買い物 (上)
昨日一日中降り続いていた雨は夜明け前に止み、今日は気持ちの良い青空が広がっている。
湿った道路は太陽の光を反射し、街灯についた水滴はキラキラと輝いていた。
俺とホトゥルナはイミシアイアの街を歩いている。昨日出来なかった買い物を済ませてしまうつもりだ。ダンジョンへ行くのに必要な物資を調達し、出来れば明日にでも出発したいというのが、ホトゥルナの考えらしい。
「で、何が必要なんだっけ?」
俺は隣にいるホトゥルナに尋ねた。
「色々必要です。とりあえず転移石は確定。寝袋かテントも欲しいですし、明日すぐに出発するなら食料も買っておきたいですね」
「マジックバッグに入れておけば物は腐らないらしいからな」
だから物価が訳わからないことになってるんだろうね。腐らないってとんでもないことだよ。
「そうですね! そう言えばマジックバッグがあるんでした! いくらでも物が詰め放題! 素敵ですね!」
「マジックバッグが無いパーティーは、どうやって物を運んでいたんだ?」
「必要最低限の荷物を持って、残りは現地調達です。食料とか、燃料とか。さすがに薬とかは持っていきましたけどね」
「へぇ……。それなら、着替えとかもできそうに無いな」
「浄化の粉があるから、着替えは出来なくても困りませんよ」
「浄化の粉?」
「振りかけた場所の汚れを落としてくれる不思議な粉です」
「どんな仕組みなんだ……」
魔力って凄いね。もう訳わからないよ。
「さぁ……。原理も原材料も製造方法も全部秘密ですから」
「誰が作ってるんだ? 冒険者ギルド?」
「有名な魔道具師です。名前は忘れましたけど。道具屋に売ってるでしょうから、ついでに買ってしまいましょう」
「そうだな。……なあ、ホトゥルナ。そういえば、ダンジョンに行くってなるとどれくらいの日時が必要なんだ? 一日二日じゃないよな?」
「ん~。場所にもよりますけど、移動だけで一日掛かる様な場所もありますから、もうちょっとかかると思います。一番近いダンジョンでも4時間位かかりますから」
「街の近くには無いのか……」
「あるにはありますけど、貴重な素材もモンスターも、全部取りつくされてますよ」
「そういうことか……」
それもそうだな。
「ダンジョンって、徒歩で移動するのか?」
「いえ。移動には馬車を使います。歩いて移動なんてしていたら、それこそ一週間とかかかりますよ?」
「馬車で4時間って、結構かかるんだな……」
「馬車駅に行って、そこからは徒歩ですから、もうちょっとかかります。まあ、一時間も歩けばつくと思いますよ」
遠いなおい! まあ、貴重なものが取れるとなると、それくらい人里離れていないと駄目なのだろう。
「最初は転移石を買いましょう。とりあえず、これが一番高いですからね!」
「おう。道具屋に売ってるのか?」
「そうです。冒険者用の道具屋だったら、だいたいどこでも置いてます。馬車駅で買ってもいいんですけど、少し高いんですよね」
パーキングの飯が高いみたいなことか。どの世界でも考えることは一緒なんだな……。
「ここで買いましょう」
着いたのは、冒険者ギルドがある通りの大きな道具屋。『アイテムショップ・サルサル』と看板が出ている。一度来たことがある店だ。
「いらっしゃいませ~。冒険者の方ですか~?」
以前来た時とは違う店員が出てきた。一等地に建っている店は、店員もたくさんいるのかな?
「ダンジョンに行く予定なんですけど、転移石ってありますか?」
「ありますよ~。二階のダンジョン用品のコーナーにどうぞ~」
ダンジョン用品……。耳慣れない言葉だなぁ……。これから慣れていくことになるのだろうけどね。
「ありがとうございまーす。行きましょう、タナカ」
ホトゥルナと共に二階へ。どこからか、つんとした刺激臭。奥に調合場と掛札のかかった扉があった。あそこで薬を作っているらしい。
その扉の前、『ダンジョン用品』と書かれた棚。
「ありましたよ。これですこれ。これが転移石です」
「思ってたより大きいな……」
透き通った正方形の、ガラスとも水晶とも違う何か。その中心に、小さな光球が揺らめいている。
「転移石は中身の光ってるやつです。あ、割らないでくださいね。割ったら転移しちゃいますから」
「割って使うのか」
「そういうことです。魔力がなくても使えますよ!」
わぁ素敵。ありがたいな。
「これが幾らだっけ?」
値札を見る。
『転移石:銀貨2枚と銅貨50枚』
聞いてはいたけど、高いな。
「二人で出すと、銀貨1枚と銅貨25枚ですね。銅貨あります?」
「あるぞ。……薬とかもここで見ていかないか? せっかく道具屋に来たんだから、まとめて見ていったほうがいいだろ」
「そうですね。そうしましょうか」
解毒薬に回復薬。それに、浄化の粉。ロープやら魔力で光をともすランプやら。そんな物をいろいろ買って、結局銀貨3枚と銅貨が80枚くらい無くなった。
「ありがとうございました~。またどうぞ~!」
店員に見送られ、おおきな紙袋を持って道具屋を後にする。
「結構そろいましたねぇ。テントも寝袋もないって言われるとは思いませんでしたけど」
「ホトゥルナが昔使っていたテントとかは無いのか?」
「ありますけど、二人は入れませんよ? 交代交代で休むなら一つでも良いですけど……」
「いや。俺は要らんぞ? 寝ないからな」
正しくは、寝られない。だけどね。
「寝ない?」
「ほら、疲れないんだよ。体も頭も。だから、睡眠の必要がないんだ。おかげで眠気もない」
「え……? 昨日の夜は何してたんですか?」
「筋トレしてたぞ。部屋で」
「ずっと?」
「ずっと」
冷静に考えたら凄いことやってるな。
「その割には筋肉少ないですよ……?」
「始めたの、つい最近だからな」
足の筋肉はちょっとだけ増えてる気がするんだ。気のせいかもしれないから、まだ何とも言えないけどね。
「私とあったとき……あの、私の部屋にいたあの時は寝てませんでしたか?」
「あれは失神してたんだ。寝てはないぞ」
思えば、意識をなくしたのはあの時だけだな。
「ほぇ……」
ホトゥルナは、絶句して口を閉じてしまった。
「というわけで、ホトゥルナのテントがあるならテントを買いに行く必要はないぞ」
「……わ、わかりました。本当に要らないんですか?」
「ああ」
「ということは、交代交代で見張りをしなくてもいいってことですか……?」
「ホトゥルナが寝てる間、モンスターが来ないか見てればいいのか?」
「そうです。……モンスター避けの魔術がかかってる休憩所ならそれも必要ないですけど、休憩所ってそんなに多くないですからね。モンスターが普通にいるところだと、誰かが見張りしなきゃいけないんです」
「まあ、それくらいならやるさ。どうせ暇だからな」
「わぁい! ということは朝までゆっくり寝ていいってことですか!?」
「モンスターが来たら起こすぞ?」
「それ以外は起きなくていいんですよね?」
「そうだな」
「やったぁ! ありがとうございます!」
手をたたいて喜ぶホトゥルナ。
ホトゥルナが寝ている間は筋トレでもするか……。
「他には何が必要なんだ?」
「後は食料です。ダンジョンの中では料理出来ませんし、においが強い食べ物はモンスターを呼ぶので、なるべくにおいのしない、そのまま食べられる食べ物を買っていきましょう」
「食料品はこっちですよ!」と歩き出したホトゥルナの後ろをついていく。
「そうなるとなんだ? いまいちピンと来ないぞ?」
「干し肉とかパンとか……。あとは……とりあえず水と……。まあ、適当に買ってマジックバッグに入れときましょう! どうせ腐らないですから、ダンジョンで使わなくてもいつか使いますよ!」
適当だな……。まあ良いけどね。
「調理用の鍋とか、そういうやつは私が使ってるやつがあるから大丈夫です!」
「鍋? そのまま食べられるものを買っていくなら、必要なくないか?」
「休憩所は普通に料理してもモンスターが来ないから、料理はできるんです! ダンジョンの中でも、温かい物食べたいじゃないですか!」
「料理できるのか……?」
「タナカはできないんですか?」
「人並みには出来るぞ」
親が仕事で遅くなるから、兄弟で食事を作ってたんだ。人並みといいつつ、そこそこ自身がある。
「よかった! 私は全然できないんです! 料理は任せましたよ!」
「できねぇのかよ……」
できそうな言い方だったじゃん!
「そういうの、教えてもらったことないんです」
そういえば、母親と早くに死別したといっていたな。すっかり忘れていた。
この話題は危険だ。さっさと切り上げよう。
「……そうか。わかった。俺がやるよ」
「へへ! ありがとうございます! タナカの料理、楽しみにしてますよ!」
笑顔を浮かべ、ヴァンパイア混じりの弓使いは俺に振りかえる。陽光が濡れた道路に反射して、神秘的な光となって彼女を照らしていた。




