53 友達としか見れない
暑苦しくて目が覚めた。
闇色の瞳で舌なめずりしているだろうルクスルを落ち着かせようとした手が、空を切った事で思い出す。一つしかないベッドに男性陣が遠慮して床に雑魚寝を希望してくれたので、せめて凍死しないようにと暖炉の火力をガンガンに上げる必要があったのだ。
ベッドくらい私が新しく作ってあげれば良かったのだけれど、『このくらいの寒さ平気だぜ、だから……追い出さないでください!』と言うデジーさんの見事な土下座に付き合うのも面倒臭くなったので、私の隣で誰が寝るかと議論している女性陣の姿を横目に、逃げるようにベッドに潜り込んだ所までは覚えていた。
そろそろとベッドから降り、揺らめく炎を頼りに手探りで暖炉の前に……。空気の通り道が出来るよう組まれ、赤く燃え盛る薪の束から一本慎重に抜き取る。舞い散る火の粉の眩しさと、重心が狂って崩れる薪の音で誰かが起きない事を祈りながら、抜き出した薪は端の方へ寄せて燻ぶらせるだけにしておく。
「――――けほ!」
舞った灰を軽く吸ってしまい、むせた。
……感じた視線は殺気ではない何か。私の行動を探るように、息を殺して見守っている。……悪いけど、起こした私が悪いのだけれど、用事は済んだので早々に退散したい。足音を消すと無駄に警戒させると思い、帰る意思は伝えておく。
「(……殺されるのかと思った)」
声が聞こえた。
「(そんな事、しませんよ……?)」
私も、他の誰かを起こしてしまわないように……。
「トテの我慢の限界が来たから俺をこの寒空の下へ連れ出して、間接的に殺すつもりだったんだろ?」
……何だかんだで、デジーさんを追い出した事は無いはずだし、いつまでも私の特定の行動に怯えられているのも良い気はしない。ルクスルが目の敵にしているから私も釣られて言動が攻撃的になってしまっているだけで、元々そんなに嫌いな人でも無いのだ。
「……せっかく無様に土下座する事で呆れさせて、俺の処遇を保留にする作戦が成功したのかと安心して眠っていたのによ」
通りで、私がいなくなったら率先して皆の寝床の準備に励んでくれていると思った。手伝いもせずに先に休んでしまったので、心の中では感謝していたのに台無しだ。
「……暖炉の火は弱めちゃいましたので、寒くても大人しく震えててくださいね?」
私が出来る精一杯の意地悪だ。本当に寒くなってしまったら私は毛布にくるまって動けなくなってしまうだろうし、反抗心を煽る事でもしもの場合はデジーさんに丸投げしてしまおうという打算もある。
「俺も暑いと思ってた……、下手に動いて俺の存在を意識されると困るから動けなかった」
……とことん裏目に出る。私がデジーさんに勝てる日はくるのだろうか?
ルクスルはデジーさんの事を敵としか思っていないだろうけど、少し見方を変えればルクスルの為ばっかりに動いている気がするので、ここらで何とか思い知らせてやりたい。
「トテに俺の思惑もばれたし、暖炉の管理はばっちりやってやるよ。……寒くなったら添い寝してやっても良いんだぜ?」
「……結構です! 私にはルクスルがいますから!」
「そいつなら俺の後ろで寝てるから、冷たい目で見られる前に引き取って欲しいんだが……?」
――――何で!?
ベッドで隣に居ないと思ったら皆と同じく床で雑魚寝していた。どうやら、ノーダムさんとの折衷案の末に何故か二人で一緒に寝る事になったらしい。
デジーさんとはそこまでくっついているわけではないけど、むしろノーダムさんとの距離が近すぎる、許しがたい暴挙だ。……という事で、私も床で寝る事にする。
「デジーさん、床冷えが心配なので、暖炉の火を強くしてもらって良いですか?」
「やだよ、自分で弱めたんだろう? 五月蠅くして、また戦争が始まったらどうすんだ? 大人しく寝てろ」
「今度は私も参加します。……大丈夫です、勝ってみせますよ」
勝敗はとっくに決しているというのに、ノーダムさんがしゃしゃり出て来たのが悪いのだ。無効試合なんて往生際の悪い事も言い出せないように、大好きなルクスルに無意識に抱きついちゃってましたって恥ずかしがりながらはにかんであげよう。
「(……失礼しまーす)」
ベッドから転がり落ちてしまったように装う。しょうがないなあとルクスルの方から抱き寄せてくれるのが理想なので、私から手を伸ばすのはまだ早い。……そうは言っても、安からに寝息を立てて眠っているルクスルは寝返りさえ打ってくれそうにない。
まあ、一緒に寝てはいるし、起きた時の慌てふためきようが見たいだけでもあるので、このまま私も寝入ってしまっても良いかと微睡に身を任せる。
「……仲がよろしい事で」
「羨ましいんですか? デジーさんにも早く一緒に寝てくれる相手が見つかると良いですね」
「ああ、本気で祈っててくれ。……忘れちまいそうになるが、トテには相手がいるんだったな。……そりゃあ、届かないわな」
私もデジーさんの事は友達くらいにしか思ってないし、避けていた理由もルクスルが嫌がっていたからだ。
優しくしてくれる程度でデジーさんの株は上がらないし、一番優しいのはルクスルだと私も思い込んでいるし、ルクスルはむしろ……そんなに優しくもないのに、デジーさんは勝負の舞台にさえ上がれていない。……デジーさんは、恋愛対象になりえない。
「……もしかして、トテのせいで俺は彼女も出来ないのでは……?」
「責任転嫁しないでもらえますか? 馬鹿な事言ってる暇があったら、相手を探しに行った方が良いんじゃないですか? ……あ、私たちがこんな所に引き留めてるせいなのか……?」
「……それだけじゃねえ、お前らといると、彼女は既に二人もいると相手に思われて身を引いてたのかもしれねえ。せっかくの素敵な出会いを、俺は見逃しちまってたのかもしれねえ!」
……凄い暴論だ。私が町にいた期間はそんなに長くなかったから、今まで出会えなかったのなら結局そんな人はいなかったんだと思う。他の町にでも探しに行けば良いとも思うけど、私としてもせっかく友達になれそうなデジーさんとこのまま別れてしまうのも忍びない。
……そんなわけで、私には既にルクスルがいるという余裕から、手伝うには町にいてもらうしかないとうまく言いくるめて現状維持に努めたいと思う。
「デジーさんが頑張るのなら今までのお詫びも込めて、私も手伝いますよ!」
「ありがとな、……って、言うと思ったか!? 子連れで軟派出来るわけねえだろ!?」
「えー、そんなー。お父さんの新しい彼女に小言をぶちまけたいです」
「邪魔すんなって言ってんだよ!?」
子供なんて言ったお返しです。どうやら、この様子では私の事は完全に諦めてくれたようなので、親愛の証として距離は縮めてしまっても良いと判断した。
「……でも、デジーさんがいなくなってしまったら、きっと今の私なら泣いちゃうんだと思います。……勝手にいなくなったりしないでくださいね?」
「……トテがそれを言うのか?」
「だからです。逃げるのはいつも私からで、置いていかれた事はなかったんです。……こんなに、寂しいものだったんですね」
「……人はいつかいなくなるって理解してくれただけで十分だよ、……ほら、明日も早いんだから、もう寝ろ。……俺のまだ見ぬ彼女が何処かで待っててくれてるかもしれねえからな!」
「はい、お休みなさい。……手伝うって言ったのは本気ですよ?」
「……気持ちだけ受け取っておくわ」
……お互いの衣擦れの音が途絶えると、耳が痛くなるような静寂。それでも、身体が揺れていると錯覚してしまう程の鼓動が、友達が出来たと叫び続けていた。
近づけたのに遠くなってしまった想いは、種類が変わる事でずっとそばにいる事を許されたのだと思う。
「……トテ、何の話をしてたのかな?」
――――闇色の瞳が、私に殺意を向けていた。
「ルクスル、起きてたんですか!?」
「……こんなに騒がしくされてればね」
取り出して手元で愛でていたいと思わせる手つきで撫でられる。心はとっくにルクスルに渡しているので、本気でやりそうな目で取り外し方を探るのはやめてほしい。
「……それで、何の話をしてたの? ずいぶんと楽しそう、だったね……?」
「えーと、デジーさんと仲良くなれました?」
「――――っえ!?」
な、何故!? 私のパンツを脱がせようとしてくるんですか!?
百合に男性不要の原因は、まったく相手にされない男性に自己投影してしまって落ち込んでしまうからなのだと思われるのです。
男の陰がまったく無いのに、旦那(彼女)が居る余裕で哀れんで優しくしてくれる……。
八方美人は百合だった!?
笹 食ってる場合じゃねえっ!




