66 考えてる
「……そんじゃあ、次何処行きます? まさか串焼き一本で満腹だなんて、首領がそんなこと言うはずないですよね……?」
「当ったり前だろ。次は趣向を変えて、がっつり重い物を食いに行くぞ!?」
首領とデジーさんとのご機嫌な会話は聞き流す。
私は大して言葉も交わせなかった昔の仲間の背中を見送るのに忙しいのだ。わざわざ声をかけてきてくれたのだから私の近況くらい話してあげれば良かったし、昔の仲間ならノーダムさんも知っていたはず。ルクスルとの馴れ初め話も嫌と言うほど話してあげて、私はもう大丈夫だからって伝えれば良かった。
「……トテ、どうした? ……まさか、さっきの奴を追いかける気か……?」
それもいいかもしれない。あの人がこの町にいつまでも居てくれる保証はないし、この機会を逃せば二度と会えないかもしれない。
重心が前に移った私の肩に、首領が手を置く。その力加減は、任せると決めたのなら黙って見送れと諭すものではなく、ただ単純に置いて行かれたくない一心の強引なものだった。
「……独り占めしたい子供ですか」
「そーだよ!? 絶対あいつ、トテとしか喋んねえぞ!? ……俺も若い奴に何て話しかければいいかわかんねえし!」
……珍しく弱気な首領だ。
二人には共通の話題が無いから仕方がない。保護者として、首領として、私の隣に佇んでくれるだけでも構わないというのに。
「……ルクスルがここに居たらなー。トテとの関係を根掘り葉掘り聞き出そうと冷たい目で立ち塞がっただろうから、あいつのことは任せられたのに」
……情景が目に浮かぶようだ。
「……だが、修繕に行ってもらえるよう上手く言いくるめたおかげで居なくなったし、トテにはこのまま夜まで付き合ってもらうぞ? 昼間は一人でも南に行けるかもしれねえが、暗い夜道で一人なんてトテに出来る訳ないよな?」
「舐めすぎですよ!? 私だってそれくらい出来ますから!?」
「……トテ、無理すんな。泣いてる迷子を保護するのも俺たちの仕事だが、面倒なことは出来るだけ避けたいんだ」
……暗い森の中を必要に迫られて歩いたことくらい私にもある。ルクスルが手を引いてくれてたので、転ぶようなことも無かった…し……?
「……やっぱり、帰ります」
独りでも大丈夫だとここまで来たはいいけど、南の町の人たちと話すのならば、ルクスルには私の後ろでただ見ててくれるよう頼めばそれで良かったのだ。内緒で済ますことでもない。
「……いきなり子供になったな。大人になったんじゃないのか?」
「それはそれです」
「……屋敷まで送るか?」
「一人で帰れます。まだ明るいですし」
……だからこそ、日中だということで町に人通りは多い。
既に用事を終え、独りで歩く人の姿は少なく、この喧騒の中に取り残されたように空いた自分の手の平を見る。
……それが、余計に寂しさを募らせた。
「……ルクスル、居ますかー?」
屋敷の自室に恐る恐る顔を出す。帰りましたと言わないのは、今まで屋敷に居たのだとしたらそんなことは言わないはずだと思ったからだ。
「トテ、お帰りー!」
……居てくれた。
少し気掛かりだったのは、私が屋敷に居ないことに気付いたルクスルが、町中を探し回って大騒ぎになっていないかということだった。
ルクスルは私たちの部屋を掃除してくれていた。昨日も一応したけど、掃除の仕方を習ったルクスルには気になる点が増えたようで、部屋の隅など細かいところを重点的にやってくれている。
「……何処か行ってたの?」
まあ、私が屋敷に居ないことにルクスルは感づいてるだろうとは思っていた。……でも、探してもらえていないことに、一抹の寂しさと疑問が残る。
「……ちょっと、町の人たちに挨拶をしてきました。串焼きのおばちゃんは元気でしたよ」
「そっか、私も近いうちに行ってみようかな。ティグルに仕事を休む気はあるのか聞いておかないと」
「その時は私も着いて行ってもいいですか?」
「もちろん!」
部屋に踏み込み、私の工具が置いてある一画の前に佇む。ルクスルもこれは勝手に掃除してもいいか決めかねていたようで、綺麗に埃が拭き取られた棚に、少し泥が付いた工具たちが無造作に並べられていた。
工具の一つを手に取り感触を確かめる。……次に、これを使ってあげる日は来るのだろうか……?
「……楽しかった?」
手に付いた埃を洗い落としながらルクスルが問いかけてくる。
串焼きのおばちゃんも私を覚えていてくれたようで、声をかけてくれた。昔の仲間にも会えたし、私を心配した首領やデジーさんが待ち構えていて、一緒にお昼も食べた。
南の町に謝りには行けなかったけど、充実した日だったと言える。
「……ルクスルが居なかったので、つまんなかったです」
「私もー。屋敷中を探してもトテは居ないし、完全武装で町に繰り出すところだったよー。でも、トテもいつまでも子供じゃないから、私は帰りを待つことしか出来なくて――」
「……私は子供ですよ。ルクスルに会いたくなって帰ってきちゃいました」
「……じゃあ、私も子供だね」
今までずっと気を張っていたことにようやく気付き、後ろから抱きしめてくれたルクスルの胸にもたれかかる。私の体重を預けても揺らぐことなく受け止めてくれたルクスルを想い、僅かな寂しさで何度目かの諦めの言葉を口に出してしまう。
「……どうやら、私は大人を目指すには…早すぎたようです」
独りでも大丈夫だと思っていた。だけどそれはただの理想に過ぎなくて、……ルクスルから少し離れてしまっただけで、脆く崩れた。
ルクスルは自らの意思で進んでいるというのに、私は自分が決めたことですら最後までやり遂げることは出来なかった。
「それなら、私が頑張るしかないね」
「はい、お願いしてしまってもいいですか?」
「……任せて。掃除の仕方は習っているから、これで私もトテの役に立てる。後は二人で住む家だけど暇を見つけて獣を狩ればお金は手に入るし、予想以上に賃金が高かったらトテに建ててもらえばいい。町から遠く離れるとなれば盗賊団は抜けて――抜けなくてもいいのかな? 出張ってことにすれば……」
……思いの外、ルクスルも私たちのこれからのことは考えていてくれたようだ。そこまで考えてくれてるのに、私だけ何もしないという訳にも…いかない。
「……やっぱり、大人になりたいです」
「えー、駄目だよ。トテが頑張り過ぎたら私の立つ瀬がないもん。今まで頑張ってくれたんだから、いっぱい甘やかしてあげるね」
「いえ、私も自分が出来ることを探そうと思います。手始めに、夕食の準備を手伝わなければ。人数が多いと大変だと思いますから」
「……休んでていいのに」
「そういう訳にもいきません」
「押し倒したかったのに」
「……昨日の二の舞はごめんです」
ルクスルの腕に力が入り始めた隙をつき、抱擁という名の拘束から抜け出す。
「私も手伝うんですから、味わって食べてくださいね? 食堂で待ってますから」
「うん、私ももう少ししたら行くよ」
離れることに名残惜しさは無い。
これからもお世話になる負い目で手伝うのだけれど、巡り巡ってこれはルクスルの為でもある。そのことが、私はとても楽しみなのだ。




