74 土の味
「……許されたと思ってたんだが、やっぱりまだ気にしてたか……」
首領の話によると、子供が勘違いするから二度と父親を騙るなと釘を刺されることで、一度は事なきを得たらしい。
親子共々静かに過ごせる部屋も改めて用意し、驚かせる日を待ち侘びていたと……。
……しかし、待てども、シュアさんが屋敷へ戻る気配がない。
「……引っ越しの準備に手間取ってるだけかと思ったが、実はまだ怒ってるって言われるのが怖くて聞きにも行けなくてよ。だが、これではっきりしたな……」
自分がシュアさんを怒らせたせいで屋敷に帰らないのだと首領は思い詰めているようだけど、勘違いも甚だしい。
これは怒らせたことによる家出などではなく、単純にお嫁に行ったのだろう。
「……シュアさんが戻らない理由がわからないんですか?」
「わかってるよ!? 謝り足りないってことだろ!?」
「……何故か、首領が遠い存在のような気がしてきました」
「他の女連中にも言われたな、それ!?」
……待遇の改善やら、お給料とか、シュアさんが戻って来てくれそうな案を考えてみたけど、賛同してくれたのは一部の男性団員だけだったらしい。
「トテはどうしてだ、何で屋敷に戻って来てくれた……?」
「強いて言うなら、ルクスルが帰っても問題ないって言ってくれたからですかね」
……これで伝われと、私の理由を口にする。
そのルクスルはと言うと、とても冷めた目で首領を見ていた。私にも向けているのは、それ以上首領の相手をする必要はないと暗に伝えようとしているのだろう。
「……それなら、ルクスルにシュアへの伝言を頼むか」
「どこまで迷走してるんですか!?」
「……だが、女同士なら話しづらいことも聞き出せるかもしれないだろ?」
「聞き出せませんよ⁉︎ いえ、こんなのシュアさんの様子を見てくればすぐにわかります‼︎ 好きな人と住んでる今が幸せだから、屋敷に戻る気なんて欠片もないんです‼︎」
「……そんなの、ここででも一緒に暮らせるだろ?」
「ルクスル、後は任せてしまってもいいですか……?」
せっかくこれから自室でお菓子の品評会を開催するというのに、乙女心も理解できない首領の相手なんかしていたら私の味覚にも支障が出る。
「シュアさんは首領よりも旦那を選んだんです」
「……ルクスル、もう少し優しい言葉を掛けられないんですか?」
「無理だね。首領からは面倒臭い男の臭いがする。ずっと一緒にいたのにとか、死にそうな時も助け合ってきたじゃないかとか言われても――任務だから、傍に居ただけだよ」
「……仕事仲間は家族とも言いますけど……?」
「本物の家族になりたい相手に敵うわけがないじゃない」
……身に覚えがありすぎる。
「……首領の俺の方が頼りになるのに?」
「年の功で頼りにはなるけど、頼られていないよね……? それが好きな人との差だよ」
「……だから、帰って来ないと?」
「帰らないんじゃなくて、新しく帰る場所が出来たんだよ。その場所を一緒に作りたいと思ったのが首領じゃなかったってこと」
……旦那さんと一緒に暮らすからとシュアさんが一言伝えてくれれば首領の思考も明後日の方向に向くことはなかったんだと思うけど、喧嘩中だったらしいし相談は出来なかったのだろう。丁度良いから町に住み続けているだけで、首領が気に病む必要なんてどこにもなかったはずなのだ。
「……トテはシュアみたいに薄情じゃ無いよな? 俺のこと、頼りにしてくれてるよな……!?」
……そう言えば、私たちも首領に屋敷を出ると言っていなかった。
「トテは近いうちにこの屋敷から出るよ?」
「ルクスル!? お前がトテをそそのかしたんだな!?」
「すいません、私が先に誘いました」
「――――もう誰も信じねえぞ!?」
捨て台詞を吐いて逃げ出した首領の後ろ姿を申し訳なく思いながら見送る。まあ、いつ切り出そうか考えていたので、ここで伝えられたのは暁光だろう。
言葉にしたことで、私たちは本気で屋敷を出る気なのを再確認出来た。何より、ルクスルの口から聞けたのがすごく嬉しい。
夢を共有していても、お互いが目標に向かって行動するとは限らない。
首領が言っていたように、私たちは既に一緒の部屋で暮らしている。現状で満足する選択肢もきっと存在する。
それでも、今以上を求めるのは――――
「ただいまー」
「ルクスル、おかえりです。……屋敷の玄関は共同の場所なので、まだ帰って来たという感じではないんですよね。それなのにみんながおかえりって、私がルクスルに一番におかえりって言ってあげたいのに!」
これが、私が屋敷を出て行きたい理由だ。
こんな些細なことでも、ルクスルを独り占めしたいのだ。その為には、私たちだけの家がどうあっても必要だ。
「トテもおかえり。でも、ご飯の手伝いで食堂に行っちゃうのかな? ……それとも、外を歩いたから先にお風呂に入る?」
「何を言ってるんですか!? まずはお菓子を食べるに決まってるでしょう!? 何て言ったって、シュアさんの手作りお菓子なんですよ……!?」
大事なお菓子を地べたに放置するわけにはいかない。不注意で蹴り飛ばすような事故が起きないよう、超特急でテーブルを作成する。
「……袋を眺めているのにも理由があるのかな?」
「もちろんです! お菓子の色で味を想像しているんです。何から食べるかの指標になります」
「……取り敢えず、一個食べてみようか? 適当に選んじゃって…いいのかな……?」
ルクスルが私の静止の声を求めながらもお菓子の包みを開ける。適当と言ったけど、無意識に手に取ったお菓子の種類を忘れるわけにはいかない……!?
「……うん、味が濃いね」
「甘いと言ってください」
「ジャリジャリ感が舌に残るよ」
「サクサクしてると言ってくれませんか」
「……トテも食べてみてよ。私は飲み物の用意をするね」
「流し込む真似はご法度です」
……ルクスルとは違う種類のお菓子を手に取る。食感を楽しむ為にも、ルクスルのように丸ごとほうばったりせずかじりつく。
「……私、好きな人が出来ました」
「嫉妬!!」
「シュアさんは明日も私の為にお菓子を用意してくれてますかね」
「うわーん! トテが取られちゃったよ!? 今は私と居るんだから、他の女の名前は出さないで!?」
「大丈夫ですよ、ルクスル。お金を渡すことで私のお願いを聞いてもらうだけですから」
「爛れた関係⁉︎ トテはどうすれば私を見てくれるの!?」
「こっちも食べてみてください。甘さ控えめで、食感重視です」
甘みの中に微かな苦みがある。だけど、後味は悪くないし、シュアさんが試行錯誤した結果なのだろう。
「……携帯食料って奴だね。私だけ平然と食べてたから、みんなから一線を引かれた思い出の味だね」
「そんな嬉しくない感想はいりません」
「美味しいって答えられたのが、当時の唯一の優越感だったよ」
「……悲しすぎます。でも、今なら味がわかる大人って尊敬されると思いますよ」
ルクスルに必要なのは、当時の思い出の味の再現なのかもしれない。自分だけが美味しくいただけていたのなら、これは好きな味だったのだと思い込める。
その味を更に進化させてるのなら、誰もルクスルに文句は言えないだろう。だって、本当に美味しいのだから。
「……美味しいって言っても変に思われないのならいくらでも感想を言えるよ。このジャリジャリ感が懐かしい土の苦さを思い出させる」
「間違っても、シュアさんにそんなこと伝えないでくださいね!?」
夏はやることが多いですね。
八甲田登山に本州最北端旅行。
TVでストーブの宣伝が流れ始めましたから、満足に動けなくなる時期がもうすぐやって来てしまいます。




