49 二日酔い
最悪な気分で迎えた朝の目覚めからずっと続いていた頭痛も大分和らいできたのに、私はなかなかベッドの温かさから抜け出せずにいた。思っていたよりも回復が早かったことで仮病かもと疑われることを恐れて――――いる訳では無く、お昼から動き出すのが億劫なだけだった。
「トテ、見た目が凄いことになってるよ?」
いい加減寝た振りを続けているのにも疲れてきた頃、渋々ベッドから行儀悪くも這い出そうとした時に、おでこに感じた床の冷たさが気持ち良くて、私は下半身だけベッドに残して崩れ落ちるという醜態を飽きもせずに続けていた。
「……放っておいてください」
「寝ぼけてベッドから転がり落ちたようになっているのに、これが普通ですみたいにいつまでも開き直られているから、助けてあげた方が良いのか困ってるんだけど……」
「……今は動きたくありません。段々頭の痛みがぶり返してきて、自分が病気だったことを思い出せました」
「それって、頭に血が上ってきてるんじゃないの?」
ルクスルと会話が出来てたということは自分の眠気も覚めてきたということで、とても人にはお見せ出来ない姿を晒してしまっていることも自覚してきたけど、ただただやる気が湧いてこない。
「……ルクスル、私の足を突くのは止めてくれませんか?」
昨日の失敗が恥ずかしいから顔を上げられないのに、私の両足が無防備になっているからといって、いたずらはしないで欲しい。
ルクスルがいつものように接してくれることは嬉しいけど、謝るようなことをしていないかと昨日の言動を確認していく作業で私の頭は混乱中だ。意図せずに仕出かしてしまった事とは、それが何であれ、言うつもりは無かった事なのだから……。
「……おはようございます」
「うん、おはよう。早速で悪いんだけど、お昼ご飯はどうするって聞いても良い?」
「……食欲がありません。自堕落に寝ていたので遠慮しているとかではありませんので」
溜息を吐きつつベッドに腰かける。首を回して頭痛はしてくれないのかと途方に暮れながら、今日やるべき事を考える。
忙しそうに荷物の整理をようやく開始してくれているルクスルは後回し。姿が見えないノーダムさんに昨日の事を謝るのが先だ。再開の時から私を王都へ連れ帰ろうとしていたし、私も昨日王都へ帰りたいなんて言い放ってしまった。
まずは、その言葉を撤回しに行く。
「ルクスル、ノーダムさんが何処に行ったか知りませんか? ……昨日のことで話をしたくて」
「ダイトさんに誘われて散歩に行ったよ? ……あれは、告白だね。間違いない」
気持ちを伝える順序という物をまるで分かっていなかったルクスルでさえ察せたのなら、そう言うことなのだろう。それなら、家で大人しく帰りを待っていた方が良いのかな? 私が外に探しに行って、入れ違いに帰ってきたら面倒だし……。
「告白の邪魔はしないようにね、トテを狙う人を引き取ってくれるっていうんだから」
「……ノーダムさんとは、そういうのじゃありませんので」
「トテを子供の頃から知っている人だからね、それだけで私にとっては嫉妬の対象だよ。トテも覚えていないだろうって子供の頃の話を自慢気に話されたので、今の私はどうにかなっちゃいそうです」
……そればっかりは仕方が無い。自我が希薄な頃の話をルクスルに話そうとしても断片的になってしまうと思う。でも、言っては何だけど、子供の頃なんてわりかし最近だ。私もノーダムさんとの会話を一字一句覚えている訳は無いから、どうでも良い会話の中で印象に残った日常を面白可笑しく脚色されてしまったのだろう。
「作り話の可能性もありますから、何を話されたのか聞いても良いですか?」
「そうだね、トテも覚えてるかもしれないし。本当のことだったら、もっと詳しく聞くことも出来るかもしれないしね」
「……どうせ、私が泣いたとかそんな話でしょう?」
「うん、それもあるけどね……」
子供の頃なのだから泣くのは仕方ないと、微笑ましく思って欲しいと期待はしたい。
「トテってさー、子供の頃……」
……やけにもったいぶられる。大したことでは無いと思いたいけど、何を聞かされたのかはとても気になるので、躊躇しているルクスルに続きを促す。
「口癖とか、……あった?」
「――――無いです!!」
「……そっか」
「だから、そんなものは無かったです!!」
微笑ましい笑顔を向けてくるルクスルは何かを確信してしまっている。これ以上力強く否定しているのも疑われるので、何か作り話を早急に思いつく必要があった。
「……満足! 久しぶりにトテの恥ずかしがってる顔を見ることができました。私はお腹いっぱいになったから、もうノーダムさんに昔話をせがんだりはしないと誓いましょー」
――――言い訳が思いつかない。思考を高速回転させるけど頭に栄養が足りていなくて、思い浮かぶ単語は言葉にしてあげることも出来ずに消えていく。
「トテ、青い顔してるよ? 朝から何も食べてないものね。……昨日食べ損ねたお菓子があるからそれでもつまんでて?」
……甘い物に喜ぶ気も起きない。それでも、無意識に手は動いて布の袋に詰められたお菓子を口に運んでいく。少しづつ頭が働いてきた頃には今更話を蒸し返す流れでは無くなっていて、片付け作業に戻ったルクスルからの質問に怯えながらノーダムさんの帰りを無言で待つ事になった。
「お菓子は全部食べちゃだけだよ? お昼ご飯が食べられなくなっちゃうからね」
「……はい」
「あ、でも、これから王都に買いに行くのなら、食べちゃってもいいのかな? 一応ダイトさんのなんだから、程ほどにね?」
「……王都には行きません」
「あれ? そうなの」
「行きませんよ!! 王都なんか行ったら、昔の仲間に会ってしまうかもしれないじゃないですか!? ……またこんな事を話されるかもと考えたら、近づく気も起きません!!」
自分で言ってしまってから、そんな不測の事態を想像してしまう。私の記憶から消していた過去を、最近の私しか知らないルクスルに全部漏らされる訳にはいかない。
「……そっか、王都にはトテの他の仲間がまだいるかもしれないんだね」
「もう聞かないんじゃないんですか!?」
「ノーダムさんのトテの記憶は全部奪えました。仲間がまだいるんなら、そいつらからも記憶を奪えるかもしれない……」
本気の眼だ。焦点が合っていない瞳を虚空へ向けて、まだ見ぬ私の仲間に邪な思いを馳せている。
「王都には行きません! ……何故なら――――」
思考を……。
「ルクスルが王都に行ったら寂しくて死んじゃうかもしれないですから! ほら、ルクスルは王都に知り合いが居ませんし、知らない土地で新しく生活を始めるのは大変ですから」
「私、王都出身」
「え゛? ソウナンデスカ……?」
「うん、だから楽しみ。私の知り合いも居るかなって。まあ、あの時首領に拾われてなかった奴は、みんな野垂れ死んだと思うけど」
さり気なく重い話にされてしまい、ルクスルの生い立ちも考慮したら調べない訳にもいかなくなる。死んだと笑いながら言ってるけど、だからと言って流す訳にもいかない案件だ。
「……わかりました。王都に行ってみましょう」
「うん、私の事を想って行きたくない王都に行くって言ってくれるトテが大好き。……でも、私は王都に本気で帰りたい訳じゃ無いから……トテが困るのなら行かない。そんなトテを見られただけで十分だよ」
「でも……」
「首領にトテは無事だよってちゃんと報告には行かないとね。……これは、私の現実逃避。私は、町に戻るのが、怖い……」
「……ルクスル?」
「町に戻りたくないよー。絶対からかわれる。……トテは町の奴らと一緒になって私を笑ったりはしないよね?」
「……そんなことは、しませんよ?」
ルクスルが町を出て私を探しに行く時に何かあったのかな?
聞くに聞けないルクスルの失敗は何だろうと考えていると誰かが家に近づいてくる音がしてきた。ノーダムさんが帰って来たと思ったけど足音は1人分しか無い。
「……私を笑う奴筆頭が来た。逃げたトテを追いかけていた時は知らなかったんだろうけど、町に戻ったのなら私の噂は聞いたはず。たまに来てた時も普段通りだったから、余計に不安になる。……こいつ、腹の底じゃ高笑いしてるんだろうなって」
……こっそり聞いておこうと心に決める。ここまでルクスルが悩むなんて余程の事だろう、私もいきなり知った時の心の準備が必要だから……そういう事にしておく。
「よっす、来たぜー」
デジーさんが重い荷物を肩からぶら下げて訪ねて来た。ノーダムさんと会って忙しくなっていたことで、定期的に物資を運んできてくれているデジーさんのことは完全に忘れていた。
「あれ? 家ん中片付いてね? まさか本当に町に戻るのか? ……お前、戻ったら温かい目で見られるってわかってんの?」
「……やっぱり、こいつは待たずに帰れば良かった。入れ違いで無駄足になって途方に暮れて困るのはこいつだけだしね」
トテの口癖の件は、中二病だったとかでは無いです。
トテ視点での地の文と、括弧内のセリフの喋り方が違うのがずっと気になってたもので……。全部書き直しするつもりも無く、そのままズルズルと書き続けた結果、光明が差しました。
全然関係ありませんが、ノーダムさんの名前の由来はノーダメージです。身近な言葉で言いやすかったんだということにします。




