76 大浴場での憤慨
「最終」「章を」「開始」「しま」「す!!」
「ぅう、……赤くなっちゃってます」
昨夜、私の手料理をそれと認識せず食べ終えていたことにルクスルは悔しがり、美味しかったのだと自分に言い聞かせることも叶わず、虚無感で満たされた感情は何故か私に向けられた。
「……取れちゃうかと思いました」
私の胸のぽっちが――である。実際、吸うだけでは飽き足らず歯を立てられた時は今生の別れを覚悟した。
睡眠…というか、気絶から目覚めるやいなや無事なことを確認し、よだれまみれな現状を何とかしてあげるためにお風呂へ逃げ込んだのである。
「私のを吸い取れば、自分の胸も大きくなるとでも思ったんですか!?」
怒りに任せ、湯面をばしゃばしゃと叩く。
ぶつぶつ呟いていたと思ったらいきなり騒ぎ出した私に周囲の目が突き刺さるけど、一晩中もてあそばれた屈辱を簡単に静められたら苦労はしない。
「……もう少しお淑やかに入れないのか、トテは」
名指しで売られた喧嘩の出所を探すと、風呂場の戸口で呆れているノーダムさんを見つけた。私に説教する気ならば、それ相応の覚悟で挑めと睨む。
「自分が造った風呂なら自分のだとでも言い張るつもりかい? みんなに迷惑だろう。静かにしな」
うん、勝てそうにないし、そもそも騒いでいる私が悪い。
……しかし、私の機嫌が悪い事とは別問題なので、いつまでも脱衣所への扉を開けられていては外の冷気が入って来るとぼやいたところ、静かに閉められた扉から再び顔を覗かせたノーダムさんの姿は裸。前を隠す気も無いその豪胆な精神に敬意を払い、せめて背中くらいは洗ってあげるかと湯舟から出る。
「……胸、怪我したのか?」
「その認識で結構です。経緯はルクスルに聞いてください」
特に示し合わせずともノーダムさんは椅子に座り、私にその背中を晒す。私もそのつもりだったので文句を言わず、久しぶりにその肌に触れた。
「……弱い」
「ルクスルは泣いて喜んでくれますよ」
「……またルクスルか。あいつを前提に語るな。人の背中を洗う時は全力を込めろ。洗い残しがある方が失礼だ」
「……痛いって泣かないでくださいよ?」
両手を使い思いっきり擦る。それでも微動だにしない背中に負けてたまるかと体重をかけ、押すように洗う。
「……次はトテの番だな?」
にやりと笑うノーダムさんから不穏な空気を感じ、用は果たしたと一足先に浴槽に飛び込む。
冷えた身体が温まる感触は心地良く、些細な悩みも溶けていくかのような安心感を――――胸の一点がやけに熱い。お湯が傷口に染み、この痛みが誰につけられたかを嫌でも思い出す。
「……むくいをうけろ」
今は顔も見たくない。特に、痺れるような違和感が残る胸をさするのを目撃されたら、どれほど喜ばれてしまうか考えるだけで憂鬱になる。
起こしてあげずに出掛けた理由も、気持ちよさそうに眠っていたから声を掛けなかったとでも言えば私の優しさに感動して何も言い返せなくなるだろうし、ルクスルの気配が漂ったら私がお風呂の中に潜ってしまうのも、いつもの戯れと勘違いした代償だと思ってほしい。
「もしルクスルがここに来たら、私は居ないって言ってください」
身体を洗い終えたノーダムさんが私の隣に腰を下ろしたので、さらにもう一押しとその身体の陰に隠れ、入口から見えづらい位置へ移動する。
「……なんだ、ルクスルと喧嘩でもしたか?」
「好きだからいいよねって気絶するくらい愛されました。……これくらいで怒るなんてと呆れますか? ノーダムさんは私の味方ですよね……⁉︎」
「……あー、うん。……喧嘩は良くない…な……?」
「裏切られました⁉︎ ノーダムさんとは気絶仲間だと思ってたのに⁉︎」
湖面、水面――――湯面、だそうです??
水温に関係が……??




