72 妥協案
「……シュアさん、好きな人いたんですか⁉︎」
「いるよ、結婚したよ、子供もできたよ。万々歳だよ」
話を聞くと、シュアさんは屋敷の部屋を引き払い、この家で旦那さんと仲良く3人で暮らしているとのことだ。
大人数で共同生活をしている屋敷のような特殊な環境で育てると、父親の顔を判別出来ずに赤ちゃんが混乱してしまうことがあるらしい。現に、父親は現在仕事中で留守にしている。その隙に子供をあやしているだけだと言い張り、勝手に父親を名乗る馬鹿が溢れてしまったので屋敷から出ることを決めたそうだ。
「ルクスルたちは屋敷に帰って来てるんだよね? みんな元気にしてた……?」
「はい、相変わらず。団員も増えたみたいで騒がしいですよ」
「……あの喧騒も楽しかったはずなんだけどね。エルが寝てるから静かにしてほしいってお願いを聞いてくれないから」
「本当に黙らせるのは大変でした。首領がああですから」
……ふたりが談笑している間に、私は再びの赤ちゃん観賞である。
「……コンニチハ」
赤ちゃんは知らない私の顔を見ても泣き出したりはせず、不思議そうに見つめ返してくる。会話もまだ出来ないそうなので、私から一方的に言葉の意味を教えるしかない。
「……お姉ちゃんですよ~ ♪」
「トテちゃんも、勝手に姉だと名乗るのは止めてねー。うちの子になるって言うのなら話は別だけど……?」
シュアさんは赤ちゃんを抱きかかえ、私から引き離すように自分の膝の上に座らせた。赤ちゃんはじっとしていたくはないらしく、シュアさんの手から逃げるように動き回る。
「……慣れてるから、そんなに目で追わなくてもいいよ? 危ないかもって、抱いてあげないのも良くないみたいだしね。トテちゃんもルクスルと手を繋いでないと寂しいでしょ」
「……何で、引き合いにルクスルの名前を出したんですか? それに、寂しくはないですよ。時と場所はちゃんと考えていますので」
「その時が来たら甘えちゃうんだ。本当に仲が良いんだね」
「……別に、普通ですよ」
「こんなこと言ってるけど、ルクスルとしてはどう感じてるのかな?」
「ふたりで暮らす為に私たちも屋敷を出ようと持ちかけられてるので、愛されてると言っても過言じゃないですね‼︎ ――って、そうじゃなく、今日は首領からここではある物が手に入るって聞いて訪ねたんですけど⁉︎」
……どうやら、ルクスルの用事は別にあったらしい。不穏な単語に、私が関わるべきではないと無関係を装う。
「……首領も案外おしゃべりなんだね。もちろん対価は頂くよ?」
「お金で解決出来るのなら構いません」
「……お菓子くらい、自分で作ればいいんじゃないかなー?」
――――遠回しな言い方は本当に止めてほしい。ルクスルが取引したいというのがお菓子だとするのならば、ここは私の出番だと首を突っ込むことにする。
「……私も、シュアさんが作ったお菓子が食べたいです!」
媚びる。思いっきり媚びる。
シュアさんの言う通り、自分で作ってしまえばこんな苦労もしなくて済むけど、お菓子作りとはこれ以上の重労働で何より自分の為に作る料理とは味気ないうえに物凄く面倒臭いのだ。
「トテちゃん、……意地悪なこと言っちゃうけど、ルクスルに作ってもらいなよ。その方がより一層愛を感じるでしょ……?」
「私の料理が絶望的って太鼓判を押したのはシュアさんですよ!? そのせいで、戦闘だけの役立たずって首領に告げられた恨みは忘れません!」
「……その恨みを糧に、料理の修行を開始したいとかは無かったのかな?」
「……無いですね。修行なんかしなくても、トテは文句も言わずに食べてくれますから」
「美味しい不味いとかじゃないんです!? ルクスルは食べたくなるような食材を取り扱ってください! トカゲはもう嫌なんです!」
得意料理だからといって、頑なに同じ食材を使用されるのはさすがに飽きる。
「……ルクスル、トテちゃんの為にもう一度頑張る覚悟はあるかな?」
「いえ、私はシュアさんのお菓子が食べたいんです!」
「……こんなこと言われちゃってるけど、いいのかな?」
「トテにはせめて、好きなお菓子くらい真面な物を食べさせてあげたいんです」
「変な物を作ってる自覚はあったんですね⁉︎」
……料理の修行を勧めてくるシュアさんも、ようやく私たちの食生活に納得してくれたようで、お菓子を取ってくると言い残し、席を離れた。ルクスルが修行を拒む理由はそんなにお菓子が好きではないからかもと、甘過ぎない物も用意してくれるらしい。
「エルちゃんもお菓子好きですよねー?」
――――子供ならお菓子が好き。
それならこの気持ちも分かってくれるはずだと同意を求める。
「……トテは…子供が好き…なのかな……?」
「好きですよ。無邪気なところが、とても好ましいです」
シュアさんに赤ちゃんを見ててねと言われ、柵が付いてるベッドに戻すのかと思いきや、置かれたのは何故か私の膝の上。間違っても怪我をさせる訳にはいかないと、暴れても大丈夫なよう両手で包み込むように抱く。
「……そう言えば、ルクスルの悩みって、シュアさんからお菓子を手に入れることだったんですね。もしかして私の為なのかなって自惚れてしまってもいいですか?」
「うん、トテの為。喜んでくれるかなって……?」
作戦は大成功なのに、ルクスルの眼は虚ろ。理由を察することは出来るけど、私から何か提案するつもりはない。
――――解決方法は…ある。
だけど、私たちの子供についてなんて、そんな夢物語を語りたくはない。何より、私が本当に自分の子供を求めているのかと問われれば、時期が早すぎて理解が追いついていないというのが現状だ。
「……ルクスルは子供、欲しいですか?」
「――――いらない!!」
「言い間違えました!! 子供は好きですか!?」
「……嫌い」
「そうですか。でも、エルちゃんに八つ当たりは止めてくださいね? この子に罪は無いんですから」
求めても手に入らないから妬む、そんなのは筋違いだ。
それならば、誰を恨めばいいかと言うと、私を恨んでくれていい。私も、ルクスルを恨むから。それで、お互いが恨み疲れた後に、改めてちゃんと話をしよう。
「トテが――」
「? ……何ですか?」
「……トテが赤ちゃんを抱いてるのを見るのは好き」
「私も、私のことで悩んでくれてるルクスルが好きですよ。……妥協案、考えておいてください。――妥協ですからね!? 私はルクスルと離れるつもりはこれっぽっちもありませんからッ!!」
「……大丈夫。決めた。トテを…私の子供として扱う!」
「現実逃避の最たる奴ですよ、それ!?」
……重い。
初期から書こうと考えてた題材だけど、シリアスを捨てた今となっては足枷でしかない!!
楽しい話の方が嬉しいよね!?




