ランニング!
観光回
ポケットに部屋の鍵と銀貨を一枚を突っ込んで、俺は街を走っていた。
何か目的がある訳じゃない。体力に限界はあるのか? という、単純な好奇心だ。全力疾走し続けても良いのだが、それだとあまりに目立ってしまう。明らかに不審者だ。なので、少し早いくらいのスピードでランニングをすることにしたのだ。
街の景色を見て回りたいというのもある。俺が知っているのは、街の一区画でしか無いのだ。
長く過ごすことになるかもしれないこの街。知っておいて得することはあっても、損することは無い。
今、俺がいるのは民家らしき建物が立ち並ぶ道。テトル通りに行くために曲がった角を、反対側に進んでみたのだ。
店が無い為か人は多くない。たまにすれ違う程度で、俺の事を気に留めている様子も無い。思う存分走り回れる。
せっかくなので詳しく見ていこう。
この通りの建物は、どれも明るい茶色の三角屋根をしている。屋根の材質はおそらくレンガ。壁は白い漆喰で塗装されていて、窓枠や柱は暗い色の木材で出来ている。
窓の下側には物を置けるような板が取り付けられていて、そこに、住人が思い思いの小物を置いていた。
あっちの家は花の咲いた植木鉢を置いているし、あっちの家はカエルの置物を置いている。住んでいる人の好みが分かって面白いぞ。
民家に混じって、たまに大きなアパートのような建物も見える。やはりこの世界にも、分譲住宅とか、借家という物はあるみたいだ。
クエストが受けられるようになって、安定した収入を手にできるようになったら、部屋を借りるというのも良いかもしれない。まあ、今の所ベッドで寝ることはないから、部屋じゃなくて倉庫とかでも良い気ような気がするけれど。
そんな感じの通りを十数分ほど進んでいけば、大きな公園に着いた。
前の世界でよく見た、砂場や滑り台などの遊具と、気持ち程度の緑がある小さな公園ではない。
大きい。とりあえず大きい。大きさは学校のグラウンドやスタジアムぐらいはあると思う。一面に芝が引かれ、青々とした木々と色とりどりの花が繁茂し、その合間を縫うようにして清水が溝を流れていた。
公園を突っ切るように走る。右手側に噴水が見え、その周りに置かれたベンチの上で猫が大きくあくびをしていた。
そういえば、もう随分とあくびをしていないな。したい訳じゃないんだけどね。
疲れない。というのが、身体だけじゃなく脳もなのは何故だろう。あの神様がそんな細かいことを考えているとは思えないけど、もしかしたら意味があるのかもしれない。
八割五分、適当にやっていると思うが。
小鳥のさえずり。水の流れる音。芝を踏む足音。心地よく響くその音につられて、自然と足が早くなる。もう三十分近く走っている気がするけど、一向に息が切れない。凄いなこの身体。
公園の向こうは川になっていて、対岸に渡るための橋が遠くに見えた。橋を目指して走りながら、対岸を眺める。高台が階段状に連続していて、山を切り崩して造設された団地のような印象を覚える。だけれどそれは、前の世界で見た団地とは比べ物にならないほどの規模で、巨大な壁のようにも見えた。
そんな壁の向こう。おとぎ話の中に出てくるような大きなお城が見えた。青い屋根に白い壁。中央には四階建てはあるんじゃないかと言う建物。あそこが本館かな? その周囲に、円錐の屋根を持った、鉛筆の様な形の塔がいくつも建っている。
確かこの国の名前はタリアータ『王国』だった。あの城に住むのはこの国を治める王で、あれがこの国の中心部なのだろう。
ここまで来たんだ。せっかくなら城を近くで見ていこう。
石造りの橋を渡り対岸に渡ると、がらっと街の雰囲気が変わる。どこか懐かしい、やさしい印象を受ける町並みは無くなり、きらびやかで、大人びた建物たちが並んでいた。道を行く人々も上質な服を着ているし、走る馬車も大きい。道はきちんと歩道と車道で分けられていて、等間隔に街灯があった。
夜になるとまた景色が変わりそうだな。
時間があれば、日没後にここを訪れても良いかもしれない。
どうやらこの辺りに並ぶ建物は、服や装飾品を扱う店らしい。冒険者ギルド前に並んだ店とは違って、呼び込みや大きすぎる看板は無い。ショーウィンドウに並んだ品も見るからに高そうで、値札を見れば金貨が十枚とか、二十枚とか、桁を間違えているんじゃないかと疑ってしまうような物ばかりだ。
やはりこの世界、金持ちと平民の格差が凄いみたいだ。前の世界よりも遥かに酷い気がする。
すれ違う人々が、俺の事を不思議そうにちらちらと見てくる。場所に似合わぬ格好で、そこそこの速さで走り続けているのだから目立っても仕方ないが、あまりいい気持ちはしない。
人の少ない路地を選んで、俺は更に走っていく。
おっと……。ここは娼館が並ぶ場所らしい。適当に走っていたら迷い込んでしまった。真っ昼間ということもあって、どの娼館も開いていない。
娼館街の建物はどれもゴテゴテと過剰な程に装飾がされていて、個人的にはあまり好みではない。あと、前の世界と同じように、『そういうの』を示す色はピンクみたいだ。この通り、全体的にピンクが多い。
俺が世話になることはないだろうし、たぶん怖い人とかいっぱいいるから、なるべく近寄らないようにしよう。
さて、娼館街を抜ければ、城は間近に迫っている。しかし、行く手を壁に阻まれてしまった。城の周囲を、背の高い、立派な壁が囲っているのだ。これ以上は近寄れない。
俺は足を止め、聳え立つ城を見上げた。
城は、遠くで見たときよりも壮大で荘厳で、陽光を浴びて輝いていた。白い城壁には汚れは無く、金色の窓枠の向こうにはカーテンが見えた。
長い歴史がありそうな建物だな……。
今まで見てきたどの建物よりも、この城は長い年月を経てきたように見える。それは柱の小さなひび割れや、削れて丸くなった角、壁に伸びる緑の蔓などが原因だろう。
古いが、丁寧に手入れされているようで、酷い痛みや劣化はない。
やはり、この城に王様がいるのだろう。
きっと話すことも無いだろうけど、遠目に一目見てみたいな。こんなに発展している国の王とは、一体どんな人なのだろう。
あれかな。金の王冠とか被ってるのかな。
さて、どうでもいいことを考えるのはこの辺りで終わろう。結局、三時間ぐらいぶっ通しで走って来たが、全く疲れがない。汗はかいているし、喉も乾いているが、足はまだまだ動くし、だるさや痛みも感じない。
本当に疲れないのか? ようし、このまま、宿まで戻ってみよう。
俺は変わらぬ足取りで、来た道を戻る。
同じぐらいのスピードで走れば、日が暮れるまでには帰れるはずだ。宿で夕食を貰って、もう一度シャワーを浴びよう。ソーディの奥さんや子供にも挨拶をしておきたい。




