65 助かりました
「黙らせるには証拠が揃いすぎてたからな。……門が壊れてからでは早すぎる、狼の侵入速度。門の近くいた住人達はその排除に大忙しだったってのに、狼が町中に居るのは予定通りだと言わんばかりに補強済みの家でくつろいでいた奴ら。……外が騒がしいのも想定内だったんだろうが、まさか門が倒壊してるだなんて夢にも思わなかっただろうしな」
……だからこそ、狼を招き入れた程度で町が半壊した理由を私から説明しなければならない。何故、狼を町に入れたのかなんて私には興味無いけど、黙らせて終わったと言う割りには、事故の爪痕がはっきりと残り過ぎている。
「前にも言ったが、門が崩れたのは経年劣化だと報告してある。……そりゃあ、門が壊れるのを間近で目撃して、そんな生易しい理由なんかじゃなかったと叫び出したい奴も……誰がやったかを、知っている奴も居る。だから…目撃者たちを黙らせた。……事件なんて、起きていないことになった……噂は流れちまってるけどな」
だったら尚更。門が壊れた理由を知らずに事件とは無関係な人たちだって居たはず。同じ南の住人なのに、誰も内容を教えてくれない孤独感で、心にわだかまりが残っている人も…きっと居るはずだ。
「……そんな中に、私がやりましたってトテが名乗り出てどうする? ようやく忘れかけていた遺恨を、トテを見た住民が思い出したら…どうする……?」
「……黙らせたっていうのは、そういうことですか……? 相手は話せないのに、私から話しかけたりなんかしたら意味ないですもんね? お互い干渉しないよう、私からも会いに行くようなことを首領はしてほしくない。……だけど、私は、南の町の人全員と距離を取るようなことはしたくないんです」
我儘だということは理解している。
私の顔も見たく無いと言う人もきっと居るだろう。
だけど、避けるような生き方をしている中で偶然出会ってしまった時に、気まずい思いをしたくはないし、させたくはない。……それだったら、怖いけど、私から話しかけて、わだかまりを少しでも解消する方向を目指したい。
知らない町で知らない人たちではあるのだけれど、これ以上嫌う理由は無いのだから。
「……まあ、少しは分かるな。俺たちの地区でも狼の被害は少なからず出た。本当は顔も見たく無えが、町を陰で取り仕切っている者として助けない訳にもいかねえ。……南の町とはいっそのこと交流を断絶しようという意見も出たが……みんなで大きくしていった町だからな、そこだけ切り捨てるなんてことは出来ない。同様の事件を起こしたら簡単に捨てられると、周りの地区の住人にも不信感が生まれちまうからな」
遠く離れた国では無いのだ。
私でも歩いて行ける、お隣さんだ。
……はっきり言って、住人と仲直りしたいとは思ってはいないけど、出会ったら会釈くらいはしてあげてもいいと思っている。狼に追いかけられた恐怖を、私だって忘れた訳ではないのだ。
だけど、人の物を壊してしまったのなら、そこに理由が合ったとしても謝るべきだ。人任せにしていいことではない。
「……それにしたって、トテ。屋敷では事件のことなんか気にせず遊び回ってたらしいじゃんか? 何で一人で町に来てんだよ?」
デジーさんには何故か私の情報が洩れていたようだ。
「……遊び…終わったので……? ルクスルが見てくれていないのに子供っぽく振舞うつもりはないですし、大人な私は自分の考えでここまで黙って来ちゃいましたよ」
「……それは、大人とは言わない。大人だからこそ周りの意見は参考にしろ。俺も含めて役に立たない意見だろうが、悩んでるのなら聞くだけは聞いてやるから」
「……わかりました。それなら、デジーさん、……手伝いはいらないと言われた私はこの町で何をすれば?」
「何も考えず遊んでろ」
「大人な意見が欲しいんですー!」
「仕事がお望みなら、いい加減領主のところに顔を出してもらうか。あいつが治めてる町なんだから、俺とは苦労の度合いもかなり違うはずだ。労いの言葉だけでもかけてやれ」
……領主に会うのは気が進まないけど、事件の当事者として、断れる立場ではなかった。
首領の案内でこの町の正式な領主の屋敷へと向かう。
前は遠目で見ただけだったし、構造だけではなく材質も間近で確認出来るとあっては、謝りに行くつもりだったのに否が応でも私の気持ちは高ぶってしまう。
「……でも、首領。領主には今日行くと連絡もしていないのに、会わせてもらえますかね?」
行くだけで目的は達成されるというのに、デジーさんの心配症。
「……大丈夫だろ? なんせ、この俺が来たんだからな!」
――追い返されました。
屋敷の門番さんに尋ねて来た理由を聞かれ、約束も何も取り付けていないと答えたところ、領主は忙しいとのことで会わせても貰えませんでした。
「薄情な奴だぜ。せっかく俺がわざわざ出向いてやったというのによ」
「……会えないってなら仕方ないですよ。どうします、俺たちだけで飯行きます?」
「だな、せっかく町に来たことだし何か食うか?」
「……私はちょっと用事を思い出したので、先に帰りますね?」
「「トテも来るんだよ!?」」
「……え、やだ」
「そんな嫌がらなくてもいいだろ!? 男同士での飯の食い方って奴を教えてやる」
丁重に断ったのに、両側から腕を掴まれては南の町にこっそり向かうことも出来そうにない。ルクスルとは違い、私の歩幅に気遣うつもりもない強引さで引き摺られる。
大通りを人攫いのように歩く首領を町の人たちは気にも留めない。……もしかして、見慣れた光景だったりするのだろうか……?
「あれ!? トテちゃん…一人かい?」
……串焼きのおばちゃんだ。
「……私が一人に見えますか?」
「……ルクスルが居ないじゃないのさ。振られたってのは本当だったんだねえ……」
「何でそんな話になってるんですか!? ルクスルは屋敷を掃除してくれてますよ!? ……居ないのは、私が勝手に一人で出歩いたからです!」
「……せっかくだから、ここで食うか。女将、何か男っぽい味風の串焼きをくれ」
……どういう注文の仕方ですか?
「味気の無い、野菜多めの料理なんざ食えるか! 男なら、とりあえず肉だ!」
「えー、自分が好きな物を食べたいですよ」
「今は俺たちと居るんだ。俺たちに合わせろ」
そう言って、首領は串焼き屋さんの店先にある椅子に座ってしまう。……前に壊れたと聞いて、私が新しく作った椅子だ。まだ使っていてくれてたらしい。
注文を受けたおばちゃんは、串焼きを焼き始めてくれている。その作業を邪魔する訳にもいかず、注文されてしまった串焼きを今更断る訳にもいかずに、大人しく椅子に座って待つしかなさそうだ。
「……はいよ、お待たせー」
おばちゃんが渡してくれたのは――いつもの串焼き?
「ほら、トテ、美味そうだろ? 肉だけで野菜なんざ無い、これが男の食事って奴だ!」
「……ルクスルがいつも頼んでる奴です」
「……そうか、あいつも男だったか」
「怒られますよ?」
「むしろ、俺から物申したいね? トテに何て物食わせてんだよ、もっと洒落た店に連れてけねえのかってな⁉︎」
「……そんなこと言うと、おばちゃんに怒られますよ?」
「……すまん」
「いいってことさ」
みんなで串焼きにかぶりつく。
肉汁が手に付かないよう上手く傾けながらちまちまと食べ、私も手慣れてきたものだと自慢する気持ちで首領たちを見ると、手が汚れるのを気にすることなく豪快に食べていた。
「……首領、まさか?」
「あん?」
「……その手を…どうする気ですか!?」
「手……?」
不思議がりそうに自分の手を確認した首領はあろうことか――!
「……首領とは、もう手を繋ぎたくないです」
「手がどうした? 綺麗だろ? 舐――」
「あうあう」
……恐ろしいことをしてくれる。
「トテちゃんには、はい、これ」
おばちゃんから感謝しながら受け取った布で指を拭く、拭いたのは私だけだ。首領たちにはそんな物は必要ないらしい。
「……あれ? もしかしてトテじゃない?」
食べ終わった串を捨て、どうやって首領たちから逃げ出そうか考えていると、知らない人に名前を呼ばれた。
「……トテの知り合いか?」
「いえ、知らないとは、思うんですけど……?」
「酷いねー、あんなにお世話してあげたのに、忘れてしまうなんて」
……お世話?
と、すると……昔の仲間だったりするのかな?
「……もしかして、トテも呼ばれたの? 壊れたっていう門を直す為に。それじゃあ、私の出番は無いかなー。トテなら、すぐに直しちゃえるからね」
「……いえ、私は手伝いません」
「何で?」
鋭い眼付きで睨まれる。
「……門を壊したのがこいつだから。簡単に直して、すぐに直せるんだから躊躇いも無くまた壊されでもしたらこいつの為にもならねえ。……あんたに面倒なことを押し付けるのは悪いと思ってるが、知り合いのよしみで門の修繕は頼まれちゃくれねえか……?」
その眼に怯えた私を気遣い、首領が代わりに答えてくれた。
……口から出まかせなのか、本当のことなのか私に判断はつかないけれど、事件の大きさも、門の巨大さも相まって、確かにいつまでも過去の過ちを放置されているのは精神的にくるものがある。
「……トテは、建てるのが…嫌になった訳じゃないんだね?」
「はい、それは大丈夫です。ただ、私が頼られていないだけです」
「……頼ってくれなかったのはトテも同じじゃない?」
「…………?」
「まあ、いいや。……これで一つだけ返せるようだしね」
……何のこと?
返せると言っているけど、その人は私に何も渡さず行ってしまう。
「……何か、昔の話とかした方が良かったんでしょうか……?」
「やめとけ、トテは顔も覚えてないんだろう? だったら何を話すってんだ。言っちゃなんだが、王都でトテが助けを求めなかった奴だろう。……だから、今度こそ頼って、んで…直してもらえ。次見かけた時にはトテから声をかけて、今度こそ…助かったって言ってやれ」
二回目くらいかな、ルクスルが居ないのは……。
最後に出そうと思ってセリフも考えていたのだけど少し長くなるかもと、次回に回しておきます。




