異世界転移
俺の名前は田中 朱夏。
大学受験に失敗して浪人中の十九歳。何の変哲もない、どこにでもいる日本男児。
生まれた家も平凡。父親は会社員。母親は教師。兄と姉が一人ずつ。俺は一番末っ子で、そして一番出来が悪い。
父と母の期待を背負って、兄貴や姉貴の背中を追って、某名門大学に進学しようと背伸びをしたけど届かず、だけれど志望を変えるのはプライドが許さない。
そんなちっぽけな自尊心を知ってか知らずか、家族は皆、俺の事を応援してくれる。それが更に俺の心を苛んで、いっそのこと消えてしまいたいなんて思わせるのだ。
消えたいだなんて思っていても、実際に、自分から命を絶つ程に気を病んでいた訳じゃない。息が詰まる様な閉塞感を感じながら、何てこと無い日常がずっと続くのだろうと理解していた。
受験勉強は大変だけど、自分の選んだ道。頑張らなくちゃいけない。応援に応えなくてはならない。思えば思うほど苦しくなるけど、人生に不満は無かった。
今日は朝から気分が良かった。
寝起きが凄く良かったし、ニュースの占いは一位。
何となく、新しい参考書を買いに行こうと思い立って、近所の商店街に足を運んだんだ。そうしたら、商店街のふくびきで一等賞を引いて、その帰り道で虹を見た。
なんていい日なんだ。今日はツイてる。宝くじを買ったら当たるかもしれない。こんなに心が晴れやかなのは、久しぶりだな……。
そんな風に思っていた時であった。
ぽん。ぽん。
目の前で、サッカーボールが転がって、車道を横切り、がさり。と、茂みに入った。それを追いかけて、躊躇いもなく車道へ飛び出す男の子。
道を突っ切ろうとする彼を目掛け、大きなトラックが走ってくる。フロントガラス越しに、運転手が目を見開いているのが見えた。車は急には止まれない。きっとブレーキは間に合わない。
……ッ!
思考するより先に、足が動いた。縁石を超えて、車道に躍り出る。
時間が緩やかに、一秒が永遠に。世界から音が消え、地面を蹴る足の感覚が、やけに鮮明に感じ取れた。
男の子と目が合う。
腕を伸ばして、彼の肩を掴んだ。
服の下、年端も行かぬ少年特有のしなやかな肉の感触。勢いそのままぐるりと回って、少年と位置を入れ替える。
困惑する少年。その向こうに歩道が見えた。両の手で、力いっぱい、めいいっぱい、ありったけの力を込めて、少年をそちらに突き飛ばす。
怪我するかもしれないけど、許してくれよ。
そんな風に思いながら、それでも彼は助かっただろうなんて安心して、そこでようやく、俺は自分に迫る鉄の塊に気がついた。
あ、マズい……。
後悔する暇も、走馬灯を見る暇も無く、俺の意識はぷつりと途切れた。
「……?」
目を覚ましたら、そこは不思議な空間だった。
一面の白。足元はタンポポの綿毛の様な、うさぎのしっぽの様な、丸っこい白い毛の塊に埋め尽くされている。踏み込めば、柔らかで確かな反発。地平線の彼方まで、それがずっと続いている。
天井は無い。白いだけの空が、空と呼んで良いのかも分からない何かが、延々と広がっていた。
「やあやあ! 君は運がいいね!」
どこからともなく声がした。前から聞こえて来るようで、しかし後ろからと言われたらそんな気もして、左右どちらか分からない。
ぼふん! と、目の前の地面が爆発した。中から何かが飛び出して、毛の塊が宙を舞う。
中から飛び出してきたのは、若い男だった。年齢はよくわからない。白いローブを着ていて、中性的な見た目をしていた。
白かった。髪も、肌も、目も、爪も、舌も、一切合切白かった。シミも汚れも何もない、純粋無垢なピュアホワイトで、その男は構成されていた。
「こんにちは!」
男は俺を見て、気味の悪い笑みを浮かべる。中途半端に瞼を閉じて、微妙に眼球を覗かせていた。黒目まで白いせいで、白目を剥いているようだ。
「こ、こんにちは」
「おや? 緊張しているのかな? リラックスリラックス! 笑顔が大切だよ!」
「ここは……夢の中か……? 俺は頭がおかしくなったのか?」
受験勉強の疲れから、全身白づくめの男の夢を見始めたのだとしたら、相当にキテる。しばらく勉強は控えて、頭と心の治療に専念するべきかもしれない。
「残念。君の頭はガードレールにぶつかって、潰れたトマトみたいにぐちゃぐちゃだよ。物理的におかしくなったのは間違いないけどね」
そんな風に言う男は、意地の悪い笑みを浮かべていた。
「頭が……ぐちゃぐちゃ? どういうことだ?」
「あっちゃ~! 自覚が無いのかな? 君は死んだのさ。男の子を庇ってトラックに撥ねられて、頭の中身を道端にぶち撒けて死んだのさ。実感が沸かないなら、実際の光景を見せてあげよう。えーい!」
男がくるりと腕をまわすと、空中に映像が現れた。ぱっとその場でテレビが点いたかのようで、本当はそれに驚かなくてはいけないのだろうけど、俺は映った光景に釘付けになっていた。
アスファルトに引かれた白線が、真っ赤に染まっている。地面に、薄ピンクの何かが散らばっている。少し煤けたガードレールに、毛と肉片がこびり付いている。
道路の端、人の群れに囲まれて倒れているのは、見覚えのある服を着た、見覚えのある男。頭の半分が潰れていて、眼球がこぼれ落ちて、右腕は肩からありえない方向にねじ曲がって、肘から白い骨が見えていた。
一目瞭然に、どうしようもなく、何の疑いも無く、その男は死んでいる。あんな状態で生きている人間なんて、この世に存在しないだろう。
道路に倒れる人だったモノは、俺が気に入っているパーカーと、少し年季の入ったジーンズと、昨日おろしたての新品のスニーカーを履いていた。
その男は、紛れもなく俺だった。俺は同じ格好をして映像を見ていたし、十九年間付き合ってきた身体だ。見間違えるはずもない。
「俺は……死んだのか……?」
頭が動かない。目の前の光景を否定したがっている。変な汗が全身から吹き出して、足がガクガクと震える。俺は堪えきれない吐き気を催して、その場に崩れ落ちた。
「ありゃ? さすがにショッキング過ぎた? いやあ、如何せん人間と話すのが久しぶりでさ。感覚が分からないんだよね」
「俺は死んだ……? 死んだなら……どうして俺はここに居る?」
ぐるぐると回る視界。声の震えが止められない。気持ち悪い。気持ち悪い。胃の中身をぶち撒けて、さっさと意識を手放してしまいたい。
「よく聞いてくれた。君がここにいるのは単純明快! 僕が呼んだからさ」
「呼んだ……? お前は何なんだ? 俺をどうするつもりなんだ!? ここは、地獄なのか……?」
「せめて天国って言ってくれない? こんなに素敵な世界なのに。だけど、自分が地獄に落ちるべき人間だって認識している所は、好感が持てるけどね。そういう謙虚な人間は大好きだよ」
「お前は何なんだよッ! 答えろッ! 答えてくれよッ!」
俺は男に掴みかかろうと腕を伸ばしたが、するりと躱され、無様に地面に突っ込んだ。地面が柔らかかったのがせめてもの救いだろう。
「落ち着けって。僕は神様さ。君たち人間の価値観で言えばね」
「かみ……さま……?」
「そう。神様。だけど君の思い浮かべる神様とは違うよ。僕は人間に救いなんて齎さないし、使命だって与えない。僕は君たちよりちょっとだけ上位の存在ってだけなんだ」
「……そんな神様が、俺に何の用なんだ。生き返らせてくれるとでも言うのかよ!」
「惜しいッ! 惜しいよ田中くん! 君には転移して貰いたいんだ。ここではない宇宙にね」
「ここではない……宇宙……? 転移? 何を言ってるんだ……?」
「最近、他の宇宙を観察していたら面白い所を見つけてさ。この宇宙とは違う物理法則に支配されているんだ。いやあ、ワクワクするだろう? ぜひ僕も行ってみたいんだけど、いきなり行くのはちょっと怖い。そこで僕は考えたんだ。誰か適当な人間に、先に行ってもらえば良いんじゃないかって!」
「……?」
「ああ、心配しないで。君の身体は、あっちの世界で再構築できるようにきちんと整えておくよ。魂だけの移動さ。もしかしたら耐えきれずに消滅するかもしれないけど、そうなったら運が無かったと思って諦めてくれ。まあ、認識することすら出来ないんだけどね」
あまりに突飛な言葉の羅列に、段々と俺の頭も冷静さを取り戻してきた。死体を見せつけられたのはショックだが、それよりもこの神と名乗る男の発言が意味不明すぎて、自然と我に返ってしまう。
状況を整理しよう。この白い男は神様で、俺を別の世界に飛ばそうとしている。
うん……。意味が分からない。
「待ってくれ。何が言いたいんだ? 宇宙? 転移? 最初から、順を追って説明してくれ」
「あ~。ごめんよ。つい楽しくなっちゃって。だけど落ち着いたみたいだね。結果オーライってやつ?」
落ち着いて聞いてみたら、無性に腹が立つ言い回しだな……。
「良いから早くしてくれ。まずお前は何なんだ」
「言っただろう? 君たち人間では届かぬ上位存在さ。便宜的に、人の言葉を借りて神と名乗っただけ。すっごい力を持ったすっごい人だと思ってよ」
説明が雑だな。
「それなら、そんな凄い人が俺に何の用だ」
「異世界に飛んで欲しい。魂だけ。簡潔だね。わかりやすい。驚いちゃうよ」
「異世界ってなんだ?」
「ここじゃない宇宙にある、ここじゃない世界さ。物理法則が異なっていて……魔法や魔術があるんだ。これを最初に言えば良かったね」
「魔法……? 魔術……? ゲームとかファンタジーに出てくる、あの……?」
「そう。そうさ。ちちんぷいぷい。アブラカタブラ! まあ、今のはイメージなんだけどね。何もない所から炎を出したり、空を飛んだり。そういう魔術や魔法がある世界。どうだい? ちょっとは気が向いてきたかな?」
「俺は本当に死んだのか?」
「あれ? まだ信じられていないのかい? それなら、もう一回あの映像を流そうか?」
「……いや。良い。なんでも無い」
そんな事をしなくても、あの光景は頭にこびり付いている。俺は死んだのだろう。何となく、それを確かな事実として受け止めている自分が居た。
「俺を……生き返らせてくれるのか?」
男はさっき、そんな事を言っていた。錯乱していてちゃんと聞いていなかったが、ニュアンスは同じはずだ。
「ああ。異世界でね」
蘇る事が出来るなら何でも良い。この男が何を考えているのか欠片も理解できないが、この男が只者で無いのは理解出来る。生き返らせてくれると言うのなら、これに乗らない手はない。
俺はまだ、死にたくないんだ。
……多少なり、消えてしまいたいなんて思ったことはあったが。
「そこに行って、俺は何をすれば良いんだ」
「……? 別に? 何も? 普通に生活してくれれば良いよ」
「どういうことだ。ならなんで、俺を異世界に飛ばすんだ」
「言ってなかったね。君には、僕の眼になって欲しいんだ。正確には、僕の眼を運ぶ乗り物にね」
「眼……?」
「そう。眼。外宇宙であっても、僕の眼は僕に映像を届けてくれるから。君に、異世界を見てもらいたいんだ。そうしたら、僕も色々と考える事が出来る。移住するべきか、とか、面白いものは無いか、とかね」
「俺が、あんたの目ン玉をもって歩けば良いのか?」
「いいや? もっと効率的な方法だよ?」
ニコリと微笑んで、男は自らの左目に親指を突っ込んだ。ぐちゅりと嫌な音が鳴って、血が流れる。涙のように頬を伝うそれも、やはり綺麗な白だった。
男は首を捻りながら親指を動かすと、コンタクトレンズを外すかの様に、眼球を掌の上に落とした。
「う~ん。さすがに少し調節しないと駄目だよなぁ……。ここをこうして、こう。それでもってこう。ええっと……色は何色が良いかな?」
「色……? 何の色だ?」
「七色に光るなんてどうかな! きっと綺麗だよ!」
「なんだ? 何の色だ? 普通にしてくれ! たぶん七色に光るのは間違いだ!」
七色に光るのは、冬場のイルミネーションだけで良い。
「ええ? 普通は面白みが無いよ……。そうだなぁ……。それなら、綺麗な朱にしてあげよう。さっき見た君の血は、とっても綺麗だったんだ。……これをこっち。こっちはそっち。あっちはどっち?」
男の言葉に、俺は思わず自らの死体を思い出して吐きそうになっていた。自分が脳みそをぶち撒けて死んでいる所なんて、思い出して気持ちのいい人間がいるはずがない。
「ようし。舌を噛まないように、しっかり歯を食いしばってね」
「は?」
振りかぶられた白い腕。男は左の瞼を閉じたまま、俺の顔面に向け、眼球が乗った掌を叩きつけた。ずどんという衝撃が頭を貫いて、俺は遠くに跳ね飛ばされる。
「わー! 飛んだねぇ!」
男が嬉しそうに声をあげていたと思ったら、その姿が掻き消える。
「ごめんごめん。力加減を間違えた」
気がつけば、先ほどと同じように、男がヘラヘラとした調子で立っていた。瞬間移動か高速移動か、瞬きをする間もなく、男は俺との距離を元に戻したのだ。神というのは間違いないのかもしれない。
「うん。いい感じだ。似合ってるよ。……ちょっと赤みが強すぎたかもしれないけど、まあ良いや」
「何をしたんだ……。うぅ……頭が痛い……」
ぐわんぐわんと揺れる頭を抑えて、俺は立ち上がる。殴られた顔に違和感は無いが、視界が左右に揺れて、二重になっていた。
「君に僕の眼をプレゼントしたんだ。ああ、僕のことは気にしなくて良いよ。すぐに治せるからね」
男が当たり前の様に左の瞼を開けると、そこにはきちんと眼球が嵌っていた。
「さあ、機能紹介と行こうか。僕の眼は凄いんだぞ! なんと、視力がとても良い! まあ、君の感覚にあわせて調節したから、ちょっと遠くまでよく見える程度だけどね」
なんだそれは。そこはそのままで良いんじゃないか。
「んん? もしかして、そのままで寄越せって思ってるね? そんな事したら、君の脳みそが視覚情報を受け止めきれずに焼ききれちゃうよ? これは僕なりの配慮なんだ。感謝してくれたまえ」
「知らねぇよ……」
「わぁ冷たい……。僕が短気な神様だったら、今頃君は存在情報ごと次元の彼方で消えているよ?」
「ありがとうございます。とても感謝しています」
男の言っていることはよくわからないが、何か途轍もなく恐ろしいことを言っていることだけは分かった。大人しく、礼を言っておくことにする。人間素直が一番だ。
「うむ。くるしゅうない」
一々腹が立つ言い回しをしてくるが、神様というのは皆こんなものなのだろうか。そんな事を考えたけれど、口に出すことはしない。大人しく、黙って、男の話を聞くことにする。
「ミクロな物まで見えるとか、透視能力とか、そういうのは全く無い! 君も、人間の内臓やら細菌やらを見て、気持ち悪くなりたくないだろう? 昔これでやらかした事があるからね。僕は学習するんだ」
「それはありがたい。……です」
一応丁寧な言葉遣いを選んでおく。今更遅すぎる気もするが。
「代わりに、未来視の力を授けてあげたよ」
「未来視? 未来が……見えるのか?」
「そう! 未来に何が起こるのか、君はその左目を通して知ることが出来るんだ! ただし、五秒だけね」
「……え?」
「また、もっと寄越せ、みたいな顔をする! 何度も言うけど、これは君が受け止めきれるぎりぎりの所なんだ。大人しく、これだけで我慢しなさい」
「でも……五秒で何が出来るって言うんだ」
「はぁ……全く、君は脳みそを物質世界に置いてきてしまったのかい? 五秒あれば、身を守る行動はいくらでも取れるだろ? もしも君にこの力があれば、トラックに轢かれて無残に死に晒すこともなかった」
「確かに……そうか……」
「ただ、向こうは何があるかわからない世界だからね。身体能力はこっちでいい感じに調節しておくよ。いくら未来が視えても、君がのろまだったら何も出来ないだろうから。視える未来が全部死の未来とか、嫌だろ?」
「ああ……。それは、勘弁してくれ……」
想像はつかないが、言葉だけでも嫌過ぎる。
「さあ、最後に使い方のレクチャーだ! 使い方は簡単。ちょっと左目に集中するだけ! やってごらん?」
言われるままに、俺は左目に意識を集中させた。一瞬視界にノイズが走って、頭の中に別の映像が流れる。
見えたのは、大きく腕を振りかぶり、笑顔で俺に殴り掛かる男の姿。それを見た瞬間に、俺は背後に飛び退こうとした。
再びノイズ。男が前蹴りを放ち、俺が股間を思い切り蹴られる光景。男はやはり満面の笑みを浮かべていた。
咄嗟に、俺は右に転がろうと体重を移動する。三度目のノイズ。男が満面の笑みで、俺を抱き起こしている。
これか……ッ! これが正解か……ッ!
男が腕を振り上げた瞬間、俺は右に転がった。男の腕が空を切り、俺は何の攻撃も受ける事無く、無事に地面に転がる事が出来た。
「ふむ。及第点だよ。どうやら使い方は何となく分かったようだね。君は未来の行動を、自分の手で取捨選択できるんだ。素晴らしい能力だと思わないか?」
男は満面の笑みで、俺に向かって腕を伸ばした。俺がそれを掴もうと手を伸ばした瞬間、頭の中に、宙を舞う自分の姿が映った。
「……ッ!?」
俺は思わず手を引いて、男の顔を睨みつけた。こいつは、俺を天高くに放り投げるつもりだったのだ。
全く油断ならない……。何となく未来を見ていなければ、今頃どんな目に遭っていたのだろう。
「お? 気がついたかい? それなら満点だ。うん。合格だよ。慣れてきたら、常に使っておくと良い。命って物は、簡単に無くなってしまうんだからね」
「ああ……。あんたのお陰で、何となく分かったよ」
俺がそう言うと、男はうんうんと頷いた。
「さすがは僕。教え方も上手いね! さて、それじゃそろそろ飛ぼうか!」
「待ってくれ!」
飛ぶ、と言うのは、恐らく異世界に飛ばされるということなのだろう。俺は、いくつかの不安があった。
「なんだい? いい流れだったじゃないか」
「異世界なんだろ!? 俺は言葉もわからないんだ!」
「ああ。心配しないで良いよ。そこは神様パワーでなんとかするから。肉体生成の時に、脳みそに直接言語能力をぶちこんであげるよ。前にこの異世界を覗いた時に、大体の言語は勉強したんだ」
「異世界を覗いた……? 何を言っているんだ? さっき言っていた事と矛盾してないか……?」
この男、俺の事を騙そうとしてない?
「前は覗けたんだけど、どうやら何かの気に触ったみたいでね……。たぶん同じ様な存在なんだろうけど、覗けないように細工されちゃったんだ。そうじゃなきゃ、わざわざこんな事しないよ」
つまり、覗きがバレたから今度は隠しカメラを仕込んだ人形を飛ばそうという訳か。この神様、思っていたより駄目なやつかもしれないぞ。本当に大丈夫なんだろうな。
「そう言えば……、何で俺なんだ?」
「え? 意味なんて無いよ? 偶然丁度いい所に落ちてた魂が君のだっただけで、別に誰でも良かったんだ。だから最初に言っただろ? 君は運がいいねって」
ああ……。確かに今日はツイていた……。
男は俺の顔を見て笑うと、そっとその手で俺の顔を覆った。
「さあ、ドキドキとワクワクの転移の時間だ! 失敗したらごめんね! もしも成功していたら、君は晴れて蘇る。君という存在を保ったまま、新たな世界で、新たな人生を送れる! 魅力的だろう!」
「なんでもいいッ! 本当に、本当に生き返るんだろうな!?」
俺の周りで、何かが轟々と音をたてて渦を巻く。身体がほんの少しの浮遊感の後に、真っ逆さまに落下を始めた。
「ああ! それは保証するよ! 僕はたまにしか嘘をつかないん__」
男の声が急速に遠くなって、最後には聞こえなくなった。
何が保証するだ。絶対にそんなこと無い。
俺はふざけるなと声を上げようとしたのだけど、全身を襲うあまりの衝撃にそれは叶わず、やがて意識を失った。