81 私の人生を変えた人
3話くらい前のあらすじ
「ゴン蔵に弟子ができたのだ」
壁の修理もいつかは終わる仕事であり、思いもよらない形であれ終わってしまったのなら次の仕事を探せばいい。壁の修理依頼だけにこだわらずとも、壁の位置を変えたおかげで広くなった土地をこれから開拓していくと思うから、仕事が無くて途方に暮れる暇なんてのも無いはずだ。
「そうだな、納得してくれるさ。なんせ、トテが頑張って説得するのだからな」
「あ、無理そうなので諦めます」
こんな大勢の前で、あなた達が数十年かけてやるはずだった仕事は私が一瞬で終わらせておきましたと宣言する勇気は無い。
名乗らずこっそりと直してしまえばとも思うけど、その場合は犯人探しが始まってしまうことだろう。そして、無表情を貫き通す自信は生憎と無い。
「それなら任せてしまえ。言ってみれば同業者であり仲間だ。頼ってしまうのも悪くはないと思うぞ」
「……でも、頼りきりなのも悪いというか、当事者として少しは手伝うべきかと思うんです」
……まあ、詭弁だ。
手伝いという名目で近くに居れば修理の過程も確認出来るし、隙をみて難しい箇所を進めてしまえば工事が滞ることもないだろう。
間接的であれ、私のせいで町が混乱しているというのなら、有難迷惑だと思われようが強引な手段を使うのもやぶさかではない――
「……首領に相談してみるか。トテが暴走しそうだから何か仕事を見繕ってやれと」
「それは告げ口というんですよ……?」
そんなことされたら、ますます私が動き辛くなってしまう。
「……つまり、本当に暴走しそうなのか?」
図星を突かれ、反論が一瞬遅れる。今更そんなことするわけないと笑い飛ばすには間が空きすぎた。
「……何で、こんな落ち着きのない子に育ってしまったのか?」
「ルクスルのせいですね。ルクスルならきっと自分には関係ないと放置してしまうので、私は頑張らないとと張り切ってしまうのですよ」
「ああ、……そうだな。ルクスルが悪い!」
「すいません、悪いのは私でした」
素直に謝ることにする。
しかし、如何せん空気は重い。
軽口で返したはいいけど、だからと言ってやらないとはっきり宣言した訳でもないから仕方ない。
「……トテにとって退屈は敵か?」
言い聞かせるように、ノーダムさんが言葉を続ける。
「良いじゃないか、のんびり町を眺めているのも。……ほら、見ろ。私なんか、座ってるだけで休んでないで働けと言わんばかりの熱い視線が飛んでくるんだぞ?」
自意識過剰などではなく、実際に見られている。……というか、頭を下げてから去っているので、恐らくノーダムさんを知っている人なのだろう。
顔が割れている程の有名人だと誇るべきか、それとも一挙手一投足を常に監視されてるような感覚を煩わしいと捉えるべきか――何にせよ、建築技術の高さを噂で聞き、師として崇める尊敬の眼差しだ。
「……仕事から離れて久しいし、昔みたいに身体も動かん。……声を掛けられた時に子供の引率で疲れていると断る為にも、壁のことなど忘れ隣で大人しくしててくれないか……?」
――
――……そこまで言われたら仕方がない。私は聞き訳が良い子で通っているのだ。
……ただし、頭をガシガシと撫でられ黙っているほど物分かりは良くない。鬱陶しいので懸命にその手を払いのけていると、おばちゃんが声を掛けるのを躊躇っているのが背後に見えた。
「……トテちゃん、はいこれ。ルクスルの分ね」
頼んだ覚えはないけど、持ち帰り用の袋に入った串焼きを反射的に受け取る。
「帰ったら渡してあげて?」
「……お土産を渡した時のルクスルの反応が末恐ろしいので全力で遠慮したいんですけど」
「大丈夫、すっごく喜んでくれるから」
「だからですよ!」
お土産を渡すということは私から仲直りしようと言うようなもので、どんな事態になってしまうか想像もつかない。
「……美味しく食べられてしまったら、おばちゃんのせいだって怨みますからね⁉︎」
串焼きに罪は無い。町に長居し冷ましてしまうのもあれなので急いで屋敷に帰ったら、笑顔のノーダムさんに有無を言わさず手を引かれた。何処に連れて行かれるのかと尋ねたら首領のところだそう。どうやら、私の信用度は地に落ちたらしい。
「大丈夫だ、それほど時間はかからんさ。それに、トテが思っているほど串焼きは冷めていないと思うぞ?」
そんな訳ないだろうと、ずっと小脇に抱えたままの串焼きの安否をおもんばかる。焼き立ての温かさは失われて久しく、私の体温と同じくらいの熱量しか持っていない。がっかりさせる気は無かったと弁明しても、聞き分けてくれるかどうか――――いっその事、買い直した方が良いだろうかと考えた時、天啓が舞い降りた。
……もしかしたら、お肉の在庫がこれで尽きた可能性がある。
買い直そうにも肝心のお肉が無ければどうしようもない。
そして、お肉の入荷が滞って困っているとおばちゃんは言っていた。
ならば、私が悩むべきはどう隠れて壁の修理をするかではなく、食糧事情の方ではないのか――――と、そこまで考えたところで、ノーダムさんがいきなり手を離したので転びそうになる。
「……何です?もしかして道に迷いましたか?」
「いや、……強引過ぎて怒らせたかと思って…な……?」
ノーダムさんがわざとらしく私から距離を取る。だがそれも、致し方ない。
「……私の殺気に当てられましたか。無理も無いです」
「どうした⁉︎ そんな直ぐにルクスルに会いたかったのか⁉︎」
「私がやるべきことを思い付いたのですよ。首領のところに行くんですよね? 要るのかわかりませんけど、せっかくですから首領に森に行く許可をもらっておきます。また泣いて逃げ込んだと思われたくはないですからね」
「……待て、何しに行くつもりだ?」
「え? 森で狼でも狩ってこようかと……?」
「……何でこんな血の気の多い子に育ってしまったんだ⁉︎」
「ルクスルの教育の賜物ですね。感謝しかありません」
壁の修理の手伝いが駄目だというのなら、食糧不足くらいは微力ながら力を貸そう。幼いから無力だと勘違いはしないで頂きたい。
「……うーむ、トテに無難な仕事を見繕い壁から遠ざけて――では無く……」
「なに、ぶつぶつ言ってるんですか」
辿り着いた先は首領の仕事部屋。だけど、恐らくここにはいないだろう。多分、いつものように食堂に居るはずだ。
しかし、部屋に入ったことはないので、ノーダムさんの後に興味本位で続く。
「……失礼するぞ。すまん、来客中だったか」
……慌てて、部屋の中からは見えないノーダムさんの背後に回り込む。
この位置なら黙って退席しても気付かれないだろうし、お話中のところを邪魔するのは悪い。こういう場合、構わないと言われてしまうのが常だ。相席され、無駄に時間を取られたくはない。
「……お前!?」
私に負けないくらいの怒気がノーダムさんから発せられた。何事かと件の相手の顔を確認しても私は見たことないし、記憶にも無い。
「……薄々感づいてはいたが、ノーダムのその反応を見れば明らかだな。激情に任せて手を出したりはするなよ。……足の二本は残してやらねえと、この俺を怒らせたと伝えに帰れねえからなあ」
……首領も中々物騒なことを言う。
それでも私が怯えておらず、二人の敵意を他人事のように感じてしまうのは、自分に向けられていないからに過ぎない。
「……誰です?」
だから、私が口に出せたのは一言だけ。変に詳しく聞こうとしたら、何も知らないのかとその怒りの目が私にも向けられるのを恐れてのことだ。
「……こいつはシュピキュール。壁を新しく建て替えることを耳にしたら、視察の為にわざわざこんな町まで進み具合を視察に来てくれたんだとよ。……王都からな」
重い口を開いてくれたのは首領。ノーダムさんは鋭い視線をこのシュピキュールさんから外そうとしない。
……王都から? それはご苦労様です――……えーと、つまり……?
「……トテを王都から追い出そうと提案した奴だ」




