64 見てて欲しい
「……何度入っても、お風呂はいい物ですねえ」
まさか、朝早くからでもお風呂に入れるとは思っていなかった。
綺麗好きな団員が入団してくれたようで、薪代が掛かるとの懸念も、有志の募金により買い集めた薪は余っている状況らしい。今では集まった募金を使い、屋敷のお風呂をもう少し大きくしようかと検討もしてくれているようだ。
「……僭越ながら私もお手伝いしますよー。石材の加工も慣れてきましたし、改装なら私に任せてくださいー」
「トテ、独り言多いよ?」
「えー? 何ですか、ルクスル。聞こえませーん」
「……トテの胸が出会った頃よりも大きくなったなーって」
「本当ですか!?」
嬉しい誤算だ。大人になるのは諦めたのに、身体の方が大きくなるのでは仕方がない。ルクスルと寝ている事実さえ秘密にすれば、大人と名乗ってしまっても構わないのでは!?
「こんなお世辞で喜ぶなんてトテは子供だねえ。大きくなりたいなんて、子供が言うことだよ?」
……お世辞…ですか。
「……私、まだ子供ですか?」
「このふにふに感は子供だねえ?」
「……じゃあ、しょうがないですね」
私は周囲からの視線を常に意識して行動していたようで、大人になるのを諦めた途端、重圧から解放されたかのように身体が軽くなったような気がしていた。
立ち止まって分かる。
気分転換に町にでも行こうと言われたら、私はついでに終わらせなければならない用事が多過ぎる。私の罪を誰かに丸投げなんて出来る訳はないけど、今だけはこの微睡みに身を任せていたいと思ってしまう程に私の心は疲れ切っていたみたいだ。
「……だけどね、トテ。子供だからって言い訳で逃げられるとは思わないことだね?」
「え……?」
「無邪気に甘えてきてくれるようになったからって、私はこの手を休める気はないよ?」
「ふああ!? 止めてください、ルクスル!?」
お風呂上がり。
お腹空いたから急ごうとルクスルの手に強引に引かれてしまい、火照り過ぎた身体を満足に冷ませないまま、みんなが集まっている食堂へ身を晒す羽目へとなった。
「トテには出来立ての料理を食べてほしかったからね」
「……この手で食べさせたいの間違いじゃないんですか?」
「ご希望なら」
「遠慮します」
目の前に料理が並べられる。私が手伝いますと言う前に席に座るよう促されてしまい、隣に座ったルクスルと待ちながら料理を運んでくれている人たちの流れを目で追う。食べ終わったら料理を作ったらしい部屋を訪ね、次からは私も手伝いますと進言する予定だ。
「……はい、トテ。あーん?」
「断りましたよね?」
「トテは子供なんだから、もっと私に頼ってもいいんだよ?」
「ルクスルは私を大人扱いしたいのか子供扱いしたいのかわかりません!」
「……都合のいい時だけ子供扱いしたい!」
「言い切りましたね!?」
口元に運ばれてきた食材を仕方なく食べる。満足げに微笑んでいるルクスルがまた同じ動作をしてくる前に、何か対策を練る必要はありそうだ。
「……お返しにルクスルにも食べさせてあげます。この視線の中、子供扱いされるのがどれほど恥ずかしいかその身を以て味わうといいですよ!」
「……ええ、……そういうのはちょっと…勘弁してほしいんだけど……?」
……まさか断られるとは思っていなかった。
宙に差し出したままのスプーンが目的地を失い、恥ずかしそうに私の手元を見返すルクスルの口に無理やり押し込む訳にもいかず、混乱した私はこの状況を何とかしてくれそうな誰かの助言を…求めてしまった。
……みんなは食事の手を止め、私だけを見ていた。
「……あ、あう」
……静寂の中、私の声だけが響く。
さっきまで私たちのことは見て見ぬ振りをしてくれていたと思っていたのに、私がふざけた時にだけ注視してくるのは本当に止めてほしい。
「ごちそうさまでした!」
「……まだ食べてもらってないんですけど!?」
「もうお腹いっぱいだよ!」
「……そんな悲しいこと言わずに、お願いですから私の右手に役目をください」
「一口で二度美味しいだなんて最高だね!」
……勝てない。
やられる方よりもやる方が恥ずかしいだなんて、そんな想定はしていなかった。この視線をものともせずに行うルクスルの精神力には拍手を送った後に、その両の手で顔を隠す許しを貰いたい。
「トテ、もしかして欠伸を隠してる? ……眠い?」
「……何もかも忘れて眠ってしまいたいです」
「まだご飯が残ってるでしょ、ちゃんと食べないと大きくなれないよ?」
「……大人になったらこの恥ずかしさの意味を完全に理解出来てしまいます。子供だからお腹いっぱいになった程で、逃げるように遊びに行ってしまってもいいですか?」
「……仕方ないなあ、私がまた食べさせてあげるから、もう少し頑張ってみようか?」
「一人で食べられます! お願いですから、私のお皿にルクスルのスプーンを突っ込んで来ないでください!」
……どうやら、食堂に居る理由を失くすしかなさそうだ。急いで自分の分を食べ、ルクスルが私の口元にスプーンを運んで来たら、まだ口の中に入ってますからと断ることにする。
「トテ、そんなに急いで食ってたら喉に詰まらせるぞ?」
……居たんですか、首領。
思いの外、優雅に朝ご飯を食べている首領の気遣いには無反応を貫き、最後に水が入ったコップを呷るように流し込む。私が嬉々としてルクスルの膝で寝ていたのは分かっていたらしいけど、羞恥心を全て捨てていると勘違いだけはしてこないでほしい。
「首領、今日は誰に習えば?」
作業のように食事を続けるルクスルが首領に聞く。
……ルクスルの掃除って、昨日だけではなかったのか。私たちの部屋の掃除は完了したので、もう習う気はないのかと思っていた。
「ティグルがいるだろ、屋敷を探せばどっかで掃除してるんじゃねえのか?」
「……こんな朝早くから? 掃除する時間とか範囲とか誰かが指示してくれてるんですか?」
「特に決めてねえぞ、やりたいようにやらせてる。屋敷を我が物顔でうろついていて、追い出そうと捕まえたらこんな大きな屋敷が汚いのが許せないって吠えられて、じゃあお前がやれって…雇った」
……侵入者ですね、もう一度追い出した方がお互いの為ですよ?
「……じゃあ、程ほどに働いているように見せかけて、トテに偶然会いに行っても怒られない訳ですね?」
「……お前、トテのお荷物になりたくないから掃除の仕方を習うんじゃなかったのか?」
「えっ? わ、私はいったいどうしたら……?」
「……掃除すりゃいいんじゃないか?」
……つまり、ルクスルには用事がある…と。
私は、その間どうしようかな?
大人を目指す。
それとも、子供のままでいることを願う。
そうは言っても、ルクスルが見てくれていないんじゃ意味は無い。
それなら、私がするべきことは……。
ルクスルが居ない間に、私が済ませないといけないことは……?
「トテー、何処に行くんだ?」
「げっ!? デジーさん!?」
「げ、とは何だ、心外だなあ。俺とお前の仲じゃないか」
「いやー、まさかこんなところで会うなんて思いもしなかったものですから……?」
「……俺もだよ」
独りで南の町へ向かう途中、門の横にある休憩所からデジーさんが出て来るところに出くわしてしまった。私を足止めする為に話しかけてくれたのかと門番さんを睨むと、気まずそうに……ではなく、心配するかのように私を見つめ返して来る。……そんな眼で見ないでほしい、悪者は私かと錯覚してしまう。
「……で、トテは一人で何しに行くつもりだ?」
「えーと、町のみんなに挨拶をと思いまして……?」
「そうか、じゃあ俺も付き合おう。今、首領にも連絡してるから」
「えっ!? 何で!?」
「……当たり前だろう? トテの保護者は首領ってことになってるんだから」
「……そんなの、頼んでませんけど?」
「じゃあ、ルクスルに頼むか? ……そういえば、あいつの姿が見えんな。トテがルクスルに黙って町に来るなんて思えないし、大声で呼んだ方がいいか? あいつ、飛んで来るだろうな」
……ばれてる?
「……あ、あの、デジーさん? ルクスルには…ちょっと……」
「俺の眼を見て頼め」
……やだ、怖い。……怒られる。
自分がしたことだから、町の人たちには私だけで謝りに行くつもりだった。
……私の力だけで、町の人とは話し合うつもりだったのだ。
「首領が来たら怒られるぞー? 勝手に出歩きやがって……もっと俺たちを頼れ」
下を向いたまま動けない私の目線にデジーさんが合わせてくれる。私の頭に置かれたデジーさんの手がやけに重くて、そのせいで…顔を上げることが出来ないのだと思いたい。
「……これは、私だけの問題ですから」
「そう言って、いつの話だと思ってるんだ? もうとっくにその話は片が付いてるんだよ。……今更、事件を蒸し返されても、トテなんか蚊帳の外だぞ? ……屋敷で大人しくルクスルといちゃついてろ」
……まだ。
「終わって…ません……」
「終わった。首領が何とかしてくれた」
「――それでも!」
「そうだ、終わった。……俺が黙らせた」
……首領?
子供との接し方なんてわからないよ!?
ライダー遊び? 悪いが俺は怪獣派だ。ビオ〇ンテめっちゃ格好いいだろ!?
知らないだと、DVDあるから見るか?
ディ〇ニーの方がいい……!?
……たしか、ここにトイス〇ーリーが。




