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辺境の地に大豪邸を  作者: ひろにい
55/82

55 置いてけぼり

「……ルクスル、そろそろお腹空いてきませんか? 二人が仲良く話しているのが羨ましいので、私は朝ご飯の支度で忙殺される事で感情を殺すのに努めたいと思います!」


 向けられる感情を怖がっているなんて言われても、平気そうに笑うルクスルへ逃げ道を作る。私が嫉妬していると暗に伝えれば引き留めてくれるって信じているから、一抹の寂しさを押し殺して席を立つ事も出来る。


「トテ、私も微力ながら手伝うよ! それでデジーを独りにして、私たちがこんなに働いているのに、良く黙って座っていられるねって言って肩身を狭くしてあげよう!」


 ……我ながら面倒くさい誘い方をしたものだ。デジーさんへの嫌味がいつも通りに暴発している所を見ると、ルクスルもそんなに気にしてはいなさそうだけど……。


「……さっきまでのルクスルの再現か――手伝うぜ」

「デジーさんは座っててください! 手伝いが邪魔とかではなくて、ルクスルの隣に来られると邪魔なんです。私はルクスルと仲良く食事の準備がしたいので友達のデジーさんに話しかけている暇は無いですし……とりあえず邪魔なんです!」


 デジーさんを見習いたいとは言ったけど、ルクスルを蔑ろにしてまで優先する気は無い。


「そんな、……俺たち友達だろ?」

「一気に私との距離を詰めてきましたね!? デジーさんのおかげで、友達は作るより誘いを断る方が難しいって気づけましたよ。こんなことなら、ルクスルと喧嘩の練習もしておくんでした!」

「トテ、今からでも遅くないよ! ……少し優しくしたら馴れ馴れしいデジーなんか捨ててきなさい!?」

「えーと、……外に捨て忘れてしまってごめんなさ――」

「そんなすぐに謝ってんじゃねえよ!?」


 ……ルクスルとの言い争いを傍から眺めている分にはお手本にしたかったけど、私も巻き込まれてしまうとデジーさんの対応は途端に面倒になる。ルクスルにどうしようかと振り返って判断を仰ごうとしたら、手を強く握られて問答無用で台所まで引きずられてしまった。


「さあ、トテ! ……私は何をすれば良い!?」


 デジーさんの作りかけの料理を素人のルクスルに引き継がせる訳にもいかないので、小分けに温めようとしていたらしい鍋を再度火にかけるのは私の仕事。切り揃えられた食材が鍋に投入されるのを待っていたので、加えてもそれほど加熱しなくても大丈夫だと判断して放り込む。


 警戒しながら持っているけど、デジーさんがしゃしゃり出てくる気配は感じられない。鍋の煮え具合を監視していると、デジーさんはちょうど私の死角に入っていて動向を把握できないのだ。


「お、良い匂いがしてるな」


 扉が開いた音がしたので見に行くと、ダイトさんがノーダムさんに肩を貸しながら入って来ていた。怪我でもしたのかと声をかけたら、少し疲れてしまっただけだそうだ。


「私も手伝おうか?」


 ダイトさんの提案は丁重に断っておく。ノーダムさんを診ていてほしかったし、そんなに広くないこの家ではルクスルと限定的だけど二人きりで作業するのは久しぶりなのだ。


 私たちの為に集まって来てくれた人たちには悪いけど、この騒がしさの中ではルクスルと落ち着いて話をする事も難しい。これはこれで楽しいとは思えるのだけれど、自分の家の中でまで人目を気にする生活は私には窮屈すぎた。


「……鍋、洗い終わったよーっと」


 調理には参加できないので雑用を任せていたルクスルが濡れた手を拭きながら次の仕事を求めてくる。残念だけど後はご飯を器によそうだけなので二人きりでの作業はこれで終了だ。ルクスルは町に帰る為の荷物の準備で忙しくなるし、私も一緒に手伝うにしてもデジーさんとかが一向に進まない進捗状況に呆れて渋々手伝い出す流れは目に見えているからだ。


「……それじゃあ、早くご飯食べて荷物の準備をしちゃいましょう」


 ……それならこの家でルクスルと二人きりになるのはもう諦めて、早く町へ向かった方が良い。


「……私たちの家のはずなんですけどね。ルクスルと穏やかな時間を過ごすのがこんなに難しいだなんて」


 愚痴を言いたくは無いけど、自然と口から出てしまう。ルクスルしか話し相手がいなくて、寂しくて嘆いていた頃が懐かしい。


「何でこんなに集まっちゃったんだろうねー。荷物の準備を手伝わせるから私は助かるけど」

「早く終わらせてくださいよ。今日もまたルクスルと一緒に眠れないのは嫌ですから」

「トテのお誘いを私が断るわけがないよ! 今日は一緒に眠ろうねー」

「昨日は待っていたのに、ルクスルは結局来てくれなかったじゃないですか」

「今日は行くから⁉︎」

「……何だかあっちも騒がしくなってますけど、あのノーダムさんが遠慮してくれると思いますか? 町に早く帰って屋敷にある私たちの部屋に鍵をかけて立て篭もった方が絶対良いですよ。部屋は余っているはずだし、さすがに部屋にまでついて来て一緒に寝ようとはしないはずです」


 秘密の会合なのだけど、ノーダムさんには聞こえてはいないはずだ。テーブル周りではノーダムさんとダイトさんがさっきから大声で談笑しているのだから。


「……少し散歩しただけだと言うのに、息が上がりすぎではないか?」

「トテを見つけられて安心してしまったか……。今までの疲れもあるし、身体が思うように動かん。……私も歳かな」


 ノーダムさんが両手で握りしめたコップを見つめながら、自分の言葉を笑い飛ばしてほしそうにしていた。

 生憎だけど巻き込まれないように、反応されないように、最後の料理をゆっくりとテーブルに下ろして私も静かに席に着く。


「……トテ、私に何かかける言葉は無いのか?」

「無いですね。ノーダムさんが隠居する姿なんて想像出来ませんし、もし最期の時が来たら私が立派な石碑を建ててあげますよ」

「……ああ、是非頼む」

「すまないね。見ての通り、ノーダムにも体力の限界はあるようだ」


 私の冗談に納得して、話し終わったとばかりに口を閉ざしてしまったノーダムさんの後をダイトさんが引き継いだ。


「……私たちは、どうやら一緒に行けないようだ。まさか、ノーダムが回復するまで君たちにまで待ってもらうわけにもいかないし、……私たちはここに残る。……うん? 残っても良いのか? しばらくここに住まわせてもらっても?」

「はい、構いませんよ。ただし綺麗に使ってくださいね。またここに帰ってくるかもしれないんですから」


 町の人たちに私が受け入れられない可能性は十分にある。町に居られなくなった時に避難所としての役割もあるこの家を解体してしまうつもりなどはない。なにより、ここにはルクスルとの思い出がたくさん詰まっているので、少しの間だろうけど建物を維持してくれるのなら断る理由は無い。


「……体力が戻ったらすぐに追いかけるからね。会いに行った時にぐーすか寝てるんじゃないよ」

「忙しくなるのでそんな暇もありませんよ」

「……子供なんだから、もっと遊ばないと駄目だろう。仕事一筋だと私みたいになるよ」

「ノーダムさんのことはこれでも尊敬してますので、それも良いかもしれませんね……。でも、私にはルクスルがいますから、町にいっぱい連れて行ってもらいます。まだ知らない場所が私にはたくさんあるんですよ」


 緩く吐いた息が震える。泣く理由なんて無いはずだ。これでお別れなわけでもあるまいし、会いに来ると言ってくれている。


「……それでだな、度々で悪いのだが、荷物の整理がまだだったな? 厚かましい願いなのだが、少し物資を置いていってもらうことは可能だろうか?」

「大丈夫ですよ。ダイトさんのお願いなら喜んで」


 空っぽの家ではノーダムさんも安心して休むことも出来ないだろう。ましてや、満足に動くことも難しそうなのだ。一緒について行けない弱さと辛さは私も経験済みだ。

 

「置いていくが後から必要になりそうな物は言ってくれ、少量ならトテに届けることくらい私にも出来る」

「……それだったら、無いかもしれませんね。生活用品なら町にもあるし、大体は私が作った物ですから、また作れば良いんです。……整理が終わらないのはルクスルが渋っているだけですから」

「でも、慣れない土地でトテが試行錯誤しながら作った逸品なんだよ。トテの成長の記録だよ!?」


 ……だからこそ、ここに置いていってしまい気持ちはある。自分の拙い頃の作品は、いつか思い出した時に取りに来れば良い。


「……ルクスル、思い出の品は大事に仕舞っておいた方が良いんです。その方が、自分が成長した証を確認することが出来ますから」

「……そんなこと言って、本当はへたっぴな作品を手元において置きたく無いだけでしょう?」

「そうですよ! ルクスルが大事に使ってるから中々壊れなくて、棄ててしまうことも出来ないんですよ!」

「それだけ丈夫なのもトテの腕が良いってことだね?」

「手付かずな森の奥にある材料ですから、品質が高いだけです」

「……そんな物を綺麗に加工してしまうなんて、やっぱりトテは凄いんだね」

「何だ、ここらにある物もトテが作った物なのかい? それじゃあ私も暇にはならなそうだね。トテの作品をじっくりとここで眺めさせてもらおう」


 ……恥ずかしいから止めてほしい。ノーダムさんは本職だから荒い部分を的確に指摘してくるはずだ。町に来た時に小言を言われるのはたまらないし、私は建築が趣味であって、小物作りに精通しているわけでは無いのだ。


「……それじゃあ二人っきりで帰れるんだね? 今夜は……一緒だね」


 ルクスルが小声で耳打ちしてくる。さすがに、ノーダムさんに悪いと思ってくれているようだ。魅力的な提案だけど、私は最初ここまで独りで逃げて来た。町への距離と方角までは把握出来ていない。


 ここは、此処に来ることに慣れているデジーさんに確認して――。


 ……あ。


「なあ、そろそろ朝ご飯を食べてしまわないか? せっかくトテが作った料理が冷めちまうぜ?」


 ……デジーさんの存在を忘れていた。

新年度が始まって忙しくなった――――訳でも無く、島の開拓が順調なだけです。

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