68 晴れのち、夕焼け
まだ寒い朝の空気の中、そっとベッドを抜け出した私は昨日満足に手伝えなかった朝食の準備に軽く触れてから自室に戻ってきていた。はやる気持ちを抑えられず、いつもより早く目覚めてしまったとかでは…断じてない。
「……ルクスル、起きてください」
揺り起こすことはせず、声を掛けるだけ。その程度で動き始めるはずもないルクスルは放っておいて外出用の服に着替え始める。
出掛けるには早すぎる時間帯だけど、誰にも邪魔されず屋敷から逃げ出す為にとルクスルと話し合った結果だ。町ではお店もまだ開いていないかもだけど、段々と目覚めていく町の騒がしさに急き立てられ、もう少しのんびりしていたかったのにとぼやきながら追い立てられるのも悪くない。
「……トテは朝から元気いっぱいだね」
「その理由を知りたいですか……?」
半裸姿を眺められていることに恥ずかしさはない。むしろ、私は可愛く着飾れているのかと、布団の隙間からこちらを窺い中々動き出してくれないことも含め、不安気な瞳でルクスルに答えを求むのかと尋ねる。
「……待って、心当たりがある!」
わざとらしく考え込み、まさかと辿り着いたルクスルの答えは――。
「もしかして、好きな人と「残念、時間切れです」……まだ言えてないのに!?」
恥ずかしいことを口に出そうとするからだ。
「私とのお出掛けが楽しみなんでしょ!? 仕方ないなー、この寂しがりやさんは!!」
想いに感化され、感情のままに私を抱き上げようとしたルクスルの動きが止まった。
「……トテ、重くなった?」
「成長したと言ってほしいですね。子供扱いしていれば子供のままでいてくれるなんて、そんな甘い考えをいつまでもしていてほしくはないですよ。……そろそろ見えてきましたね。ルクスルを抱き上げられるようになるまで成長していく私の未来が……!」
「……え、ちょっと…せっかくだから、今…試してもらってもいい…かな……?」
……高みを目指す宣言なのに…今すぐにやれと……!?
……でも、いつまでも期待の眼差しで私を見下ろすルクスルを放置しているのも悪いし、私も自分の力がどれくらいなのかは気になる。
「……? どこを掴めばいいのかわかりません。脇…でしょうか?」
「腕の力だけで持ち上げるというよりも、抱き寄せて、……重心をトテの背中側へ持っていって腰で支える感じかな?」
取り敢えず、ルクスルの身体を前から抱きしめる。自分の顔がルクスルの胸に埋まって呼吸が苦しいので、見上げるように顔の位置を調整してから息を整え…、いっきに……!!
「……無理そうですね。疲れそうなのでやめます」
「そんな!? さんざん期待させておいて……!? それなら…背負うことは出来るかな? これならトテにも出来そうだよ!?」
拒否権など存在しない速度で私の背後が取られる。両肩から胸の方に手が回され、押し潰されないようにと私も足に力を込め踏みとどまろうとするけど、耳元で聞こえる荒い息が私のうなじを犯してくる。
「……重い…です!」
「そんなことないよ、とってもいい匂いだよ!?」
「……何の、話を…してるんですか!?」
結局、力尽きて潰された。……ただ、私が怪我しないよう配慮はしてくれて、自分の両腕で床をつき体重をかけるようなことはしないでくれた。
「……酷いですよ、ルクスル」
「ごめん、トテ!! 痛かった……!?」
「痛くは無いですけど、私の上から早くどいてくれると助かります」
「……ふざけすぎちゃったね。いい具合にトテを完全に捕らえられたのだけれど、せっかく可愛い服を着てるのに…脱がせるのもなんだしね……?」
「そう言うのなら、ルクスルも早く服を着てもらってもいいですか? 誰かに見られたら、この状況をどう説明したらいいのかわかりません」
「今、いいところなんだから出て行ってって――」
「……それを説明したくないんですよ」
ルクスルに手を引かれて立ち上がり、服に付いた埃を丹念に掃い落とす。
「……よし、可愛い可愛い」
「ど…どの辺りがですか……?」
困らせると知りながら、つい聞き返した。私が今日一番聞きたかった言葉だったのに無難に返されるのが怖くて、目は合わせられない。
「私が考え無しに可愛いと言ってると思って返答に怯えてるところかな? 服の裾を力いっぱい握りしめて震えてる姿がとても可愛いです!」
「思いの外、真面な意見をありがとうございます。……そうじゃなくて、服を褒めてくださいよ」
「トテはどんな恰好でも可愛いよ」
「……ルクスルは服を着た方が可愛いと思いますよ?」
自分が半裸だから私の服を脱がしにかかってくる可能性も否めない。ようやく服を着だしたルクスルにさっきのお返しだと、手持ち無沙汰を装いながら至福の時間を過ごすことにする。
「どう、可愛いくなったかな?」
「はい、とっても恰好いいです。特に、背中からちらっと見えてる刀がいい味出してます」
「え、本当!?」
「……皮肉ですよ。何で、町に挨拶に行くだけなのに武装しちゃってるんですか?」
「……トテだって、さっき押し倒した時、背中に何か固い感触があったよ」
「これは仕事道具です」
「私のもそうだよ。トテを護る為には分かりやすく物騒な物を持っていかないとね」
「……私を護るのは仕事なんですか?」
「ごめん、うそ。思いっきり私情を挟んでます」
「……私もすみません。売り言葉に買い言葉でしたね。ただ、ルクスルの背中は私の場所なので、嫉妬してしまったというか――」
「全て許す」
「許されました。私が力尽きて歩けなくなったらお願いします」
ルクスルが背中から刀を抜き出し、壁に立てかける。他にも武器は持っているはずだし、私のせいで丸腰になってしまった訳ではないだろう。いざとなったら私も頑張るし、久しぶりの町を二人でゆっくり見て回る予定なのに、背中に武器を隠し持ってることに気付かれたら無駄に周りを威圧してしまう。余計な面倒ごとを増やしたくは無い。
「……赤くなってる」
……ふと、ルクスルが何かに気付いたように手を伸ばし、私の前髪をかき上げた。慌ててほっぺに手を添え、ルクスルに指摘された事柄は気のせいだと引っ張って誤魔化す。……私は照れてなどいない。
「ごめんね、私のせいだ。さっき転ばした時にぶつけたんだね」
……どうやら、おでこの方だったようだ。特に痛みは無かったけど、赤く腫れてしまっているらしい。
心配させる気も負い目を感じさせる気も毛頭ないので、こんなのへっちゃらだと言う為にも鏡で確認しようと――。
「……っちゅ」
「え?」
「ぢゅうううぅう‼︎」
……。
…………。
「……良し! もう大丈夫! 痛いのは吸い出してあげたから」
……。
「……おでこは皮膚が薄いから思ったより痕は残らないんだね。残念‼︎」
「……な…何するんですかー⁉︎」
思いっきり擦る。汚いとかではなくて、予期せぬ感触で違和感が凄まじいからだ。
「その赤いぽっちを見る度に私の所有物だという自覚を思い出してね?」
「こんなの自分で確認することなんて出来ませんよ⁉︎ どうなってるんですか、私のおでこは⁉︎」
「……真っ赤?」
「やだー、誰にも見られたくありません⁉︎ 今日は一日部屋に居ます‼︎」
「前髪を下ろしてさえいれば分からないって。ただ、誰かに前髪を触れさせるような事態に陥らないこと。触れていいのは…私だけ、……何故ならば、赤くなった過程を知っているのは私だけだから!! だから、疑問に思われたくないのなら…私の傍から離れないでね……?」
「……確信犯ですか?」
「うん、トテから私の胸に顔をうずめてくれたのが嬉しくて、私の身体で隠そうとしてくれてもいいんだよ……?」
ようやく規制が解除されましたね。
小説も書かず、半年ぶりにとらの〇なで表紙買いです。同人誌は愛で作られている。




