78 真面に会話をしたい
「……遅かったな、トテ。ルクスルと仲直りはしたか?」
ノーダムさんと顔を合わせづらい。しかし、私の旗色が悪い理由はどうやら知られていたようなのだから思い切って助言を受けようと思う。
「……私の衣服の匂いが好きだと告白されてしまいました。奪い取ろうが、予備ならいくらでもあると舐めるように見つめられた場合はどうすればいいと思いますか……?」
「洗いたての服も良い匂いがするぞと言ってやれ」
「も、ってなんですか!? も、って!? まさかノーダムさん…ルクスルに気付かれず私の匂いを堪能してたんですか……!?」
「……言葉のあやだ。気になるのなら服くらい自分で洗え」
もちろん、帰ってからやる――では遅すぎる。
共同生活をしているのだ。
今日のように忙しくて洗濯物を放置してしまう日もあるだろう。ここに放置されると邪魔と、ルクスルが手に取ることもあるだろう。
それなのに触られるのは嫌だなんて、我儘というかお互いの関係に軋轢を生むような言葉を吐くわけにはいかない。
――――だからと言って、私の衣服を私以上に愛する理由はさっぱりわからないですけどね!
「……私の匂いなんか嗅いで、楽しいんでしょうか?」
直接本人に感想を聞くなんて空恐ろしいことが出来るはずもなく、詳細に語られでもしたら恥ずかしさで死ねる自信がある。
良い匂いだよ! ……なんて力説されようが、嫌な物は嫌なのである。
「トテもよくルクスルに抱きついているだろう。お返しにお日様の匂いがするって笑いかけてやれば自分の行いを恥じてくれるんじゃないか?」
「……ルクスル、血生臭いんですもん」
……嘘をつくのは私の心情に反する。
お仕事を頑張っている証と言えば聞こえはいいけど、ようは返り血を気にしていないだけだ。
一緒にお風呂も洗濯もしているけど、私に付き合ってくれているだけのような気がするし、ルクスル自身は自分がどう見られているのかを気にしていない。
「……じゃあ、はっきり言ってやれ、臭いって。ルクスルが臭いので、私は匂いを嗅いでも楽しくありませんって言ってやれ」
「ルクスルはそんなに臭くないですよ!? むしろ血生臭さの中に漂う違う匂いを探すのが最近のお気に入りです。ルクスルの仕事が掃除になったおかげで返り血を浴びなくなったから見つけやすくなったんです!」
森での主食はお肉だったので必然的に狩りをする機会は多かったし、冬場ということもあり、洗濯を全力でするには水温が冷たすぎた。
でも、春になり屋敷に帰ってからは、町で取り扱っている食材が主に使用されている。お肉は血抜き処理済みなので臭いを気にせず調理が出来る。何より、気が向いた時にお風呂に入れるのは大きすぎる。薪を用意して冬場に一からお風呂を沸かすのは、重労働なのだ。
「……嗅がれたくないのに、自分は率先して嗅ぎたいなど我儘だな」
「大っぴらにされるのが嫌なんですよ。さり気ない感じでしてもらう分には構わないんですけど……」
それこそ堪能してほしい。女の子なのだ。良い匂いがすると思われるのは単純に嬉しい。
「……おい、風呂上りの良い匂いがするトテ。門番が手を広げて通せんぼしているが、何かやましいことをした覚えはあるか?」
疑問を浮かべているノーダムさんの言う通り、門番さんが険しい目で睨んでくる。
「積み荷を見せろ!」
そんなこと言われても手ぶらだ。中々無茶な要求をしてくる。
「……相変わらず、暇なんですか?」
「そう見えるか!? わざわざ声を掛けたんだよ!? 忙しすぎて事務的な文言くらいしか言ってないんだ! ようこそ、観光ですか、仕事ですか――!? あ――!!」
「町に活気があるのは良いことじゃないですかって、無責任なこと言っても良いですか……?」
「申し訳ありません、詳しい話はこちらで聞きます。お手数はおかけしませんので!?」
「仕事を装っておしゃべりしたいだけじゃないんですか?」
「……ソウダヨ」
「……ちょっと、いいか。問題が無いのなら、早く私たちを通してくれないだろうか……?」
ノーダムさんの正論攻撃。無駄に時間を取られるのは遠慮したいらしい。
「……トテの母親か!?」
私たちの身長差で判断してくれたのだろうけど、残念ながら違う。ノーダムさんが誇らしげに肯定しているけど、断じて違う。
「……そう言えばルクスルはどうした? いや、皆まで言うな。母親が訪ねて来たってことはルクスルの所業を看過できなくて、トテを真っ当な道へ歩ませるために矯正しに来たんだろう……?」
「そうか、その手があったか。ルクスルの思考が理解出来なくて諦めかけていたが、トテならきっと私の話を聞いて考え直してくれることだろう」
「……ルクスルに言葉が通じないみたいな言い方はやめてもらえますか?」




