第5幕
白黒い雲が広がっている。
灰色ではない。白い雲と黒味がかった雲が混在しているのだ。
入曽宿を越えた辺りから、人の死骸は減っていた。
だが時折、風に乗って草の間から死臭が漂ってくる。武蔵野の丈の高い草が、こんなときはありがたく思えてくる。
稀に照隠でさえ目を背けたくなるような無残な骸を見付けても、由茄は平然としていた。
「得宗家は自刃したと言うておったが」
道は台地の上を行く。勾配はさほどきつくないが、風が強い。
所々、馬や人によって草が踏み荒らされている。その付近では決まって誰か死んでいる。
照隠は何気なく訊いた。もしかしたら、彼女は幕府滅亡をその目で見た、ただ一人の生き証人なのかもしれないのだ。
すぐに返事はなかった。
背後を振り返る。由茄は俯いたまま歩いている。
「まだ、三日しか経っておらんのだったな」
己が不明を恥じた。
主を失った悲しみを乗り越えるには、些か時が足らない。
そして現在、彼女はその愛しい主の怨霊に取り憑かれているのだ。その心中を思うと、胸が痛んだ。
「そなたは、己が身を鬼の化身と思うておるようだが」
背後で由茄が面差しを上げる気配がする。
「本当は、ただの娘子ではないのか」
「なぜ、そのようなことを言われます」
由茄の声は静かで穏やかだった。
霧のようだった。朝な夕なに生まれる霧のように、耳ではなく、肌で感じてしまう声なのだ。
「だいいち、初めにわたしのことを鬼だと申したのは、御坊ではありませんか」
「そうなのだが。今は、そなたは得宗家の怨念に捕らわれておるだけではないかと……そう思っておってな」
「まあ」
由茄は気を悪くするでもなく、まるでわがままを言う童を諭すように微笑み、
「わたしは身も心も、常に殿と共にあるのです」
さらりと言った。