82 全力でお相手する
――王都から私を追い出した人。
そう言われても、怖い顔して私を追いかけてきた実行犯は王都の住人だったし、陰から操っていたのはこの人なのだと教えられても、それで怒りの矛先がこの人に向くほど私は血に飢えていない。
「……最初に提案したのが僕だったというだけで、彼女の危険性はいずれ誰かが唱えていたはず。それが遅いか、早いかだ。僕の軽はずみな発言が漏れ、民衆を扇動する形になってしまったのは悪いと思ってはいるけどね」
……だけど、私と喧嘩したいというのなら相手になろう。
どこをどう見れば私が危険人物に映り、あまつさえ犯罪者扱いされる謂れがあったというのだ。
乗せられる方も乗せられる方である。
しかし実際に私が壁を壊して逃げてみせたことで、国外追放をいち早く進言した自分の判断は間違っていなかったとでも言いたいのだろう。
――――その結果、居場所を奪われた私について思うところは無いらしい。
舌戦を開始する。
ただし、実際に私は王都の壁を壊している。
どう取り繕うが、私に正義は存在しない。
それでも、私だけは私の味方なのである。
何も言い返せずうつむくほど、私は自分の生き方に後悔していない――――
「みんなが怖い顔して追いかけてきたから「それで何のようだ⁉︎ 本当に、ただ壁を見に来たわけでもあるまい!!」
……私の決意を邪魔したのはノーダムさんである。
抗議の目で睨むと、黙ってろとばかりに髪をぐしゃぐしゃに搔き乱された。
「もちろん、理由はそれだけではない…が、これでも僕は忙しいんだ。いつまでも彼女の存在に囚われる気はないよ」
「……どうだか⁉︎」
「その必死な様子じゃ、当たりかな? やはり居るのか、彼女がこの町に……?」
「だったらどうする⁉︎ また追いかけ回すとでも言うのか⁉︎ トテの気持ちも考えずに⁉︎」
「それなら、僕の意も汲んでよ。あんな危険人物が未だに行方知れずなんだ。いつまた国が傾くようなことをするか知れたものじゃない。……国を護るのが僕たちの役目だ。それを子供なんかに脅かされて、黙って見ているなんてこと出来るわけがないだろう?」
成り行きを見守っていたはずの視線が揺れる。
首領が安心しろとでも言うかのように頷くのが見えた。……座っている椅子が体形に合っていない。今度、作り直してあげる必要がありそうだ。
言い争うふたりの方は、渦中の人物であるはずの私なんか眼中に無いらしい。
私の気持ちが勝手に代弁され、際限なく並べられていくことに関心する。どうやら私は王都への復讐を企み暗躍しているようだ。シュピキュールさんは襲撃を恐れて夜も寝れぬ日々が続いているとのこと。お疲れ様である――――何の話をしているのか、相手が何を憂いているのか理解が追いつかない。
過大に盛り付けられた被害の痕跡だけで私を語られるのは、他人の自慢話を延々聞かされているような脱力感がある。
「……ルクスルにお土産を渡したいですし、私はもう行きますね?」
森に狩りに行きたいと首領に伝えるのはまた今度でもいいだろう。ただし、シュピキュールさんから身を隠すために森へ逃げたと勘違いされかねないので、伝え忘れがないようにしないといけない。……とんだ二度手間である。
「……そんなに睨まなくても、見掛けたら教えてあげますよ。そんな怖い人がもし本当に居たら…ですけどね」
噂とは似ても似つかない私には興味ないだろうと思い、返答も期待せず出て行こうとしたのに、シュピキュールさんから強い視線を感じたのでそう付け加える。
精々、ありもしない幻影を追い続ければいい。私を過大評価しているのはそちらだ。この被害妄想っぷりでは、私に辿り着くことなど不可能だろう。
むしろここで私がその探している人物なのだと名乗りを上げたら、恐怖から腰を抜かしてしまうのでは…とさえ思う――――ただし、噂よりも想定以上に弱そうで、疲れた顔をしていたのなら話は別のようだ。
簡単に組み伏せられると思い至ったのなら、一人の少女が痛みで泣き叫ぶことも厭わない。そんな形相で、シュピキュールさんが距離を詰めてくる。
だけど、残念。二歩目は無い。
既に両の足首は木材で固定させてもらっている。
材料はさっきまでシュピキュールさんが座っていただろう椅子である。両足で踏ん張って飛び跳ねでもしない限り、近づくことなど出来やしない。
……恐らく、私の顔を王都で聞き及んでいたのだろう。だとしても、本当に本人かどうかの確認も無しに問答無用は頂けない。身の危険を感じるほどなのだから、やり返されても文句はないはずだ。
そんな意気揚々と待ち構える私の強気な態度を見抜いのか、逃げ場を奪うようにシュピキュールさんは両腕を広げ…て――――!?
「――ひゃあ!?」
「おわッ!?」
想定外の最悪の事態が頭をよぎった私の覚悟は脆くも崩れ去り、足下で鳴る音と衝撃に身が竦み、心が――限界を迎えた――――
「……ぁ、る、ルクスル――!! 助けて――!!」
「トテの、叫び声が――――!!」
怒声が尾を引き、扉を蹴り開ける。返事を待たずに割り込んで来た存在に無作法だと咎める者はここにはいない。入室の許可なら、既に私が出している。
「ルクスル、助けてください!! この人が私に抱きつこうとしてきました!? 捕まえるつもりなら腕を掴むだけで済むはずなのに、何で全身で向かってきたのか訳が分かりません!!」
すがりついたルクスルの体温に安堵感を覚え、声に嗚咽が混じる。流れる涙を恥だとも思わない。それだけのことをされそうになったのだ。
「……誰? トテを泣かしたのは!?」
ルクスルを中心に殺気が展開される。その真っただ中にいる私にとっては頼もしさしか感じない。
「はい、私です! 申し訳ない! 可愛い妹さんを泣かせた私の名はシュピキュールと申します! ……あなたのお名前は、ルクスルさんでよろしいですか⁉︎」
「……なに、こいつ?」
足首を固定させたのは失敗だった。肘を使い、這ってすり寄って来る姿は嫌悪感すら覚える。
「お名前を…お名前をどうか、教えていただけないでしょうか⁉︎」
「……ルクスルですよ。あなたを殺す人の名です」
「黙ってろ‼︎ 僕は彼女の口から聞きたいんだ‼︎」
「怒鳴らないで、トテがまた泣いちゃうでしょ⁉︎ 泣かせていいのは私だけなんだからね⁉︎」
「黙ったら教えていただけるのでしょうか⁉︎」
「トテを泣かせた奴には名乗りません! 教えて欲しかったら、トテの許しを貰うことだね」
「どうか、どうか‼︎」
「ひぃ⁉︎ 気持ち悪いです‼︎」
足元に転がる成人男性が許しを乞う姿は恐怖以外のなにものでもない。
我慢出来ず、ルクスルの背中に隠れ視界を閉ざす。荒い吐息のような不可解な感触を頬に覚え、助けを求めて顔を上げるとルクスルの顔が間近にあった。
「……もう誰も信用できません」




