47 話合い
私の言葉に肯定も否定も返すことはなく、ダイトさんが目の前に差し出されていたお茶のお礼に軽く会釈してからゆっくりと口に運ぶ。その動作に釣られたように、私も自分のカップを手に取った。
「……怖いな」
口を湿らせられたことで、ダイトさんがようやく今の気持ちを言葉にしてくれた。
何がですか?って追求した方が良いのだろうけど、感情のままに恥ずかしいことを口走った私の舌は乾ききっている。毅然とした態度で飲んだはずのお茶の温さに、どれだけ語っていたのかと内心は縮こまっていた。
「好きだとはっきり言葉にするだけで相手には伝わってくれると思っていたが、それだけでは足りない場合のことは考えていなかった。……そんな時は、どうすればいい?」
「……ノーダムさんなら家とかあげれば造りの甘さに駄目押ししながらも喜んでくれるんじゃないですか?」
「おい、いきなり投げやりになったな!?」
私なんかが、気持ちの伝え方を理解できてるはずが無いじゃないですか。
「トテは告白をされた方だからね? それでも意味がわからないって顔してたから、私が強引に押し倒してしまいました!」
「……何だ、見た目以上に子供だったか」
そうなんだけど、女の子同士だったんだから、それ以上の関係を求めていたなんて、そういうことが起こりうるなんて、いきなりすぎて想像もしていなかったんだから仕方ないとは思う。
「トテは皆の役に立とうと居場所を一生懸命に探してたから、話し合う時間はたっぷりあったしね」
「……私が告白された時に怖気づいて引き留めなかったら、すぐにでもルクスルは居なくなっちゃいそうだったじゃないですか!?」
「……それが駆け引きと言う奴ですよ」
「私も好きだって答えても、離れたくないってずっとうじうじ悩んでたじゃないですか!?」
「……やはり、トテから話を聞こう」
待って!? 私からはもう教えられるような事は何も無い。ルクスルが自分は頑張ったみたいに話を盛ってるから、言い返してしまっただけで……!?
「言葉に出来ないなら、普通に抱きしめちゃえば良いじゃないですか。……こうやって」
懲りずにルクスルが会話に混ざろうとしてくる。背中に感じる体温が、……熱っつい!? 暖炉の火に当たり過ぎです!?
「……それは好意を持っていない相手にされても迷惑なだけだ」
「トテは迷惑してる?」
「……熱いですし、重いですし困ってますね」
「困るんだって」
「自分でやりだしたことだろ?」
ダイトさんに呆れられても、落ち込む素振りもないルクスルには自分が座っていた椅子を譲っておこう。さっきから行儀悪く暖炉の前に寝転んでいたのは気になっていた。
ついでにお茶を注ぎ直そうとキッチンへ向かう時に、ノーダムさんが実は目を覚ましていないかと横目で確認だけしておく。
「……もう冷めちゃったと思いますけど、ルクスルの分のお茶はそこに用意してますから」
「私にももう一杯貰えるか? ノーダムもそろそろ起きても良い頃だろう」
ダイトさんの心遣いでコップを一個追加。小腹が空いた時につまめるようにと、干し肉を一口大に切った物も用意する。
この干し肉はルクスルが作った物なので、出来具合をダイトさんにも聞いてみたいという下心を込めて、綺麗にお皿に盛り付けて持って行く。
「ふっふっふー、トテのコップはどっちでしょうか?」
……ルクスルが下らないことしてくる。自分のコップに入っていたお茶は急いで飲み干してしまったようで、まったく同じ装いの空のコップが2つ並んでいる。正直どちらでも構わないので、私のコップは適当に選んで順番にお茶を注いでいく。
「ふへへー」
ルクスルのこの感じでは、こちらが当たりで合っていたみたいだ。それならと、正解がわからずにお茶を飲むのを躊躇している振りをしていると、ルクスルが目の前のコップを手に取った。
「ルクスル、飲んじゃうんですか?」
「……飲むけど?」
「ダイトさんは正解を知っているんですよね?」
「ああ」
「……飲んじゃうんですか?」
恥ずかしがって泣きそうな眼でルクスルの行動を見守る。持っているコップと私を交互に見て、それからダイトさんの存在を再確認してくれたルクスルは、それ以上動けずに自分のしたことに悩んでくれている。
「いや、いつもしてる事じゃ……」
「そうですね、お先にいただきます」
「あっ!?」
「……ルクスルのせいで、一口で飲んじゃったじゃないですか!?」
「え、何で私怒られたの?」
「また淹れ直すの、面倒くさいなーってことです」
「……私がやるから、機嫌直して?」
ルクスルがお茶を注いでくれている間、ダイトさんは私たちを微笑ましいものを見るような眼で眺めてくれてる。
退屈な日常でも全力で楽しんでいる私たちの暮らしをいつまでも隠しているのも疲れてきたので、ダイトさんの眼は気にせずに開き直り、いつもの私の定位置へと移動する。
「……ルクスル、口の中 少し火傷しました」
「トテは私以上に考え無しに行動しすぎ。水持ってこようか?」
「お願いします」
ルクスルが椅子から立ち上がってしまったので、私も椅子の隣に立って帰りを待つ。新しいコップに水を入れて持ってきてくれたルクスルが椅子に座ったので、その膝に私も腰を下ろしたことでようやく一息付けた。
「……楽しそうだな、君たちは。それで、ノーダムはどうしたい? この2人を引き離すのか?」
……起きてたようだ。でも、私は水を口に含んで火傷を癒す作業で忙しいので、顔を見せに行くような真似はしない。膨らんだほっぺたを見られたく無いということもあるけど、ルクスルから離れる気は無いと分かってもらうためだ。
「……そっちのルクスルだったか? それなら、一緒に来れば良い。トテ、王都へ帰ろう?」
「嫌ですー」
ルクスルの体温と繋いでくれた手が、私が怒鳴り散らしてしまわないように抑えてくれてる。そうでなければ、その言葉を聞いて冷静でいられるとは思えなかった。
「……王都は嫌いです。二度と戻りたくありません」
理由も過程も詳しく話す気は無い。それ以上の説明を求めるのなら、ノーダムさんにとってあの事件はその程度の出来事だったと、私がどう思ったのか察する気も無かったのだと見限る。
「ルクスル、……トテを説得してくれる気はあるか?」
「無いですね。私の目の前で私以外の人に怒っているトテを抱いている優越感でどうにかなっちゃいそうです。もっと嫌われてください」
「……羨ましいな」
「じゃあ、諦めてください。トテはこれから私たちがお世話になってた盗賊団団長に怒られに行くので、王都観光なんかしている暇は無いんです」
……やっぱり怒られるのか。怒っているのに、怒られに帰る話をされると何だか複雑な気持ちになる。最近会っていないけど、怒りを忘れてたりはしていないかな?
……無理だ。どうしても忘れられない記憶というものはある。
「怒られに行くけど、怒られに行きたいんです。……私にも、謝っても帰りたい場所が出来たんです。そこは王都ではありません」
「……そこのルクスルのせいか? トテがずっと住んでいたのは王都だろう? ……故郷を捨てるのか?」
「捨てますよ。先に私に要らないって言ったのは王都の人たちですから」
「帰った先でも要らないと言われたら、また捨てるのか?」
絶対に言われないと信じる程、私はあの町の人たちのことを知っている訳でも無い。私が帰ったら怯える人もきっといるだろうし、そんな人たちの信頼回復に努める程、私は出来た人間でも無い。
また捨てる。逃げ出した先で、今度こそ誰とも関わらずに生きていく。それでも、ルクスルと一緒なら大丈夫、私がどこにでも居場所は造ってあげられるから……。
……それなら、私たちを引き離そうとしてるノーダムさんは――――敵だ。
「……あ、揺れてる。毛皮一杯取れそうさん来たね。お昼にしようか?」
ルクスルの緊張感の無い声で思考が止まる。
「お腹が空いてるとね、みんな敵に見えちゃうものだよ? 一応こんなのでもお世話になった人なんでしょう。つまり、もっと小さなころのトテを知っている人なんでしょう。……昔話をしながら、仲直りの振りでもしてあげた方が穏便に別れられると思うけど?」
……ようやく書き終わった。
二人の会話がどうしても喧嘩腰になってしまうので、速攻気絶させて会話から逃げてたけど、まさか睡眠中に言いたいことだけ言って逃げる訳にもいかなかったから大変でした。
母親ポジションで重要人物なんだから楽勝に書き終えられるとか思ってた過去の自分に『SERNの罠だって』教えてあげたい。




