63 子供のままで……
「トテ、考え直そ? 一人で寝たりなんかしたら、きっと…寂しくて泣いちゃうよ?」
「ぷっ、寂しくて眠れないとか――!?」
「ちょっと黙っててくれないかなぁ!?」
……確かに寂しくはある。ルクスルとはずっと一緒に寝ていたのだ。だけど、ティグルがここまで馬鹿にしてくるのならば、私が当たり前だと思っていたことは、子供だと言われても仕方ない何かがあるんじゃないかと疑問の余地くらいはある。
「誰かと一緒に眠ると、子供だと思われるの……?」
私は、知る必要がある。
「ああ、赤ちゃんかよ。暗くて怖いからそばにいてってことだろ?」
「私は夜が怖いからルクスルと一緒に寝たいわけじゃない!」
「お、おお」
「他にはティグル!? 具体的に何で悪いのか教えて!?」
「他……? えーと」
「……駄目だ、使えない。酔っぱらってる首領並みだ」
……後、聞けるのは?
一応、首領にも聞いておこう。さっきも受け答えだけは出来ていたし、今でも飲み続けているなんてことはないだろう。
もちろん、ルクスルの意見は除外する。
「首領、首領――!?」
私たちの部屋からならば、食堂までの道のりは把握している。突然開け放たれた扉に驚き、手に持ったコップを取り落としそうになっている首領の姿に幻滅しそうになるけど、見るからに大人の男性だ。きっと、大人を目指している私に優しく気づかせてくれる分別位は持ち合わせているだろう。
「首領! 私、ルクスルと今日も一緒に眠りたいんですけど、……それって、子供みたいなんですか!?」
「……まるっきり大人だな、風邪引くなよ。あと、寝不足には気を付けろや」
……ほら。
ほら――!!
「私、大人なんですね!? ティグルが、一緒に寝るなんて子供みたいだって……!?」
「……いやー、子供だろ」
否定意見。誰かと思えば、食堂ということもあり、それなりの人数が集まり談笑していた。……その理由を知りたくて、意見してくれた男性団員に私は歩み寄る。
「親とは自然に離れて寝るようになるものだろ? それが自立で、大人になるってことだ。いつまでも一緒に寝ていたいってのは我儘で、親離れも出来ない子供がすることだ」
ルクスルは私の親じゃないけど、子供だと思われない為には好きな人とも離れて眠らなくちゃいけないのが大人の条件だとするのならば、そんなのは悲しすぎる。
前、聞いた時にルクスルは自分のことを子供だと言っていた。
それなのに私を求めてくれていると言うことは、ルクスルは大人になるのを諦めたと言うことで――
それでも子供扱いされたくない私は、ルクスルと離れて眠ることで先に大人になろうとしてしまってもいいのだろうか……?
「……随分と思い詰めてんなー。そういやちゃんと聞いてなかったが、一緒に寝てるってどの程度の話だ? 同じ部屋で寝る程度か、それとも同じベッドでか? ……同じ部屋だとしたらそれは普通だぞ。少し前まではこんな大きな屋敷もなくて、せまい穴倉に大勢で雑魚寝だったらしいからな」
うん、知ってる。初め見た時、あまりのせまさに絶望したものだ。
……それよりも、大人を目指したまま子供じゃないと認めてもらう可能性が少しでもあるのならば、恥ずかしがらずに私たちの寝方を説明した方が良さそうだ。
「……こう、抱きついて?」
「――子供かよ!? お前、そこまで小さくはないよな!? ……お前が良くても、相手はどうなのよ? 誤解されて変な噂流されても知らねえぞ?」
「……トテー、考え直してくれた?」
ルクスルが食堂に顔を出してきたことで団員がざわめき出す。視線の色は二つに割れ、垣間見えるのは恐れと羨望。怖がっているのは、前からルクスルを知っている人……かな?
「トテったら、私の話は聞いてくれないんだもん。物知りな私なら何でも答えちゃうよー」
「……えー? お前、一緒に寝てるってこの人とか……? ……それは、何て言うか、まあ……」
途端に狼狽し出した団員には目線だけで感謝を送り、私がまとめた考えをルクスルに伝えようと向き合う。
寂しくても、ルクスルに迷惑が掛かってしまうというのならば、私は…我慢を覚えなくてはならない。
「……ここは、ルクスルしかいなかった森の中ではありませんので、他の人からも話を聞くことが出来ます。……私の答えは、ルクスルに迷惑がかかると教えられたので、……寂しいけど…一緒に眠ることは出来ません!」
「誰? トテを騙したのは……?」
「……騙されたのではなくて、教えてもらっただけです」
「誰に?」
「誰でも良いじゃないですかー」
「駄目、トテが指さした方向の人間は死ぬから。トテはよーく考えてから行動すること。無関係な人間を巻き込みたくはないよね?」
そんな絶望した顔で私の指の動きを注視してこないでほしい。……貴重な意見をくれたのだ、売るような真似はしない。
「……おい、待てよ! 言ってくれるな……。その子も困ってるじゃねえか⁉︎」
救いの声……ではなくて、犠牲者の数が増えただけだ。脅しに屈しないその姿勢は称賛に値するので、ルクスルに意見が出来る数少ない人として顔だけは覚えておく。
「本人が一緒に寝たくないって言ってるんだから、それでいいじゃねえか⁉︎」
「やだ、私はトテと一緒に寝たい!」
「私もルクスルと一緒に寝たいですよ……?」
「どっちなんだよ⁉︎ 喧嘩か⁉︎ 姉妹喧嘩とかなのか⁉︎」
……喧嘩ではなく、私が不当に評価されるのが嫌だから悩んでいるだけで……、だけどここに来て、新たな問題が浮上している。
「……私と一緒に寝ると、ルクスルが誤解されてしまうらしいですから」
「……どういうこと?」
……私も詳しくは知らない。その理由を聞き逃したのはルクスルが乱入したからなので、改めて理由を話してもらう為に、さっき教えてくれた人に目線で続きを促す。
「……女の子が好きなのかなー、って?」
「好きだよ、私はトテが好き。誤解なんかじゃない」
疑惑を真実だと告げるルクスル。
……固まったこの空気に耐えられなくて、最初に動き出してくれたのは首領だった。
「……そんなわけで、こいつがルクスルだ。見ての通りおっかない奴だ、知ってる奴は知ってるな。さっき帰って来たから……言うの忘れてたわ……すまん!」
何故、首領が謝ったのか……?
この騒動を見たらわからなくはないけど、もう少し早く止めて欲しかった。
「あとこっちな。……トテ、挨拶しろ」
「……トテです。……騒がしくしちゃってすみませんでした」
「おい」
喧嘩腰の人から声が掛かる。
「……あんまり姉さんを困らせるんじゃねえぞ」
……私が、悪いのか。
「……それじゃあ、飯だな。まだ来てねえ奴は誰か呼んで来い」
首領の一声で夕食が始まる。
扉の前で待機していたかのように、料理が次々と運び込まれる。
「……ご飯ですって。座りましょう? ルクスル」
これ以上話を聞いて回るわけにもいかない。残念だけど、ルクスルと一緒に寝ることで……どうしても子供に見られてしまうのなら――
「……ご飯食べて、お風呂に入ったら、……トテはそれでも、今日も、私と一緒に寝てくれる……?」
私は、子供のままでいい。




