51 好物
失敗した。そう確信出来るほどに、デジーさんから指示されながら作った料理の香りは鼻に突く。この調味料は少量の刺激を楽しむ物であり、間違っても山盛りになるまで振りかける物では無いと思う。
赤色のスープなんて血だまりにしか見えないし食欲だって無くなってしまいそうだけど、肉だけでは無く野菜や香草が主に煮込まれているので彩だけは鮮やかだった。
ただし、……すっごく辛い。
私は怖くて味見が出来ないけど、使った調味料がこの料理を食べたりしたら泣きを見ると教えてくれている。……こんな料理を、みんなに振舞ってしまうのだろうか?
「……良いんじゃねえか? まだ辛さは足りないが、こんなもんだろう。食べるのは俺だけじゃ無いしな」
食べられないような料理を教えてもらっていたつもりだったんだけど、それは味が薄いとか、素材をそのまま使ったせいで、かぶりつかないと食べづらいのに口が汚れてしまうような男の人が作るような料理だと考えていた。
私が苦笑いで水を加えたら、辛さが足りないとか言われ丁寧に煮込まれて水分は飛ばされるし、辛いだけじゃ駄目だとか言い出して野菜が鍋からはみ出るくらい入れられるし……。その野菜もすでにいくつかは溶けて見えなくなっている。
「そんな顔をするな。間違いなく美味いから自信持て」
「え? 美味しくない料理を教えてもらってたはずじゃ……」
「……そうだったな。いやー、珍しい調味料があったからもしかして作れるんじゃねって思っちまってな。…………すまん」
バカですか!?
「……大丈夫だ、屋敷の連中の半分くらいはこの料理が苦手だ。ルクスルもきっと嫌ってくれる――――たぶん?」
「……やっぱり、人に頼るのは良くないと思いました」
ルクスルと美味しくないって言い合いたかったのに、これでは私も食べることが出来そうにない。しかも、万が一美味しいなんて言われたら、この料理をたまに作らされる事になってしまうかもしれないのだ。
「それに、……何ですか!? この量は!?」
鍋の縁ギリギリまで作られたスープをかき混ぜる。少し粘度があり、喉に軽く流し込んで消費することは出来そうにない。これは、何度おかわりしたら無くなってくれるのか。
「――――そんじゃ、みんなに配って感想を聞いてみるか……」
「無視ですか!? 嫌ですー、これから毎日これを食べるはめになるー」
デジーさんが満足気に配膳しても、スープは少なくなってくれたようには見えない。絶望してまごついている私をルクスルが手を引いて椅子に座らせてくれた。
「トテ、大丈夫。失敗は誰にでもあるから」
「……いえ、これで成功らしいんですよ。泣いているのも香りが目に染みるなんて経験をしてしまっているせいですので」
部屋の家具にまで匂いが移ってしまいそうな強い香り。寒くて窓を開けて換気するなんてことも出来ない状況に包まれているのを感じて、観念するしかないと覚悟を決める。
「……実は、辛いのは苦手で」
「そうなの? ……おこちゃまだねー」
「――――だから嫌なんですよ!?」
戦闘訓練を重ねて強くなれている実感はあるのに、苦手な物はまだまだ無数に存在している。それでも、味覚の好き嫌いはある程度しょうがないと諦められる事は出来るのだけれど、私が苦手な物がルクスルには理解してもらえないという事が、とても寂しい。
「これは……。デジー君といったか、なかなか美味しそうじゃないか」
「お褒めに預かり恐縮です!」
……何か男同士で盛り上がっているし、苦手な人もいるって事はわかって欲しい。ノーダムさんは辛いのはどうなんだろうと覗き見ると、私と同じ冷めたような眼で料理を見下ろしていた。
「ノーダムさんも辛いのは苦手なんですね。私と同じです」
「いいや、珍しい料理だからな。何の具材が使われているのか確認していた。ダイトも喜んでいるし、作り方を後で聞いておかないとな」
――――私だけか。私だけがこの料理の辛さと香りを忌避している!?
「そんじゃあ、いただくか!? 冷めちまうのももったいねえしな」
それぞれが手を合わせ、スプーンを手に取る。無言で夕食を食べ始める時間が流れる中、私だけが躊躇して取り残されている孤独感を感じてしまっていた。
「トテ、大丈夫そんなに辛くないから。以外に美味しいよ」
……その言葉を言わせたかったのに――――ここで聞きたくは無かった。
私が苦手な料理を美味しいと言うルクスルに憤りを感じる。しかも、この料理を作ったのは私だけど、味を調えてくれたのはデジーさんなのだ。
これが、ルクスルの好きな味……? デジーさんと……同じ……?
「……ルクスル?」
「ほら、トテ。私が食べさせてあげるから」
スプーンに乗せられた野菜の塊だった物が、私の口元へと運ばれてくる。身体ごと近づいてきたルクスルの心配してくれている顔を見つめ返している間に、私の口は無意識に開いて料理を飲み込んだ。
「……どう? 美味しい?」
私が嫌いな物を食べれた事にルクスルが喜んでくれるけど、色々な感情が渦巻いている私はそれどころでは無かった。でも、猛る感情のままに相手を睨む前に、コップに注いでいた水を飲み干す時間は頂きたい。
「デジーさん、私は負けませんから!」
「お、おう。……無理しなくても良いんだぞ。食べられなかったら残してくれても……」
「その時は私が食べてあげるから大丈夫!」
そんなこと、ルクスルにさせるつもりは無いとスプーンを強く握りしめた。辛さを感じないように、舌に触れさせないようにと喉の奥へと無理やり流し込む。煮込まれた野菜の甘みを微かに感じて、そういえばこの料理に罪は無いんだと――――。
「――――えほえほッ!」
「ああ、トテ、大丈夫? 急いで飲み込んだりするから……」
もしかして美味しいんじゃないかと味わおうとしたのがいけなかった。喉に触れた辛さで、思いっきりむせた。
「トテ、もう諦めろ。何の勝負かはわからんが、……俺の勝ちだ」
……言い返すのにはまだ時間がかかりそう。だけど、苦しくなった呼吸のせいで流れた涙は私の負けを示していた。
「トテ、無茶は駄目だよ?」
私の背中をさすりながら叩いてくれるルクスルに顔向けできない。それでも、敗者として伝えなければいけない想いが――――特に無かった。
「……ルクスル、この料理美味しいですか?」
とりあえず酷評する事で逃げた。
「うーん、不味くはないね。みんなで楽しく食べるような味では無いから、やっぱり意見は分かれちゃうかな」
「……私は苦手です」
「好き嫌いは駄目だよー」
「……はい」
――――認めるしかなさそうだ。
デジーさんは私に好意を寄せているとか世迷言を口走っていたけど、私にとっては倒すべき敵だ。料理に夢中で私の敵意になんてこれっぽっちも気にしていないデジーさんに完勝出来る計画をはりめぐらせる必要がある。
「食べられないのなら、もったいないからトテの分は貰って良いのかな?」
……って、私が答える前に頂かれてますけど!?
「トテの食べ残しー♡」
思ってたより食べる理由が酷かった。だけど、ルクスルの好物なのだと勘繰っていたのに、私との間接接触の方を望まれていたのだとしたら、この勝負は私の勝ちだったのだと誇りたい。
「いや、トテは恥ずかしくないのか? もうそんな関係でも無いとは思うが、もう少し慎みは持っといた方が良いと思うぞ」
……負け惜しみを。
話は進まなかったけど、重要な話なのだと無理やり納得させることにしよう。
料理はカレーではなく、ボルシチをイメージしてます。赤いスープって検索したらそれが出たからね。
食べたことも実物を見たことも無いけど、むしろ甘いらしいね。
はらしょー




