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高時が首  作者: チゲン
9/15

第9幕

 その日のうちに苦林にがばやし宿まで足を運んだ二人は、翌二十七日には越辺おっぺ川、笛吹峠と続けて越え、夜になる前には大蔵おおくら宿まで辿り着いた。

 そして二十八日の朝。

 眼前を都幾とき川が流れている。

 渡しをやとう。

 朝だというのに空は薄暗い。かすかに暗雲が垂れ込めている。

 雨が降らないうちに都幾川を渡りたかった。

 船頭は、薄いひげを蓄えた、三十半ばの口が軽そうな男だった。ときどき由茄に好色じみた視線を送っていたので、照隠はあまりいい印象を持たなかった。

 身の上をあれこれ訊いてこないだけましだったが、自分たちの日頃の生活や、季節折々の山川の様子などを、頼んでもいないのに延々と語ってくる。

 由茄は黙って聞いていたが、さすがに辟易へきえきしているようだった。

「鎌倉は、大変なことになってんだろうなあ」

 突然話題が変わり、照隠は顔を上げた。

 船頭は気付いていない。由茄の表情に微妙な変化が訪れたことに。

「新田の軍勢が、北条の奴らを蹴散らしたっていうじゃねえか。これでちっとは、ましな世のなかになってくれるといいがね。こっちは鎌倉の役人に、尻の毛まで引っこ抜かれてひいひい言っとったんだ」

「鎌倉のまつりごとは、そんなにひどいものだったのですか」

「ひでえもくそもあるか。特にあの北条高時とかいう野郎は、どうしようもねえ腐れ武士だったって話だ。俺だって本当は新田についてって、あいつらを叩っ殺してやりたかったぜ」

 そう言うと、船頭は鼻を鳴らした。

 地を揺るがすほどの轟音ごうおんが鳴り響いたのは、そのときだ。

 天地が震撼した。

「ひぃっ」

 船頭の口から、短い悲鳴があがった。

 照隠は舟上で立ち上がった。

 唸り声は、由茄の抱えた首桶のなかからだ。

「まさか、得宗家が目覚めたのか」

 由茄は青ざめた顔で、首桶を凝視していた。

「な、なんだよそりゃあ」

 船頭のおののきは、さらに起こった低い唸り声に掻き消される。

『憎しや新田、憎しや足利』

 首桶から凄まじい妖気が吹きだし、振動が起きた。

「ひえ……」

 船頭は、舟の後ろへ後退った。

 直後、舟が揺れた。

 船頭が動いたせいだろうか。まるで突然に川の水が隆起したようでもあった。

 舟はさらに大きく揺れた。

 由茄が、舟底に手を突いた。

 その瞬間、ついに舟が横転した。

「あっ!」

 三人が川に投げだされた。

 照隠は、咄嗟とっさに舟べりに掴まった。

「由茄!」

 水面に顔を出すと、声を張り上げる。幸い、由茄も船頭も転覆てんぷくした舟のへりにしがみついていた。

 そのとき由茄の腕のなかから、首桶がするりと擦り抜けた。

「ああっ」

 手を伸ばすが届かない。

 首桶は彼女の目の前を、折りからの急な流れに乗って、川下へ流されていった。

「殿」

 由茄が、ためらうことなく、へりから手を離した。

「いかん」

 照隠は手を伸ばした。

 だが川の流れは速く、由茄の姿はみるみるうちに流されていく。

 照隠もまた、躊躇ちゅうちょなく舟べりから手を離した。

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