73 拒絶
「お待たせ。これがトテちゃんの分ね」
「わーい! ありがとうございます」
感謝と共に可愛く袋詰めされたお菓子を受け取る。……はっきり言って今日中に食べてしまえそうな量だ。まさか明日も来る訳にはいかないので食べる量は良く考える必要がある。
「こっちがルクスルの分」
「いただきます。……トテは甘くないお菓子も好き?」
「もう私にくれる相談ですか? ルクスルもちゃんと味わって食べてください! それで、どれが美味しかったか言い合って、食べさせ合いっこしましょうよ!?」
「……食べさせ合いっこ⁉︎」
「嘘はつかないでくださいね!? ルクスルがこの中で一番好きなお菓子を教えてください」
食べ物の好みが特に無いのなら範囲を絞ってしまえばいい。そうやってルクスルの好みの傾向を図りながら、一緒にお菓子を買いに来る理由も作る算段である。
「私にも教えてね、何が美味しかったのか。この通り暇してるから、家でも出来る趣味として始めたんだけど、匂いがするじゃない? 甘い匂いが。……それでせっかくだからって売り始めたんだけど、なかなか好評でね。エルにもお母さんはお菓子作りが上手だねっていつか褒められたいから、みんなの意見は参考にしていきたいの」
「任せてください、全部美味しいに決まってますので」
「それが困るの! トテちゃんもルクスルに自分が作った料理のどれが一番美味しかったって聞いて、全部って答えられたら困るでしょ?」
「そうだよ、トテ。シュアさんを困らせてはいけません! ちなみに、私たちの夕食をどうするかはトテにお任せするから」
「どの口で言いますか⁉︎」
エルちゃんに別れを告げ、私たちは屋敷に帰ることにした。お菓子をどの種類から食べ始めるか悩みに悩む為にも何処かで落ち着いて検討したかったのだ。
「……どうだったかな、トテ。私の道案内っぷりは……?」
「最高でしたよ⁉︎ だけど、本番はこれからです! お菓子~、楽しみです!」
「はしゃいでる我が子が可愛すぎる!!」
苦痛だった屋敷への道のりも足取りが軽くなったような気さえする。これもお菓子のおかげだと全ての甘味に感謝していたところで、屋敷の門番さんから声が掛かる。
「……あれ、ルクスル。お前、外に出てたのか? 屋敷を出るのを見ていなかったから探してたティグルに中にいるだろって答えちまったぞ」
……そう言えば、ティグルに今日の仕事は休むと言わずに出掛けていたんだった。まあ、シュアさんに貰ったお菓子を少し渡せば機嫌も直るだろうと深くは考えないことにする。
「うん、トテと町に行ってた。……ティグルは諦めてくれてたかな?」
「……悪びれてないってことは確信犯だな。明日、謝っとけよ?」
「ということは、もう屋敷にはいないんだね」
「せっかく慕ってくれてるのに、そんな邪見に扱うな」
呆れながらも実は行方不明扱いされていたルクスルが無事に帰って来たことに門番さんは安堵し、改めてお帰りと言ってくれた。
「……明日は私も掃除を頑張ろうかな。私の願望に過ぎないと思ってたけど、私たちの家のことをトテも真剣に考えてくれてるみたいだしね」
「私はただ妄想を膨らませてるだけですよ、何か具体的に行動している訳ではありませんし……。でも、私も考えてるってことがルクスルに伝わったみたいなので、それは良かったです」
「……これは忙しくなりそうだね、トテが」
「いえ、実際は暇してるんですよ? 建築や家の修理を手伝うにしても首領から目立つなと言われてますし、私にも出来る他の仕事を見つけた方がいいんでしょうか……?」
「私が養ってあげるから、トテは無理しなくてもいいんだよ?」
「……まずいですね。攻守が逆転してきています」
私は雑務も人並みには出来るし、日々の生活に関して新しく覚えることは少ない。対して、不器用で何も出来なかったルクスルは、私の為だからと自分にも出来ることを貪欲に覚えようとしてくれている。
……だからと言って、私は何もしないという選択肢はない。取り敢えず、部屋で少し休んだら、日課になってきた夕食を手伝いに食堂へ向かうことにする。
「おっ、ルクスル。……ティグルが探してたぞ」
廊下の先から歩いてくる首領から本日二度目の情報が伝えられた。どうやら、ティグルがルクスルを探していたことは周知の事実らしい。
「俺らにとっちゃ、ルクスルは屋敷に居る方が珍しいんだから、あんまり後輩を泣かせるなよ?」
「泣いて探される方が迷惑なんですけど⁉︎ 私の優先事項はトテなんだから、ちょっと掃除に興味を持ったからって勝手に私の予定を決められるのは困る!」
「……それが仕事だろ?」
「仕事だったらお給料出るよね? ちょうだい? トテにお菓子買ってあげるの」
「……ルクスルは、まだ、半人前だから……」
「一人前になったらお給料出るの⁉︎ ……私が一人前になったってのは誰が判断してくれるの!?」
「……そういうのはシュアに丸投げしてある。今日は、休みだった…かな……?」
「屋敷にはもう住んでないんだよね⁉︎ だったら首領が認めてよ、私が一人前になったって!」
……シュアさんが屋敷を出たのは首領から聞いたとルクスルは言っていたけど、シュアさんが休みだとか、もしかしてはぐらかされてたりするのかな?
「首領、私たちさっきまでシュアさんに会ってましたよ?」
「……うん、そうだね。元気そうだったね」
ルクスルまで歯切れが悪い。
「エルちゃんも元気でした」
……考えすぎだとは思うけど、私たちの前では子供が産まれたシュアさんの話題を意図的に避けるような事態に陥られることだけは避けたい。もし、シュアさんがお菓子の新製品を作り始めた情報まで秘密にされたら、気分が沈んでいるルクスルのせいだと喧嘩の要因になってしまう。
「……そうか、会ってきちまったか」
「シュアさん、子供産まれてたんですね。いきなり知らされたので、お祝いの品も用意していませんでしたよ」
「……首領ったら、引越し先の場所しか教えてくれないんだもん。シュアさんにはお世話になったし、私も覚悟は出来たから、次は赤ちゃんを抱っこしていいか聞いてみるよ」
「……シュアの奴…何か言ってたか……?」
……特に…何も……?
私たちのことを想って気遣うような言葉は掛けられなかったし、掛けられるもそれはそれで嫌だ。私とルクスルがとても仲良しなのを愛があると言ってくれてたし、一時は私を信じてエルちゃんを預けもした。
「ルクスルにお菓子作りを強く勧めてましたよ。私たちを避けるような気も無さそうでした」
「……いや、そうじゃなくてな。……怒ってはいなかったか?」
「エルちゃんと楽しそうに笑ってましたよ。……あ、怒られましたね。私とエルちゃんの関係が友達ってのもまだ分かってくれなさそうでしたから、お姉ちゃんだと名乗ったら怒られました」
「……そっかぁ、まだ気にしてんのか」
……うん? もしかして……?
「……エルちゃんに勝手にお父さんだと名乗った馬鹿って、もしかして首領ですか……?」
……返答は無かった。
「……それなら、すっごく怒ってましたよ?」
「だって言いたくなるだろ⁉︎」
……どうやら、シュアさんの話題を避けたかったのは首領の方だったらしい。
赤ちゃん編も終わりそうですし、そろそろ本格的に最終章を視野に入れて話を進めなくては。
あと、クローズアップしなきゃいけないキャラは――――ノーダムさん二人と、町で会ったトテの昔の知り合いと領主とティグルと――――うわっ100人くらいいるな!?




