7 決めた
話をしよう。
私にとっては、つい昨日の出来事だが、君たちにとってはたぶん、明日の出来事だ。
ルクスル目線になります。
この話をしないと先に進んじゃいけないような気がして……。
この国は終わってた。
そう気づいたのは、私が奪う食べ物も、奪うべき人間もいなくなってからだった。
国全体で作物が取れなくなったらしい。
王都の大通りの真ん中で、倒れていた私を拾ってくれたのは盗賊団の首領だった。
盗賊団でも食糧不足が深刻化して、王都に略奪しに来たそうだけど、ここでも似たような状況だったので人攫いに考えを変えたそうだ。
盗賊団のアジトに連れ去られた私たちに命じられたのは、食べ物を手に入れるための重労働だった。
「畑はこうやって耕すんだ、やってみろ! 国で作ってた作物は駄目になっちまったから、違う種類のやつをいろいろ植えてみる。俺はここをやるから、お前らはその隣をどんどんやっていけ!」
農作業はやったことは無い。慣れない仕事だ、精神にもくる。
ご飯は少量だが、三食でた。
「今の時期は水が冷たいから、めちゃくちゃ辛いぞ。川に入って魚を捕る。もし魚が捕れたら、そこの篭に入れろ。まず、俺がお手本を見せてやろう」
震える身体で、みんなで囲んだ焚火は暖かかった。
ご飯は少量だが、三食でた。
「獣だって死にたくはねえ。だから反撃を喰らって死んじまう仲間も出てくるかもしれねえ。仲間の死は無駄にはするな!」
一匹の獣相手に多勢に無勢でボコボコにした。森に入るのは初めてだったので、葉っぱで手を切って、血が滲んだ。
これが私たちの主食になる。
「ルクスル、お前は何もできねえなあ」
首領に呼び出されたので行ってみたら、言われたのは嫌味だった。
私はまだ小さいから、畑で鍬を持つことも、魚を捕ることもできなかった。馬の世話をしてた時期もあったけど、愛情がわかずに世話がおざなりになって、馬がかわいそうだと怒られた。
「お前は明日から、俺と山に入って獣を捕ってきてもらう。死ぬかもしれねえ仕事だ。覚悟はあるか」
覚悟なんてないが、やるしかないんだろう。人には得意不得意があるらしいが私には何もない。このままでは、ただ生きてるだけだ。
次の日、首領と山に入る。
近場では獣も取れにくくなってるそうで、いつもよりさらに奥の方へ進んだ。
途中で首領から刀を渡された。私でも持てるように刀身は短めだ。
「このぐらいなら振れるだろ」
武器を持ってると自分は強いと錯覚できた。
背中を向けて、前を歩いている首領も簡単に殺せる気がする。でも首領から奪えるのは命だけだ。そんなのは別にいらない。
「殺気がすげえんだが。……ルクスルお前もしかして、かなり使えるのか?……渡さない方がよかったか」
「……私から刀を奪う?」
「いや、山は危険だ。ちゃんと構えてろ、自分の身を守れ。俺からでも、何かからでも、死にそうって思っちまったら、迷わず殺せ。……ここはそういうとこだ」
今も死にそうだ。
もう、……囲まれてる。
狼の遠吠えが聞こえた。
「ルクスル、俺の後ろに居ろよ!」
私も死にたくはない。
殺気を首領じゃなくて、狼に向ける。
「おい、ルクスル! 飯が逃げるじゃねえか! お前は本当に何もできねえな!」
その巨体に似合わず、首領が一瞬で私の目の前から消えた。
担いできたのは狼一頭。
今日のご飯だ。
私は囮にもなれなかった。
「ルクスル、お前の戦闘訓練の時間を大幅に増やす」
「ひどい! 横暴ですよ!」
「やかましい! お前は自分の力と……見た目を自覚しろ!」
首領に拾われて数年が経った。
さすがに背は伸びたので、今なら畑仕事も馬の世話も、……ご飯にしか見えないけど、できるはず。
「お前もそろそろ年頃だから、無自覚でうろちょろされたらこっちが困る。ここは男ばっかだから、このままだと絶対にまずいことが起きる」
「たしかに、男の人に声をかけられることが増えました」
「……こいつって、決めたやつはいるのか?」
「いないですよ。うざいんで、最近は刃物をいつも持つようにはしてます」
見た目は手ぶらだが、服の下には刃物をいくつも隠し持ってる。
「せっかく、あの時から人数が増えて来たんだ。こんなことで殺し合いはさせたくない」
「……私、外に出ますか?」
王都で暮らしてたことはある。
「まだ駄目だ。お前は狩りしかできねえし、社会に溶け込むのは無理だ。……でもその練習するのがここしかねえんだよなあ」
獣を狩るのは得意になってきたし、みんなのご飯のために、私に狩りしかさせてくれない首領にも問題があるんじゃ。
「とりあえずはみんなと話せ。コミュニケーションを取れ」
「その結果がこれですよ。私、笑わない方がいいかな」
獣を狩る時は殺気を消すことを覚えたが、消し続けるのも疲れる。アジトでは力を抜くために笑うようにしていたが、それは逆効果だったようだ。
話が終わり、私は部屋を出る。
首領が伝えたかったのは戦闘訓練で獣を殺す技術を上げることで、殺さない加減を覚えろとのことだ。
首領は仲間が減るのを恐れている。
私が運よく生き残っただけで、仲間の死を何度も見てきたらしい。
仲間を減らしたくない気持ちは私も同じだ。そのために仲間を半殺しにする技術を磨くために森に入る。ついでにご飯も手に入れて、仲間のお腹も膨れて、私の好感度もアップだ。
森へ訓練へ行こうとすると、道中何度も声をかけられる。愛想笑いで誤魔化すが、その頻度は日に日に増えた。
ある日、仲間に強引に手を引っ張られてどこかへ連れ去られそうになった。離してって言ってもわかってもらえなかった。
もう、いいや。
刀の峰で相手の腹を強く打つ。
首領に話す気は無い。
黙ってここから居なくなろう。
お世話になりました。
森で暮らしてわかったことは、気を休める場所がないこと。
樹の上だろうが、火を焚いていようが、獣はどこにでもやってくる。休むために試行錯誤した結果、でかい蜘蛛が切断できる糸を使ってきたので、それを採取して自分の周りに張り巡らせてから休むようになった。
森の奥の方では、強さだけではなく搦め手を使ってくる奴らが多く、糸や毒、擬態など、少しの油断が死に繋がった。
その力を私は吸収していく。
そうしなければ生き残れない。
麻痺毒を腕に喰らってしまい片腕が使えなくなった時に、私もそれが欲しいとトカゲを追い回す時期があった。
トカゲが棘の射出体勢に入る。
見つかったかと思ったら、私とは違う方向。
棘が打ち出されたところを見ると、人間が転がっていくのが見えた。
あれは死んだ。
これからトカゲに食われる。
弱いのに、こんな森の奥に来るな。
そう思っていたのに、そいつが大木を切り倒した。
何の冗談かと思った。
こんなに小さいのに……。
死にたくないって泣いてるのに。
助けてってお願いしてくるその子は、とても臆病だ。
私が守ってあげないと、ここでは簡単に死んでしまう。
不安そうについてくる姿は、見た目以上に小さくて。
抱きついてくる体温はとても暖かくて。
私が捨てた物をこの子は持っていた。
決めるのに時間はかからなかった。
「ルクスルなんて大っ嫌い!」
私が上機嫌でご飯を食べていると、トテが叫びながら入ってきたので、すかさず抱きしめて撫でまわす。今日も柔らかい。
「トテ、トテ、もう一回言って?」
「大っ嫌い!!」
「膨れたほっぺが、かわいいよー」
「やだー!」
「お前ら、話し合ったんじゃないのか!?」
「話した結果、トテに押し倒されたので昨日もトテの身体を堪能しました!」
みんなにもこの意味がわかるように報告する。
「――――ルクスルが泣くから、仕方なく!」
「仕方なく何したんだっけ? 言って! みんなに言ってあげて!」
あうあう呻いてるトテの顔は真っ赤だ。
今日もやることがたくさんある気がするけど、もういいんじゃないかな。
「叫んだら疲れたよね? 私も我慢できないから、もう一度寝よっか?」
「トテには領主の屋敷を建ててもらうっていう仕事があるんだよ! ルクスルは飯を捕ってこい!」
「そうだ! トテに私たちの家を建ててもらってるんだ。トテ、私たちの部屋は一緒でいいからね」
「――――部屋は余るぐらいに作ります!」
なら、私がトテの部屋に行くだけ。
これからはずっと一緒に居られる。
私たちは決めたのだ。
次話は屋敷が完成したり、領主に会ったりする予定です。
隙があれば百合をぶっこみたい!