50 帰郷準備
「おい!? 暖炉まであるじゃねーか!? 家ん中こんなに改造してんのに、町に戻ったら二度とここには戻って来ないんだろ? どうすんだよこの家、……壊すのか!?」
デジーさんがやけに興奮しているけど、暖炉の作り方なら覚えたし勿体ないと言うのなら町の屋敷内に新しく作る事も出来る。
材料の石を集めて加工するのは大変だけど、町には人手もあるし手伝ってくれるというのなら大量生産するのもやぶさかではない。でも、季節は春に近づいてきているし、あと半年以上もこんな巨大な石造りの家具を部屋の隅に鎮座させていたら邪魔だろう。
「欲しいっていうならあげるけど? 担いで持って帰れば?」
「無理に決まってんだろ!?」
ルクスルの無茶ぶりに悲鳴をあげているデジーさんに助け舟を出したいけど、今も屋敷の一室に住んでいるのならあそこは二階だし、最悪 石の重みで床が抜けてしまうかもしれない。
「……デジーさんが屋敷から出て行ってくれれば、暖炉くらい作ってあげますよ?」
「酷い交換条件だな!?」
……そういうつもりでは無かったのに、良い感じに誤解されてしまった。まあ、お世話にはなっているし、時期を見てちゃんと話はしておこう。
「……それで、どうすんだ。町に帰る……で、良いのか? いつ帰るつもりだ?」
「準備が出来たらすぐにでも。荷物持ちが増えたし、持てるだけ持ち帰りたいからもう少し時間はかかる」
「荷物持ちって誰のことだ!? むしろ物資を持って来たんだから、持ち帰られる量は減るぞ?」
「……何で持ってきたの!?」
「理不尽だな、おい!? ……持ってきたのは大体が食い物だから、せっかくだしここで食っちまった方が良いな。帰りの道中でも消費するから、そこんとこ見極めて減らすか……」
連絡が出来なかったから、訪ねて来た時に話せば良いやと考えていたのが裏目に出たようだ。
「……お前ら、食料を遠路はるばる持ってきた功労者を労う気はあるか?」
椅子にふんぞり返り、感謝しろと言わんばかりに強気な態度のデジーさん。……残念だけど、雪山の冷気に当てられて赤くなっている顔は、無駄な努力だったねと私たちに本音を暴露されて泣き出した後にしか見えない。
「無いよ。……食べたかったら金出せ」
「むしろ払うのはお前らだろ!? 物資を持ってきた料金をまだ貰っていないんですがねえ!?」
「どっかの袋にまとめて放り込んだとこまでは覚えてる……」
「……しょうがねえ、手伝ってやるよ! 見つけた金は俺の物な!?」
散らばっている荷物を見た限りではまだまだ整理は終わりそうにない。私たちが必死で作業している横で、お金が見つかるまで暇そうに待ってもらうなんてそんな腹立たしい真似をさせるつもりはないし、後で必ず払うからなんて誤魔化して先に町へ帰らせたら荷物持ちが1人減ってしまう。
願わくば、お金は見つからずに整理だけ手伝わせて、屋敷に荷物を届けた後にしれっと見つかってもらいたい。
「……デジーが荷物整理を手伝ってくれるなら、私はトテの朝ご飯でも作ってあげようかな?」
「何で俺に1人でやらせる流れになってんだ!? 話ばっかしてっから進まねえんだよ、……というか、もう陽が暮れるぞ。どんだけ自堕落に生きてんだ?」
……返す言葉もありません。
「……デジーさんも疲れているだろうし、私が自分で作りますよ。それに、そろそろノーダムさんたちも帰って来ると思いますので、みんなの分も準備します」
「ん? ノーダムって誰だ?」
「トテの母親」
「嘘、居るの!? というか、……ここまで来れたのか!?」
「はい、本当の親ではないですけど、ここまで探しに来てくれました」
「……そうか、そいつは……挨拶しとかねえとな!」
「何であんたがやる気になってんの!? トテ、ただの同僚ですって適当に紹介してあげて!?」
「はい、その通りですので」
「何? 俺ってば見込み無し!?」
呆れながらも、デジーさんが持って来てくれた食材で料理を作り始める。ルクスルが何故かキッチンの整理から手を付けたようなので、片付けられた調味料を先に探すはめになった。確認済の袋は端の方へ寄せていく……。
「……デジーさん、渡すはずだった毛皮類とかはここにありましたよ。確認してください」
「何でそこにあるんだよ!?」
「さあ? 解体した時にここに置いたんじゃないですか」
ぼやきながら、デジーさんがキッチンに入って来る。ルクスルから離れた今のうちに、例の噂が何なのか聞いておこうと思った。
「……ルクスルが町で起こしたことって何なんですか?」
座り込んで袋を確認しているデジーさんと内緒話を開始する。ルクスルには悪いけど、私の好奇心が止まらなかったのだ。
「ああ、その話か。町で噂になってるぜ、……領主に怒られて、みんなの前で泣いちまったらしい」
「……ルクスルは泣き虫ですから」
「原因は南の町を遊び半分で壊滅させた所をトテとかいう名前の優秀な修理屋に見られて、そいつがルクスルの暴挙に脅えて逃げ去るのを引き留められなかった事を追求されたせいらしい。いやー、やっぱルクスルって怖えよなー」
「はい、ルクスルってたまに視線が鋭いんですよーって、私のせいじゃないですか!?」
――――それで怒られた!? 領主に!? 私が暴れたせいで!?
「声がでけえよ。……俺がルクスルを怖がってるってことは秘密な?」
「――――そっちじゃなくて!?」
「いいから秘密だ。トテは何も聞いていない、分かったな?」
「え、でも、……ルクスルに、また、謝らないと」
「気にすんな。人前でみっともなく泣いて、次に顔を合わせるのを気恥ずかしく思われていたとしたら、過ぎた過去を笑い話にするのは俺らの役目だ。トテもいつも通りルクスルの隣で笑ってあげてりゃ良いんだよ」
でも、私のせいで怒られたのに……。
盗み見るルクスルの顔は、持っていく荷物を捨てるべきか悩んでいるようだった。あの困り顔の裏側で、実は私のせいで思い詰めていたなんて……どっちも悩んでいるけど。
「取り返しのつかない事態だと思っていた事も、みんなは笑って許してくれるっていうのなら距離を置こうとはするな。もう終わったことだ、普段通りに接してやれ」
「でも、また迷惑をかけてたのに……」
「だから秘密って言ったろ? さっきまで普段通りだったじゃねえか。気にしたのなら美味い飯を作ってやれ、俺はそれだけで元気になる」
お詫びとして料理を振舞う。だけど……。
「……ルクスルって、好きな食べ物が無いんですよ」
「だろうな、興味が無いんだろう。食えりゃ良いって感じだもんな。……それなら真面には食えない料理を作れば良い。そうしたら、いつも食ってた料理は実は美味かったんだってわかるかもしれねえ。……俺がそいつの作り方を教えてやる」
デジーさんはやっぱり頼りになる。愛情だけでは届かなかった問題も簡単に導いてくれる。
美味しくない料理でルクスルを満足させられる訳が無いけど、これでルクスルの意識も少しは変わるかもしれない。
「――――随分と賑やかになったねえ。……誰だい? そいつは」
声がした方を見ると、ノーダムさんがダイトさんと一緒に帰って来てた。……2人の雰囲気は変わらないままだから、告白してきたなんてルクスルの勘違いだったのだと思う。
「うっす! 自分はデジーといいます。娘さんには良くして頂いて……」
「ただの知り合いです。盗賊なんでノーダムさんも拐われてしまうかもしれませんので、ダイトさんは危機感を覚えた方が良いですよ?」
「ははは、……そいつは、ちょっと遅かったな」
何だ、結局そうなのか。それにしても関係が変わっているようには見えない。2人の距離感も、手を繋いでいる訳でもないし、これが大人の余裕って奴なのかな。
「今、俺が料理を作らせてもらってますので、御二方は休んでてください」
「そうかい、それじゃあ甘えてくとするか」
「え? 荷物の手伝いをしてくれてるんじゃないの!?」
ルクスルが抗議の声を上げている。でも、家にある物を全部持っていく事が出来る訳は無いし、ルクスルが持っていきたい物は自分で選んでくれないと、私たちには手伝いようがないのだ。
「ルクスル、……持っていきたい物ではなくて、ここへ置いていっても良い物を先に選んだ方が良いと思いますよ?」
「え? そんなの無いよ、持てるだけ持っていきたいよ。……トテが作った物なんだから」
「そういう物とかなら、屋敷に帰った時に作り直してあげますから……」
「それなら…………持っていく物は、無くなっちゃうんだけど」
「……ルクスルには物欲が足りません」
自分で言うのは恥ずかしいけど、私しか見えてないルクスルの行動には困っている。そのせいでルクスルが好きな物は未だに把握できていないし、好きな食べ物だって私が作った物なら何でも美味しいと言ってくれるから、段々私好みの味付けになってしまっている。
ルクスルにも私以外に興味が引かれる物が見つかれば良いのだけれど、それが見つかってしまった時にルクスルが変わってしまうのではないかと、私が恐れてしまっているのも事実なのだ。
そろそろ帰りたい。
後はなんだ? 書き残した物は……。




