、あなたの魔力が多すぎてオーバーフローしている可能性があります。もっと大容量の測定器を使います」


 たぶん結果は変わらないぞ。だって魔力なんてないもん。


 あの神様は、この世界に干渉できなくなったと言っていた。つまりあっちの世界で事前に体を作ったか、プログラム的な何かを用意しておいたのだろう。


 ならば魔力がなくてもおかしくない。むしろなんで魔力があるんだって話になる。


「こんどはこっちに触ってください」


 カリーナが別の部屋から持ってきたのは、半透明の板。ガラスの様に見えるが、中で小さな光の粉が舞っているから、きっと特別な何かなのだろう。


「魔力測定器です。言葉の通り、体内の魔力量を測定します。触れたものの魔力量に応じて、中の光が強くなります」

「へぇ~。若干光ってるのは?」


「空気中の魔力に反応しているんです。生体魔力に反応するように調節されてますが、それでも少しは反応が出てしまうのです」

「空気にも魔力が含まれてるのか」


 そんなことを言いながら、俺は無造作にその板に触れた。

 

 ……。


 何も起こらない。まあそうだろうな。 


「おかしいですね。故障ですか……? ちょっと退いて下さい」


 俺が手を離すと、かわりにカリーナが板に触れた。その途端、光の粒が溢れ出て、板が真っ白に光り輝く。


「おお~。凄い……」

「故障じゃない……? タナカ、もう一度触れて下さい」


「分かった」


 ぺとり。 冷たい板の感触が掌に伝わってくる。が、何も起こらない。


「そんな……。魔力が無い?」

 

 カリーナが目を見開いて、俺と板とを交互に見やる。

 うん。わかってたよ。


「何か不味いのか?」

「不味いも何も……ありえません……。普通に生活していれば、多かれ少なかれ魔力を体に宿す物なんです……」


「へぇ……。そうなんだな」

「なんでそんなに平然としていられるんですか!? 魔力が無いんですよ!?」


「えっと……、それの何が問題なんだ?」

「……ああ……そうでしたね。あなた、記憶喪失なんでした……。良いですか、魔力がなければ、魔法も魔術も使えないんです」


「え? そうなの? なんで?」

「魔法や魔術は、周囲に満ちる魔力に、自分の魔力を反応させて発動するんです。言わば、種火です。あなたには、その種火になるはずの魔力すら無いんです」


「そりゃ大変だな。どうやって魔力を得れば良いんだ?」

「どうやってって……魔力の許容量は生まれたときにおおよそ決まって、五年もしないうちに固定されます……。その年齢では、もう……」


「つまり俺は一生魔法は使えないってことか?」

「はい」


 なんと。せっかく異世界に来たのに、魔術も魔法も使えないのか……。


「そうか。それは残念だ」

「残念って……記憶が無いとこんなに反応が薄いんですか……。調子が狂いますね……」


「魔法が使えないからって、死ぬわけじゃないんだろ?」

「それはそうですが……。こうなると、冒険者ランクも必然的に低くなります」


「そうなの? すごいスキルがあるんじゃないのか?」

「そうですが……疲労耐性単体ではあまり評価は芳しくありません。いくら疲れなくても、モンスターに襲われたら殺されますから」


「それもそうか」


 疲れないからと言って、戦闘で格段の有利を得られるという訳じゃない。疲れない分長期戦は有利だが、そもそもの能力がなければ、あっという間に殺されてしまう。


「それなら、俺のランクはどうなるんだ?」

「数値を入力してみないとわかりません。ただ、期待しないでください。魔法も使えず、身体能力は並み。……本当にウリダラ様の攻撃を躱したんですか?」


「あ、ああ。それは間違いない。ただ、運がよかっただけなんじゃないかな」

「確かに、運はBでしたからね……」


 また一つ、運の信頼性が上がってしまうのか……。


「それでは、広間に戻っておいてください。ライセンスが出来たら、お呼びします」

「わかった。服はどうしたらいい?」


 俺が着ているのは借りたシャツとズボンだ。別にこれでも問題ないだろうが、あの服は俺の数少ない持ち物。返してほしい。


「……タナカさん」

「なんだ?」


 急にさん付けになったぞ。なんでだ。


「お金、ないんですよね?」

「あ、ああ……。目が覚めた時には何も持ってなかったからな」


「あの服。私が買い取りましょうか?」

「え? なんで?」


「見たこともない素材、デザイン。あれはとても興味深いものです。できれば持って帰って詳しく研究したい。どうですか? 悪い話ではないでしょう?」

「幾らだ?」


「金貨一枚」

「……それはどれくらいなんだ?」


「私の給料二か月分です」

「そんなにくれるの?」


「代わりに、あの服を調べた研究結果は私が個人的に利用します。それを承認していただけるなら」

「別にいいぞ。それで金が手に入るなら願ったりかなったりだ。何なら、今着てる下着も売るぞ?」


 着ているのはちょっと高めのヒートテックだ。たぶんこれが一番価値があるぞ。


「ほう。少し見せてください」

「ほら、いくらでも調べていいぞ」


 俺がシャツをまくって下着を見せると、カリーナはそれを興味深そうに調べる。


「初めての手触り……。材質は絹に似ているけど……違うようですね……。おもしろい……。銀貨五十枚で買います」

「銀貨の価値がわからん」


「銀貨百枚で金貨一枚です。ついでに、銅貨百枚で銀貨一枚」

「わかった。売ろう」


 まさかこんな形で金が手に入るとは。全裸で放り投げられなかったことに感謝だな。


 俺はそれで満足したのだが、カリーナはまだ俺のことを見ている。俺が不思議に思って首をひねると、彼女はさも当然という風に言った。


「下はどうなってるんです?」

「下?」


 そりゃパンツがある。これも前の世界のものだ。


「下」


 ちょっと待て。なんだその目は。カリーナは俺のズボンに手を掛ける。


「大丈夫です。あくまで学術的探究心です。さあ、見せてください」

「えっ? ちょっ……だめっ……あーーーーー!」


 どうなったかは、ここでは割愛しよう。

 

 ただ一つ、言わなければならないことがある。俺の所持金は金貨二枚になった。


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